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Colorful  作者: 須王瑠璃
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 イーシャが書類を提出しに行った隙に、まんまと仕事を抜け出したラーグは、手持ち無沙汰に王宮内を歩き回っていた。

 すれ違う人々は、道を譲って彼に一礼する。彼らは、本来なら執務時間中なのではと疑問に思いはしても、けしてそれを口に出すことはない。王族に対しておいそれと声をかけることなど出来ないという事もあるが、日々王宮に勤める彼らにとって、第三王子が執務時間中に歩き回っている事は日常茶飯事なのである。

 ただ、いつ怒ったイーシャが現れるかわからない為に、王子が通り過ぎると彼らの大半が足早になってそこから遠ざかる。その大半からもれた者は、皆自分の身は自分で守れる者のみだ。

 そんな彼らの事情を知っているのかいないのか、ラーグはただ気のむくままに歩いていく。

 彼は現在、行き場を失っていた。

 ルシアは図書室にいるそうだが、先程妹達にサボっているのがバレてしまったので迂闊には近寄れない。

 ルシアに会いにいけないのならば、他に特にする事もないのだが、仕事に戻るのはなんとなく嫌だ。大体今戻ったら怒られてしまう。かといって、どこに行きたいとも、何がしたいとも思えない。


「ルシア。ルシア。ルシア」


 ふと、彼女の名前を呟いてみた。そうしたところで彼女が現れるはずもないのだが、少し満たされたような気持ちになる。

 けれど、彼女がいないとつまらない。


「本当に寝るか」


 考えた末に、結局昼寝という案しか思い浮かばなかった彼は、仕方なしにとある場所へと足を向けた。



* * *



「全く」


 ルシアは憮然とした表情で呟いた。

 彼女の視線は、こぢんまりとした東屋に向けられている。

 その東屋は、王宮の裏側にある森の中程に、ひっそりと存在していた。

 生い茂る木々の緑の中で、くすんだ白色の東屋だけがこっそりと潜められるように建っている様は、一種隠れ家めいたものを感じさせる。

 

 ここは、五年前に暴走したイーシャが穴をあけた場所で、ルシアにとっては死にかけたという思い出の場所でもある。

 木々の中にぽっかりと開けてしまったこの場所に、ラーグは東屋を建てさせた。普段あまり人が入らない森の中ほどにある東屋は、ラーグをはじめとした子ども達の大人に邪魔されない遊び場として重宝された。

 しかし、成長した現在ではもっぱらここを利用しているのは、昼寝目的のラーグやティルガくらいのものだろう。

 侍女であるルシアにとっては、ここは数ある掃除場所の一つとなっている。東屋には劣化防止の魔法と、使用されていない時は周囲を囲うように保護する魔法がかけられているので、実質掃除の必要はないのだが、ルシアは三日に一度程度の割合で掃除をしに訪れている。けれど掃除が終われば他の仕事がある為、ゆっくりと腰を落ち着けた事はない。

 仕事がないにしても、ここは王子が所有する場所だ。幼い頃のように王族がそばにいるならいざ知らず、侍女風情が勝手気ままに利用していい場所ではない事をルシアはわきまえていた。

 その東屋に彼女が何をしに来たかというと、単純に掃除をしに来たのではない。掃除ならば昨日やった。今回は、王女の命を聞いて人を探しに来たのである。

 

 そう。イーシャに仕事を押し付けて、今まさに目の前で眠りこけている王子様を探しに。



* * *



 図書室でラナスフィアを待っていたルシアの元に、苦みばしった顔つきで王女がやってきたのはつい先程の事である。

 王女が図書室に行くというので、本の準備や先触れをだす為に、ルシアは一足先の図書室へと行っていた。しかしあまりに王女が遅いので、様子を見に行こうかと思っていたところへ王女がやってきたのだ。その王女の後ろに困惑顔の兵士が立っている事に気づいたルシアは、ティルガの不在に首をかしげる。


「姫様、どうされたのですか?ティルガ様はご一緒ではなかったのですか?」

「ティルガには、今ラーグお兄様を探してもらっています」


 ルシアの疑問に、王女は忌々しげに返答を返すと用意されていた椅子に、普段の彼女にしては少々荒い仕草で腰をおろした。


「ラーグ様を?」


 第三王子の名前に不吉なものを覚えて、眉間に皺をよせるルシアを見やって、ラナスフィアは表情を和らげると、かいつまんで図書室への道すがらにあった出来事を話して聞かせた。


「本当に根っからのお仕事嫌いでいらっしゃるんですね・・・まぁ存じていましたけど」


 聞き終わったルシアは、そう呟いて頭痛をおさえるように額に手をやった。


「わたくしも探してみたのだけれど、見つからなくて・・・。それでね、ルシア」

「ええ、承知しております。私もラーグ様を探して参ります」


 溜息がでそうになるのを飲み込んで、主に皆まで言わせずルシアは答えた。


「ええ。悪いけれど、お願いね。お兄様を逃がしてしまったのは、わたくしの落ち度。このままでは、わたくしのせいでイーシャに迷惑がかかってしまう。そんな事、耐えられないわ」


 ラナスフィアはそう言うと、悲しげに長い睫毛を伏せた。自分が好きな人の迷惑になってしまうかもしれないと嘆く王女は、儚げで尚いっそう美しい。ティルガの代理として護衛を言い付かったのであろう兵士は、そんな王女に痛ましい眼差しを向けている。


「そんな事になってしまったら、わたくし・・・」


 しかしルシアは王女の事をよく知っていた為、同じように労りの眼差しを向けるわけにはいかなかった。それどころか体を硬直させる。


ミシッ・・・


 その時、なにかがきしむような音がした。

 何の音だろうかと怪訝に思った兵士は周りを見回してから、その音の出所を知って目をむいた。

 それは王女の座る椅子からだったのである。

 華奢な王女の手が、椅子の肘掛を握り締め、それを力強く握り締めているのだ。

 その手に掴まれた部分が、次第に指の形にへこんできているように見えるのは目の錯覚であろうか?


「わたくし・・・」


 俯いていた顔をゆっくりとルシアの方に向ける王女は、その美しい顔に華やかな笑顔を咲かせていた。

 ルシアはその笑顔を見たことがある。そう、三年前に王の部屋で。


「あなたに、何をしてしまうか、自信がありませんわ・・・?」


 硬直しているルシアに、王女は殊更ゆっくりと優しく、そう告げた。


 ラーグに直接罰を与えたとしても、あの兄のことだから痛くも痒くもないに違いない。ならば彼に痛い目を見せるためには、ルシアに手を出すしかない。


 その事を、ラナスフィアはよく承知していた。彼女とて罪のないルシアに手を出すのに、良心が痛まないわけはないが、兄にコケにされた上にイーシャに迷惑がかかるとなれば話は別なのである。


「肝に銘じておきます・・・」


 ああ・・・理不尽・・・。

 そうは思っても、王女に言えるわけがない。今まで何度こうやってラーグ関係で、わが身に危険が迫ったか。数えるのも疲れるくらいだ。泣きそうな顔で硬直しているルシアを見て、兵士は彼女に同情の眼差しを投げた。



* * *



 そんな経緯があって、ルシアはラーグを探す羽目になったのだが、彼女にとってラーグを探すこと事態は、さほど難しくない。幼い頃からの付き合いと、日頃の付き合いのおかげで、彼の行動パターンは読めている。心の中だけは昔も今もさっぱり読めないが、行動パターンだけならば彼は至極シンプルだ。


 大抵の場合は―彼女にとっては不本意ではあるが―彼女の元へ真っ直ぐやってくるか。


 そうでなければ、読書をしているか。


 あるいは、どこかで昼寝でもしているか。


 この三択しかない。

 物事への執着が極端に低い彼は、あまり積極的に他人や物事に関わろうとする事がない。問題児ではあるが人当たりは悪くないし、持ち前の有能さと美貌もあって人望は高い。特に王家の長男が結婚し、次男に婚約者がいる現在は、ご令嬢方から絶大な人気があるといってもいい。

 しかし、そういった人々と一見親しくしているようには見えるものの、家族と双子の乳兄弟以外では、ルシア位しか彼から懇意にしている相手はいないのではないだろうか。


「お遊びになる相手でしたら、沢山いらっしゃるようですけれど」


 何とは無しに呟いた言葉は、思った以上に自分の胸にささった。その事が腹立たしくて、情けない。

 確かに懇意にしている相手はルシア達しかいなかっただろう。二年間の研修に行く前は。

 華々しく王宮に舞い込んできた噂の数々を思い出して、ルシアは眉を顰めた。

 

 聞きたくなくても耳に飛び込んでくる、第三王子の秘め事の数々。

 その都度、聞こえる名は違うもので。


 けれど、その全てが戯れであったと誰にわかる?


 そう考えているくせに、同じ名を聞く事が一度もなかった事に、少しの安堵を感じている自分が嫌だった。


 私は侍女でしかない。だから、心を揺らす必要なんてない。


 そう言い聞かせても、噂を聞く度に動揺する自分が情けなかった。


「ダメダメ!」


 危うく暗い感情に支配されそうになったルシアは、大きく頭を振って考えを追い出した。

 今は自分の保身の為にも、ラーグを探す方が先である。イーシャが絡んだラナスフィアは本気だ。それは幼い頃からの経験でわかりきっている。昔を思いかえして戦慄し、慌てて目の前のことに集中する。

 図書室にルシアがいて、その図書室には近づけないのであれば、ラーグが選ぶのは残りの一つの選択肢のみだ。

 二年の間に、その選択肢に遊び相手のところという項目が増えていない事を祈るばかりではあったが、ルシアはひとまずラーグが昼寝に利用しそうな場所からあたってみる事にした。


 そうしてこの東屋にて、眠れる王子様を発見したのである。

 目の前で静かに眠る麗しい王子の寝顔を拝見するに、自分の考えは間違っていなかった事をルシアは確信し、そして選択肢が増えていなかった事に、我知らず小さな安堵を感じていた。

 こうやって眠っていれば、ただただ無害なラーグに溜息がこぼれ、いっそのこと、このまま眠っていればいいのに・・・と思いかけて、頭を振る。


「とりあえず起きていただくとして・・・」


 今度はどうやって仕事に戻ってもらおうか。ラーグの寝顔を見ながら、ルシアは頭を悩ませた。




お読みくださりありがとうございます!

お気に入り登録が30件になっていて、ビックリしました!

引き続き頑張ります!と言いつつ、ちょっとこの先気に入らなくて作り直してます;

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