これでも仲良し
「あら、お兄様」
ラナスフィア王女が、ティルガを連れて廊下を歩いていると、すぐ上の兄であるラーグが進行方向から歩いて来た。それを見て、王女は足を止め兄に向かって優雅に腰を折って礼をする。
「イーシャはどこですの?」
「フィア・・・開口一番それってどうなの?」
呆れたように見てくる兄を見やって、王女は可愛らしく小首をかしげてから
「御機嫌よう。ラーグお兄様。それでイーシャは一緒ではないの?」
見事な棒読みでそう言った。
「もういいよ・・・僕が悪かった。イーシャは一緒じゃないよ。書類を父上の所に渡しに行っている」
「そうですの・・・」
妹の気持ちは十分に知っているので、ラーグは酷く残念そうに項垂れる妹の頭を慰めるようになでる。
「僕も聞いていい?」
妹と同じように、首をかすかにかしげながら問うてくる兄の聞きたいことなどわかりきっている。
つまりは似たもの兄妹。
王女の後ろに控えているティルガは内心で、そう思ったが口を開くことはなかった。
「残念ながらルシアならいませんよ。わたくしがこれから図書室に参りますので、その準備に向かっておりますから」
「そんなのティルガにやらせなよ」
望む答えが得られなかったラーグは憮然として、ティルガを軽く睨みつける。
「恐れながらラーグ様。俺は護衛ですので、ラナスフィア様のお側におりませんと」
王子に睨まれてもなんのその。涼しい顔をして姿勢を崩さないティルガに、ラーグはムッとしたような顔をする。
「今現在、ルシアが暴漢に襲われていたら、一体どうするの?」
「いえ、一国の王女殿下と一介の侍女の立場を比べろと申されましても」
「何?ルシアは大事じゃないって言うの?死にたいんだ?」
その尖った声と、辺りに漂いだした冷気に、近くにいた人々がぎょっとした顔を向けるが、王女が「なんでもないのです。気にしないでちょうだい」と伝えると、ほっとしたように、しかしそれでも足早に離れていく。
「死にたいか死にたくないかと聞かれましたら、それはもう力一杯全力で死にたくない!と申し上げます。けれど、ルシア嬢が大事であると申しましても殺る気満々でございましょう?」
「それもそうだね。確かに大事だと言われても腹が立つかな。うん、残念。どっちにしてもお前は死罪ってことだね」
「身に覚えのない罪で死ぬのは、いささか理不尽ではないでしょうか?」
「そんなのルシアがいなくて傷ついた僕の心を慰めると思えば、軽いものじゃない?」
睨み合う男二人。ティルガは、ふぅっとこれみよがしに溜息をつくと、遠くを見つめる目つきになりながら、静かに呟いた。
「古今東西、昔の人々はおっしゃいました。主君に忠義して死を受け入れるか、主君を暗殺して国を乗っ取るか・・・。
非常に残念です。俺はラーグ様のことは気に入っておりましたのに。兄の次くらいに」
それを受けて、ラーグもにっこりと微笑む。
「うん、僕も残念だよ。僕もお前の事は気に入っていたし。ルシアの何億分の一かくらいには。
あ、後、僕を暗殺しても国乗っ取れないから。まだ上に二人いるからね。是非、頑張って」
カチャと、お互いの腰の獲物に手を伸ばす二人の頭に向けて、その時、白い繊手が振り下ろされた。
「いい加減になさいませ!」
がつん!と小気味いい音とともに、振り下ろされる拳。それは非力な姫君とは思えないほどの、体重のかかった重い拳であった。
「黙って聞いていましたら、延々とくだらないことを!お兄様、ルシアがいないからってティルガに絡むのはお止め下さいませ!
ティルガも、こんな時ばっかり律儀に返さなくてよろしい!大体そんな物騒な言葉を残した古人はいません!」
どこまで会話がころがっていくのかと様子を見ていれば、こんなところで剣を抜こうとするとはなんたることと!とラナスフィアは一息に怒鳴って息を荒げている。が、しかし。
「いったぁ・・・。フィア、もう護衛いらないんじゃない?」
「いや、俺の存在意義をなくさないでくださいよ。ラナスフィア様はそうおっしゃいますけど、絶対考えた奴いると思うのですけどねぇ俺は」
「お黙りなさい!」
男二人に、反省の色は全く見えない。
イーシャやルシアがいない場所でラーグとティルガが出会うと、大概の場合口での言い争いから発展して剣を抜きあい、そこがどこであろうと切りあいを始めてしまう。
まぁだからといって仲が悪いのかといえば、そうではない。
これが、この二人流のコミュニケーションのとり方であるらしいのだ。ならばせめて口でのやりあいだけに収めておいて欲しいと周囲は切実に思うのだが、二人はお互いになんとなく顔を合わせると剣を抜きたくなるらしい。
なんとなくで暴れるな!剣を抜くな!周囲の迷惑考えろ!
と貼紙をしてはどうだろうかと、一度会議の議題になったとかならなかったとか。まぁ、仮にそんなものを貼り出したとしても、全く効果などないと誰もが思っていただろうが。
「そんなにやりたければ、訓練場にお行きになればよろしいのです!」
そんなわけで、王女の言うことはごもっともな話である。
遠くから様子を窺っていた人々が、同意するように首を縦に振り続ける。けれどその中にいる軍人らしき一団は、なぜか難しい顔をしていた。
「それ前にも言われたけど、嫌」
「なぜですの?」
にべもなく却下され、王女は可愛らしく頬を膨らませて兄を睨む。
「訓練場に行きましたら、問答無用でしごかれますからねぇ」
ティルガも吐息をこぼしてそう言うが、普段訓練場に行く事など滅多にない王女は意味がわからず、首をかしげてティルガを見やる。
「訓練場には、もはやそこの主であるといっても過言ではないダルガ将軍がいらっしゃるのですよ」
「あのおっさんはティルガの事大好きだからね。姿を現そうものなら、鍛えたくて仕方ないんだよ。ね?」
「いやいや、俺ばかりではないでしょう?ラーグ様も立派に愛されておいでです」
「僕はルシア以外からの愛なんて、これっぽっちもいらないよ」
しみじみと頷きあう兄と護衛。
ダルガ将軍といえば、国一番の戦上手の強者として有名である。その大軍をまとめる鮮やかな手腕と、秀でた武力を持つ御年四十三歳の将軍様が、気に入った人物をスパルタ教育で鍛え上げる・・・という話は、軍人達の間でのみ、まことしやかに流れている非常に有名な話なのだった。
「半端ないから嫌いなんだよ。疲れるしさ」
「そうですね。一度龍と戦わせようとしましたしね」
龍と人を戦わせるなんて正気の沙汰ではない。
力で叶わないのは当然の話だが、大陸を守護してくれている水龍に、大した意味もなく龍に挑んだと知られたら、どんな咎めがあるかわからない。どんな出稽古だ。
知らなかったダルガ将軍の一面を知って、呆然とする周囲を他所に、二人は再び剣を構えあうと、
「だからまぁここでやるしかないよね」
「幸い、ここは廊下ですしね」
にやりと笑いあう。
いや、何が廊下だと幸いなのか。
「だから、おやめなさいと言っているでしょう!!」
いち早く正気を取り戻したラナスフィアは、再び兄と護衛を殴るハメになったのだった。
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今回の分で、一応自サイトに掲載している分は出尽くしましたので、大変大変(笑)