本人達はいたって本気
「いっその事、お前とイーシャを取り替えてしまえばいいと思うのだけれど、どうかしら?」
「俺とラーグ様では、よりいっそう問題が増えるだけかと存じます」
「お前ね、そんなに自分をわかっているなら、どうして改めようとは思わないの」
「これが俺の個性ですから」
「そんな個性、どこかに捨ててらっしゃい!わたくしはイーシャがいいの!」
「そこをなんとか。同じ顔ですし、ほら」
「うっ!顔を近づけないでちょうだい!」
「ほら、この顔はお好きでしょう?そんなに頬を染められて・・・たまらないのでしょう?」
「・・・すいません、お二方。なんだかいかがわしいので、止めて頂けますか?」
* * *
ラナスフィア王女のイーシャ好きっぷりは、ラーグのサボリ癖やイーシャの暴走と同じくらいに有名な話だ。
幼い頃からイーシャにべったりだった王女は、ディキンスの双子がそれぞれの護衛となって三年経った今でもイーシャが兄付であることに不満を訴え続けている。
それは勿論、ティルガに問題・・・は若干とはいえなくもないくらいにあるが、不満があるわけではない。
好きな人にいつでも側にいて欲しいと思うのは、恋する少女にとって自明の理である。
ラーグとラナスフィア兄妹に専用の護衛が定められたのは、三年前のことである。
当然のことながら、専用の護衛をつけるという話になった際、王女は強くイーシャを望んだのだが、一人娘の関心をこれ以上買われてはたまらないと王が採用しなかった。
そしてこれもまた当然のことながら、可愛い娘の不興を買った。
それはもう、恐ろしいほどに。
怒り心頭に達した王女は容赦がなかった。
基本、王と顔を合わせない為に部屋からでない。王に呼び出されても、王の前では絶対に笑わない。その上、道端に転がっている石を見るような目と絶対零度の声。
誰がとりなそうと、王女は頑なに王を拒み続けた。そのとりなした相手が、イーシャであってもだ。
可愛い可愛い、それこそ目にいれても痛くないほどに可愛いがっている娘に、そのような態度を取られてしまった王は、多大なダメージを受けた。王妃と側室達が宥めても、王の嘆きは深く、とうとう床に伏してしまうまでになった。
それでも、王女は断固とした態度を取り続けた。
「もう、こうなれば意地の張り合いですわ」
そう言って、ルシアを伴って王の見舞いに訪れた王女の言葉と、あの笑顔をルシアはけして忘れない。
「まぁ。お父様。こんなに顔色をお悪くなさって。大変でしたでしょう?」
見舞いに訪れた娘の姿と、その慈愛溢れる言葉に「許してくれるのか」と王は、ほのかに元気を取り戻したかに見えた。
しかし。
「たかが娘の態度ごときで、ご心痛になるなんて、よっぽどお体が弱ってらっしゃるのですわ。皆も気がかりに思っております。
どうでしょう?お兄様方も、成人の儀を済ませられましたし、早くご譲位あそばしたらいかが?
そうですわ!いっそのこと環境の良い場所に移住なさってはどうでしょう?人里離れた環境の良い場所でお過ごしになられたら、きっとお元気になられますわ。
お父様がお元気になられますのを、わたくし遠くから祈っておりますから」
王女は、それはそれは美しく愛情溢れる笑顔で、そう言った。
それはもう花が咲き誇るように、華やかな笑顔で。
王女の一歩後ろで控えていたルシアは真っ青になって固まってしまった。素晴らしい笑顔と可愛らしい声に彩られた刺々しい言葉のその意味に。
譲位を促すなど、実の娘であったとしてもあってはならないもの。
しかし彼女の華のような笑顔とその後ろに漂うドス黒いオーラを前にして、彼女を責められる強者などこの場にはいなかった。
後ろにいたルシアが固まったくらいだから、それを真正面から受け止めた王は顔色の悪さを更に増して、言葉もでない有様。
「・・・ひ、姫様ったら、そんなにご心配になっておられたんですね!これはもう陛下には是非とも、お元気になっていただかなくては!ええ、是非ここで!陛下には!お元気に!」
誰も言葉を発すことができないほどに一気に低下した部屋の温度をあげるべく、ルシアは頑張った。
本来なら陛下の御前でなんの許しもなく発言してはいけないのだが、それを忘れてルシアは頑張った。
王女の言葉を塗り替えるべく、「陛下」と「元気」と「ここで」という事を精一杯主張した。
おかげで、かろうじて部屋の空気が温まったものの、王女は鉄壁の笑顔を守り続けた。
そう、この時点では王女が有利であるかに思えたのだ。王はもう瀕死の状態であったし、王女の態度は頑なであった。後もう一押しすれば王はその膝を屈するであろうと、誰もがそう考えるほどにこの父娘喧嘩の勝敗は明らかだった。
しかし、神は王をお見捨てにはならなかったのである。
不毛な父娘喧嘩の勝敗の鍵は、やはりイーシャ・ディキンスが握っていた。
* * *
「ラナスフィア様は、いらっしゃいますか?」
その日突然、王女の部屋にイーシャがやってきた。
普段であれば、失礼にならないよう来訪の際には事前に連絡をよこしておかなければならない。それまでイーシャがその連絡を忘れたことなどなかったのに、その日だけは違った。
王女への取次ぎをしながら、その事に思い至ったルシアは、イーシャの来訪の意味を察して溜息がでそうになるのを飲み込んだ。
「まぁ!イーシャ、突然どうしたの?」
恋する相手の突然の訪問を、王女は喜んで出迎えた。眩いばかりに輝く笑顔は、どの男も虜にする程の力を持っていた。
この時の相手が、イーシャ・ディキンスでなければ。
「ラナスフィア様にはご機嫌麗しく」
急な来訪を詫びるでもなく、彼は王女に優雅に礼をして王女を蕩かすような笑顔を顔に浮かべた。この時点でルシアはすぐに逃げ出せるように静かに入り口へとにじり寄る。
「早速ですが。先日の陛下へのお見舞いの件でお話が・・・」
イーシャの言葉を聞いて、王女は瞬時に固まった。あの王の見舞いの時とは全く逆であった。
イーシャは真面目で王家に忠実な男である。とりわけ王には、引き立ててもらった恩義を感じているらし、く常に誰よりも忠実であろうとしている。王女が護衛の件で騒いだ時にも、「王がお決めになったことですから」と懇々と諭し、それが余計に王女の癇に障り彼女の態度をより頑なにさせたわけだが、お見舞いの件に関しては明らかに王女の分が悪かった。
「陛下に譲位をお勧めになったとか?」
「な・・・なんのことかしら?」
「誤魔化しになられませぬよう。私は信頼できる方に教えていただいたのですよ」
「誰かしら?そんな戯言を・・・」
「どなたでも結構です!ラナスフィア様!実の父上様になんということをおっしゃられるのですか!」
往生際悪く逃げようと試みる王女に、彼はそれはそれは怖い顔で詰め寄り、ガミガミとお説教を始める。
ラーグ相手でなければ、いくら怒っていてもイーシャの暴走は始まらない事をルシアは知っているので、その火がこちらに飛び火しないよう、こっそりとその部屋を出たのだった。
* * *
こうして専属護衛にまつわる戦いは、王女の敗北で終止符を打たれた。当初の予定通り、イーシャはラーグの護衛に。ティルガはラナスフィアの護衛に。王女だけが未だに不満をもらしているが、この振り分けがもっとも適したものであったと誰もが思っている。
もしラーグの護衛がイーシャでなければ・・・と考えるだけで、ルシアは背筋が凍る思いがする。
そして、三年前の自分の判断が間違っていなかったことを、一人こっそりと胸の内で噛みしめるのであった。
お読みくださりありがとうございます!
イーシャは王女に対するジョーカー扱いです。
この日の為に、王はイーシャに目をかけていたのです!(嘘)