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Colorful  作者: 須王瑠璃
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ティルガの災難


 その日、ルシアが王女の部屋へ入ると、やけに王女はご機嫌であった。


「姫様、今日はとてもご機嫌が麗しいようですね。何かいい事でもございましたか?」


 いつも華やかな王女の雰囲気がさらに華やかになっていて、見ているこちらも何やら浮かれそうになってくるほどだ。


「ああ、ルシア。そうなの。とってもいい事なのよ」


 弾んだ声で返してくるラナスフィアの様子に、「さてはこれはイーシャ様が何かおっしゃったのかなぁ」とルシアは考える。

 いつだって、この王女の機嫌を左右するのはイーシャの存在なのだ。今回もきっと彼が関係しているのだろう。

 そう当たりをつけると、ルシアはふと違和感に襲われた。

 部屋の主とは違って、いつもと全く変わらない王女の部屋。周りを見渡してみても、特におかしな所はない。


 気のせいかしら?なにか足りないような・・・。


 そう思いながら、王女に視線をやって、ルシアはやっと気がついた。

 背後霊のように、いつも王女の後ろに控えているティルガがいないのだ。


「姫様、ティルガ様がいらっしゃらないようですが、どうかされましたか?」

 やっと不審に思った点を理解したルシアが、そう王女に問いかけた瞬間。


「遅いじゃないですか!」


 勢いよくルシアの背後の扉が開かれるとともに、件のティルガが飛び込むように入ってきた。


「ティルガ様?」

「俺がいない事に瞬時に気がついてくださいよ。ルシア嬢」


 彼は背後を気にするようにしながら小声で非難してくる。


「まぁ!ティルガ!お前、逃げてきたの?」


 目を丸くしているルシアと同じように、驚いていた王女が我に返って眦をつりあげると、ティルガはそれをさらに上回る迫力をもって彼女に迫った。


「ラナスフィア様、酷いですよ。俺がどれだけ嫌かご存知でしょう?!あんな人を使ってまで!」

「だって仕方ないじゃないの!」

「何が仕方ないのですか!何が!」

「ええい!うるさいわ!お前は、命令された通りにすればいいのよ!」

「そんな横暴な!」

「お二方、落ち着いてくださいませ!」


 そのまま言い合いを始めてしまう二人にルシアは、事情がわからないながらも慌てて止めに入った。二人が言い合いをする事は珍しくもなんともないが、今回はなぜか二人とも迫力が違うのだ。


「一体どうされたのですか?」


 ルシアが交互に二人を見やると、ティルガが勢いよく話し出す。


「どうもこうもないですよ。ルシア嬢。ラナスフィア様が、俺に訓練場に行けとおっしゃるのですよ」

「お行きになったらいいじゃないですか?」

「ルシア嬢まで、そんな事を言うのですか!」


 ティルガはそう嘆くが、護衛官が訓練場で、その腕を磨いたとしてもおかしくもなんともない。何をそんなに嫌がる事があるというのか。訓練場には、特訓大好き無茶ぶり大好きのダルガ将軍がいる事を知らないルシアは、ティルガもサボリ癖がでたのかと呆れるばかりだ。


「そうよ!男なら黙ってお行きなさい!」


 ルシアの賛同を得て、王女は俄然声を張り上げる。が、どこかその様子が不自然だった。


「姫様、どうしてそんな事をお命じになられたのです?」


 今まではそんな事など命じたがないのに、なぜ突然訓練に行けなどと言うのか。


 そう聞くと、王女は目を泳がせる。

 

 その様子は断然、怪しい。


「姫様?」


 ルシアが目を細め、ティルガが苦い顔をして王女を凝視すると、王女は観念したように白状した。


「お兄様が・・・」

「ラーグ様が?」

「ティルガを三日間訓練場にやったら、代わりにその間イーシャをよこして下さると・・・」


 売った!この人、自分の護衛売っちゃいました!!


 そんな感想がルシアの脳裏を横切ったが、彼女はそれを受け流して胡乱な目つきで王女を見やってから、ティルガに視線を移す。


「何かやったんですか?」

「やったかやっていないかといえば、やっていないですよ。俺は無実です」

「ああ、嘘ですよね」

「この上もなく真実だというのに、なぜ?!」

「だってティルガ様の真実は一割なんでしょう?」


 ご自分でおっしゃったのに、もうお忘れなんですか?とバッサリ切って捨てられ、ティルガはガックリと肩を落とす。


「ああ・・・もうラーグ様もルシア嬢も可愛くないですねぇ・・・」

「ラーグ様と同列にしないでいただけますか?」


 ルシアはティルガに冷たい目を向けるとそっけなく言った。その様子が常とは違うことに気がついて、王女と護衛は改めて彼女を見入るが、特に変わった様子は見受けられない。


「今日はいやにお兄様に冷たいのね?」


 窺うように問うと、ルシアは「そんな事はございません」とにべもない。

 ああ、やはりこれは昨日問い詰めたラーグの発言が関係しているのだろうなぁと二人は視線で会話しあった。


「失礼いたします!ラナスフィア様!」


 そこへ、今度は足音も高らかに大勢の兵士が乱入してきた。


「今度は一体なんなんですか・・・」

「ティルガのお迎えよ、きっと」

「俺は行かないと申しているでしょう!」


 どうして朝からこんな騒ぎになるのかと、ルシアは疲れを覚えるが、その兵士達の海を真っ二つに割って部屋に入ってきた人物を見て顔をしかめた。


「やあ、ルシア。おはよう、今日も可愛いね」


 艶やかな黒髪を陽光に輝かせ、しごく爽やかに挨拶してくるラーグに黙って一礼をかえす。


「お兄様、この部屋の主はわたくしですが?」


 ここは王女の部屋なのである。王女の言う通り、部屋の主を差し置いて侍女に挨拶しないでほしい。さらには、さりげなく手をとって口付けようとするのは、是が非でもやめてほしい。

 

 そんな思いをこめてラーグを見るが、彼は有無を言わせぬ力でルシアの手をひきよせると、その甲へ軽く口付け、にっこりと微笑みかけてくる。全くもって普段通りの彼の姿に、彼の言葉に動揺していた自分が馬鹿みたいに思えてきて少し悲しくなった。

 ラーグはそのままルシアの手を握り締めたまま、妹に視線を向ける。


「おはよう、フィア。そうは言うけど、ルシアがいるならルシアが最優先だよ。フィアだってそうでしょ?」


 今ここにイーシャはいないけど、いたら僕なんて後回しでしょ?


 にこやかにそうのたまう王子に、王女は「確かに」と頷く。頷いてしまう。


 なんですか、その自分ルール!


 その場にいた兄妹以外は、全員そう思ったに違いないと、ルシアは自分の掴まれた手を見ながら思う。そっと力をこめて、ゆっくりと手を引き抜こうとするが、痛くない程度に強く捕らわれている手は取り戻せそうにない。


「ラーグ様、手を離していただけませんか?これでは仕事ができません」

「じゃあこのまま手を繋いでいるのと、抱きしめられるのと、どっちがいい?僕は抱きしめる方かな」


 それって拒否権ないじゃないですか!どっちもどっちですし!


 非難するように睨むルシアだが、ご機嫌な王子様には敵いそうにもない。


「どちらもちょっと・・・」

「じゃあキスする?」

「ええ?!」

「お兄様!!」


 跳ね上がったハードルに目を白黒させるルシアを見かねた王女が、咎める声をだす。

 ラーグは「残念」と呟くと、やっとルシアの手を離してくれた。すかさずルシアは王女の後ろに隠れ、ラーグから手が届かないであろう位置に陣取る。心臓の鼓動が激しく高鳴り、彼女は胸を押さえた。


 びっくりしました。本当びっくりしました!あの人は本当何てことをおっしゃるのか!


 頭の中でラーグの発言がグルグルと回る。

 あんな風に真正面から言われた事などなかったので、免疫ができていなかった。 しかも気のせいであって欲しいと切に思うが、目が笑っていなかった気がするのだ。

 彼とてこんな大勢がいる前で、本気なわけがないとは思う。思うのだが、彼ならやりかねないという一抹の不安がある。備えあれば憂いなしとはよく言ったものだ。あの王子様に対しては、用心するにこした事はない。

 そう結論づけて、真っ赤な顔と警戒の眼差しで自分から素早く離れていくルシアを、にこやかに見送ってからラーグはティルガに向き合う。


「それで?ティルガはなんでここにいるの?お前は今日から訓練場勤務でしょ」


 微笑みながら優雅に首をかしげる王子様を、ティルガは苦みばしった顔で睨む。


「俺は嫌です」

「拒否権はなし。大体半年にしたいところを三日でいいって言ってるんだから、僕の温情に感謝しなよね」


 それのどこが温情なのか、ティルガにはさっぱりわからないし、わかりたくもない。わかるのは、王子様が大変楽しそうな様子であることだけだ。


「大体フィアもいいって言ってるし」


 ラーグがそう言った瞬間、ティルガは勢いよくラナスフィアの方を向く。その目は鮮やかに「裏切り者!」と言っていた。その刺すような視線に、王女は悲しげな微笑みをたたえて言った。


「お前とイーシャ・・・どちらも大切だけれど、わたくしには一人しか選べないのよ・・・許してちょうだい」


 違う場面で聞いたなら、その美貌もあいまって心打つ切ない台詞であったかもしれないが、今この場で聞く限りでは、とっても腹の立つ発言にしか聞こえない。


「正直に、兄につられたのだとおっしゃったらいかがですか?」

「イーシャにつられました!」


 早口で言いきり、これでどう?と一転して勝ち誇った笑顔を浮かべる王女に憎悪を覚えるのは、ティルガの忠誠心が足りないのだろうか?


 いやいや、当然の反応だろう。誰が許さずとも、俺が俺を許す。


「俺の人権はどうなるのですか!」

「人権?あったっけ?そんなの」

「嘘をつく権利なら与えたじゃないの」

「嘘をつくのに権利が?!」


 兄妹の言葉に、ルシアが驚きの声をあげるが、驚く場所が間違っている。


「驚くところはそこじゃないでしょう!ルシア嬢!」


 悲鳴のようなティルガの言葉に、ルシアは手で口を押さえてから「申し訳ございません」と頭を下げた。ラーグがそれを見て目を細める。ラーグの事だから、てっきり何か言われるものと思い身構えたティルガの思惑に反して、王子は何も言わなかった。その代わりに両手を打ち叩く。それを合図に部屋にいた兵士達がティルガの周りを囲い込む。


「さぁ。楽しいダルガ将軍の訓練だよ、ティルガ」


 目が笑っていません!ラーグ様!


 いくらティルガといえど、この人数に加えてラーグが相手では分が悪い。しかもここは王女の部屋である。へたに大暴れしてめちゃくちゃにしてしまっては後が怖い。

 逃げ場を失ってしまったティルガは、潔く諦めの溜息をついた。


「お兄様、イーシャはどこですの?」


 そんな彼を尻目に王女は、ラーグに詰めよっている。


 ああ、その可愛い表情の何と憎いことか。


「ラナスフィア様は、そればかりですね・・・」

「だって三日間はわたくしのものなのよ!」


 どこまで、うちの兄が好きなのだと言わんばかりのティルガの呆れ声に、王女は弾んだ声で答える。


 浮かれすぎにもほどがあるだろう!


 心の中で叫びながら、ティルガは部屋の外にいた兵士も加わって大所帯になった彼らに囲まれ、訓練場に連行されていった。その時の彼の耳には、ダルガ将軍の高らかな笑い声が響いていたという。

 ルシアはその後姿を、売られていく仔牛を見るような目で見送ると、大きく溜息をついた。



お待たせしました~。ティルガがイジられキャラと化しております。

多分、幼馴染ズのピラミッドでは彼は下位ですw

お兄ちゃんにも妹にも王子にも弱いですからね~。

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