王子様の裏事情
遅くなりました!
楽しみに待っていてくださった方がいらっしゃると嬉しいです☆
初めて彼を見た時、その青い瞳に目を奪われた。
紺色に近い、深くて濃い青。
なのに、その色は見る角度や光の差し具合によって色を変える。
見たこともない深い海の底の色というのは、きっとこんな色なんだろうと思った。
* * *
「はぁ・・・」
仕事の合間の休憩時間。控え室にて、同僚達と仕事の愚痴や鬱憤について語り合い、噂話に花を咲かせる憩いの時間。思い思いにかしましくお喋りする同僚達の只中にあって、ルシアは一人溜息をこぼす。
「ルシア、それもう何回目?朝からずっとじゃない」
同じ席について、ルシアの様子を窺っていた侍女が呆れた視線をよこしてきた。
彼女の名前はココット・イラザイル。ルシアと同じ時期に侍女見習いになった同期で、ラーグ付の侍女だ。その上、使用人寮・ゼッフェル館において相部屋の相手でもある為、同僚達の中でも特に仲がいい。
貴族達が、髪の長い女性を好む事を知っている侍女達の中では珍しい事に、彼女はその栗色の髪を耳の下あたりでばっさりと切ったショートカットだ。しかし、その髪型はココットの活動的な雰囲気と、その美貌によく似合っていて、彼女を気に入っている貴族は多い。
「・・・そんなにしてる?」
「うん。朝からずっとね。あ、昨日からずっとかも?」
憂鬱な溜息は、溜息をついた分だけ自分に伸し掛かってきて、更に憂鬱にさせる。
わかってはいるけれど、無意識にでてしまうのだ。
「だーかーら、早く口に出しちゃいなよ。そうしたらスッキリするって!」
翡翠の瞳を好奇心に輝かせて、ココットが身を乗り出してくる。
「どうせラーグ様が関係してるんでしょ?ルシアが憂鬱そうな時って大抵そうだもん」
「そんな事ないよ・・・多分」
「いーや、そんな事あるね。絶対あるね。んじゃ、今日は何が理由なのよ?」
「う・・・」
「ほーら!」
途端に口ごもるルシアに、ココットは勝ち誇った笑みを見せると、紅茶を一口飲む。
「で?」
「うぅ・・・」
チラリと視線をよこしてくるココットに、ルシアは観念して重い口を開いた。
* * *
「そりゃあ、私には王族様方の華々しーいお噂なんて関係ないよ?そんなのわかってたよ?わかってたけど、あれだけベタベタつきまとっておいて、人に迷惑かけといて、関係ないからって気にするなって酷くない?」
「うん」
「別に私に構ってたのなんて、ただの気まぐれだってわかってる。私だって本気になんてしてないし。噂だって、ちゃんとしたお相手ができて、私に迷惑かけないでいて下さるなら、別に好きにしたらいいじゃないって思うし・・・」
「うん」
「大体、ラーグ様のおっしゃる事なんて、全然信用できないし、する気もないし。いっつも本気なのか嘘なのかわかんない人なんて、面倒この上ないと思うの。それが王子様なんて、身分違いもここに極まれりよね!からかうのにも程があると・・・」
「うん。わかった。わかったから、ちょっと落ち着こうか?」
ポンポンとルシアの方を叩くと、ココットはルシアと自分のカップに紅茶のお代わりを注ぐ。
「要するに、ルシアはラーグ様に過去の女性達との噂を、君には関係ない!ってバッサリ切られた事が不満なわけね」
「別に不満じゃないわよ!私には関係ない事だもの」
眉間に皺を寄せて、ルシアはカップを手に取る。
「・・・そうよ。ラーグ様が、どこで何をされてようとも私には関係ない事だもの・・・」
呟くように言って、お茶を飲むルシアに、ココットは困ったという顔を向けた。
「でも、気になるんでしょ?」
「・・・別に」
ふぃと顔を背けるルシアの様子には、ありありと「気になってます!」とでている。
「あのね、私思うんだけどさ。ラーグ様って、なんか人とはちょっと違うじゃない?」
ココットは、不機嫌なルシアに顔を近づけてそう言うと「でしょ?」と同意を求めてきた。
確かにラーグは、普通の人とはちょっと違う気がする。
けれどそれを言ってしまえば、キレると暴走するイーシャや、イーシャの為なら無茶をやらかす王女様、嘘ばかりつくティルガはどうなるのか。あれらも立派に変わり者だ。
改めて自分の周囲のちょっと変わった人を頭に思い浮かべてみて、ルシアはげんなりした。
「ほら、見習いだった時にさ。ルシアはいなかったけど、私達、王族様方に顔見せしに行ったじゃない?」
「ええ。私、あの時熱をだしてしまったから」
王宮に仕える者達は最初に王と面会し、それから篩いにかけてある程度使い者になると認められた者達だけが、他の王族達と面会する。
ルシアは使い者になると認められたものの、面会日の前日から熱をだしてしまって面会には行けなかったのである。それで後日一人だけ面会する事になってしまって、酷く緊張したのだ。
「それでさ、ラナスフィア様とかはさ、にっこり笑顔で煌びやかに、そりゃもう舌足らずの可愛い声で『よろしくお願いしますね』っておっしゃって下さったんだけど、ラーグ様だけはお人形さんみたいに黙りこくってたまんまだったのよ」
「そうなの?」
ルシアの印象ではラーグはいつも笑っている時が多く、真面目な顔をしている方が稀なので、ココットの話は意外に思えた。
「そうなの。なまじあれだけ綺麗なもんだから、ちょっと怖かったもんよー?」
「想像つかない・・・」
「まぁルシアの前では始終、笑っていらっしゃるものね」
「そうね・・・。え?ちょっともしかして?」
「そう。今もそうなのよ?」
ラナスフィア様とかご家族様方と一緒の時と、イーシャ様やティルガ様が一緒の時はまた別みたいだけどねー。
そう言ってお茶菓子のクッキーをつまむココットに、ルシアは驚きの眼差しを向けた。
「ええ?私、そんなの知らない!」
「そりゃそうよ。あんたの前じゃ別人だもの」
ラーグが一緒にいる時は、彼をどうにかする事で必死だし、いないならいないで、邪魔される前に早く仕事を片づけようと必死になっているので気づかなかった。それに言われてみれば、ラーグがルシア達以外と一緒にいる所など滅多に見た事がない。彼には大抵イーシャがついていたし、そうでなければ一人でいる事が多かった。
「ラーグ様、絶対ルシア以外の私達の名前知らないわよ。賭けてもいいわ。だって何年もお側付やってるのにラーグ様から、名前呼ばれた事なんてないもの!どうよ!」
「そこは威張るところなの・・・?」
えっへんと胸を張るココットに、ルシアは呆れの視線を送るが、彼女の言う事が意外で仕方なかった。
ルシアの印象では、ラーグは人懐っこい人間だった。
ラーグと最初に出会った時、彼の方からルシアを遊びに誘ったぐらいなのだから、てっきり彼はそういう人見知りのしない、人懐っこく笑顔の絶えないタイプだと思っていたのである。まぁ性格に難がある事は、出会ってすぐにわかったけれど。
「だからさー?」
「え?」
ココットは、再びクッキーをつまみ、それをルシアに向けながら穏やかに微笑んだ。
「あんたの事、かーなーりー気に入ってると思うのよ?関係ないって言葉の真意はわかんないし、本当にどう思ってるのかなんて、本人にしかわかんないけどさ。からかってるってのだけは、あたしは違うと思うのよ」
そう言って、クッキーをサクッとかじった。
「ラーグ様はさ、自分の興味のあるなしを、ハッキリ分けるタイプじゃない?興味のあることには真っ直ぐズドーン!だけど、ない事には最っ高に無関心。ある意味わかりやくはあるよねー」
あははーと笑うけれど、まさに興味のあることに分類されているだろう我が身を振り返ると、ルシアはなんとなく笑えない。
「案外、噂の真相もそうだったりするのかもって思わない?」
「どういうこと?」
「言い方悪いけど、本人にとっては取るに足らない瑣末な事って思ってるから、噂になってようが気にもしないし、ルシアにも大した事じゃないから気にする事じゃないって言うのかな、と」
「・・・よく、わからないわ」
そうなのだろうか?
彼にとっては、女性達と繰り広げたあの秘め事の数々は、取るに足らない出来事で、少しも関心のある事ではなかったのだろうか?
でも関心がないとすれば、どうしてそんな事をしたのか。
大体取るに足らないって、相手の女性達にとって失礼ではないのか?
「ルシア、眉間に皺」
ココットに眉間をグイッと押されて、ルシアは我に返った。
「と、とにかく!私には関係ないんだから!」
彼女の言葉によって、少し自分の気持ちが軽くなった事がわかったが、ラーグが普段どうだろうと、どういう考えを持っていようと、ルシアには関係がないのだ。
関係ないったらないのだ。
「そー?随分、気にしているようですけどねー?」
ココットがニヤニヤと笑いながら、声にださずに「た・め・い・き」と呟く。
「もう!うるさいの!」
真面目にラーグを擁護していたかと思えば、打って変わってからかい始める同僚に、ルシアは拳を振り上げ追い掛け回し、結果アドリー侍女長に「落ち着きがありません!」と怒られてしまったのだった。




