問題王子
御覧下さりありがとうございます。
初めて小説を投稿してみました。
お気に召しましたら幸いです♪
それでは、どうぞ~。
春もうららか。生い茂る木々の緑の隙間からこぼれ落ちる暖かな陽光が気持ちよく、心地よい眠気を誘うような午後のこと。
「あの、腕をどけてはくださらないでしょうか・・・?」
「なぜ?」
恐る恐る相手の機嫌を伺うような声音と、それに対照的に相手の反応を面白がるような声音。人気のない図書室に響く少女の声と少年の声。
「あの、あの・・・私、別にお仕事もございますし、そろそろお暇しませんと・・・」
「僕の相手も立派な仕事の内の一つだと思うけど?」
「え?!いえ、そんな!滅相もございません!私なんてそんな!」
「昔は一緒に遊んだじゃない」
「それは小さい頃の話で・・・」
今はそんな無邪気な事が出来る年齢ではないのです!わかってくださいませ!
終わることのない押し問答に、少女は泣きたくなった。
少女は壁を背にして立っていて、その両側を少年の腕によって囲われていた。少女の体に触れるか触れないかの微妙な距離で壁に手をつかれているものだから、少女は動きたくても動くことができずにいる。斜め上でかがみこむように顔を寄せている少年の方を真っ直ぐに見ることもできず、彼女はひたすら視線をそらして俯くことしかできなかった。
それが気に入らないらしい少年は、俯く彼女の耳元に唇を寄せて吐息とともに囁く。
「ねぇ・・・ルシア・・・?」
ルシアと呼ばれた少女は面白いくらい体を揺らすと、硬直しながらか細い声で答えた。
「は・・・はい」
「仕事と僕と、どっちが大事なのかな?」
そのお言葉は、仕事を理由に疎遠になっている夫に向かって寂しい妻が問いかけるものではないのですか!!
心の中で絶叫しつつ、ルシアはフルフルと首を左右に振るだけで答えない。答えられるはずもない。 ここで仕事が大事だと言えば角がたつし、かといって目の前の少年の方が大事だと答えれば、なにやらわが身に危険が迫るような気がするのである。
ああ・・・どうしてこんな事に・・・。私はただ図書室のお掃除を言い付かっただけなのに。
にっちもさっちもいかず、少女はただただ足下を見つめ、この場面をどうやってやり過ごすか、あるいは誰かが救いの手を差し伸べてはくれないだろうかと、淡い期待を抱くのであった。
* * *
ルシア・ガーラント。
それが彼女の名前である。
水龍が守護する≪水の楽園≫イア大陸では一般的な栗色の髪と翡翠色の瞳を持った小柄な少女だ。肩の下あたりで揃えられた柔らかな髪が、彼女の少し丸い顔の輪郭をふんわりと包み込み、アーモンド型の瞳は瞳孔が大きく、まるで子犬のような印象を見るものに与える。少し厚めのふっくらとした唇が、更に愛らしさを添えていた。美人とはいかないまでも、十分可愛らしいといって差し支えない少女である。
彼女は、イア大陸で一番大きな国家であるランディスの王宮に、十歳の頃から侍女として勤めている。
ルシアの家は平民ではあるが、昔の大戦で曾々祖父が立てた武勲によってランディス王の覚えがめでたく、また彼女の兄であるトルア・ガーラントが最年少で王族の近衛騎士になった為に、働き場所としては願ってもない花形職である、王宮付きの侍女という仕事を得る事ができた。
王宮付きの侍女という職は、身近に上級貴族や王族達と触れ合える上に、最上級の教育を受けられるということで、大変な人気職となっており、その倍率はかなり高い。
また上流貴族の目に留まることができれば、それ相応の豊かさを得ることができる。これには本人だけではなく、娘達の親達も大きな期待を寄せていて、それがまた競争率の高さに拍車をかけている理由でもあった。
そんな人気の侍女職についてから早六年。
住み込みの為、最初は優しい両親と、賢く強い兄や可愛い妹と離れた事によって寂しさを感じていたものだが、今では多少の失敗はあるものの、ルシアも立派に仕事をこなせるようになった。
まだ若い彼女には大きな仕事は任せてもらえないけれど、どんな小さな仕事でも完璧にやり遂げて、コツコツと経験を積んでいこうと目標を掲げている。
だというのに。
「ねぇ、ルシア。答えて?」
目の前の少年は、ことあるごとにルシアの邪魔をしてくるのだ。
襟足まで伸びた艶やかな黒髪、陶器のような滑らかな肌に、形よく整った鼻と唇が、絶妙なバランスで配置されている。二重の瞼と、けぶるような長い睫に縁取られた瞳は吸い込まれそうな深海の青。
見ているだけでうっとりするような、けれど心のどこかでその魅了の力を恐ろしく感じるような美貌の少年。
彼の名はラーグ・ウル・イリュデシア・ランディス。
その美貌で名高いランディス国の第三王子その人である。
「こ・・・困ります!本当の本当の本当に困ります!」
ルシアが泣きそうになりながら、一生懸命言っているのにラーグは意に介した風もなく、忍びやかに笑うだけ。
いつも彼は、ルシアが困っている様子を見ては楽しそうに笑う。
ルシアだって純情な乙女の一人である。およそ本当に同じ人間なのかと思うほどの王子の美貌を間近にし、その甘い瞳と魅惑的な声で囁かれれば、心臓はドキドキするし顔だって真っ赤になってしまう。そんなルシアの反応が、王子にとっては楽しくて仕方ないらしい。
これはもう絶対にイジメだと思います!どうして私ばっかりなのですか!
言いたい事は山ほどあれど、王族に逆らえるはずもなく、ルシアは心の声で文句を言い募るしかない。 もっとも、ラーグの顔を真正面から見る勇気もないのだから、彼が王族でなかったとしても、言い返えせるわけがなかったが。
「何が困るの?簡単な質問じゃない」
ことさらルシアの耳元に唇を近づけて優しく囁く声は、ルシアと二つしか年が違わないとは思えぬほどに色気がにじんでいる。
ああ・・・その色気を少しでもいいから分けてくださいまし!・・・じゃなくて!こんなところで振りまかないで下さいませ!
声には出せない分、ルシアの思考も相当な混乱の域に達していた。
「ラ・・・ラーグ様・・・」
「君は、僕の事をどう思っているの?」
いつまでたっても固まったままのルシアに業を煮やして、ラーグは彼女の瞳と目を合わせるべく、いっそうかがみこむ。
彼の手がそっと頬によせられて、ルシアはギュッと目を瞑った。そうすれば彼のあの瞳を見なくてもすむからだ。あの深い青の瞳を、ルシアは見てはいけないのだ。
「ルシア・・・」
ラーグの囁く声が聞こえて、吐息が唇に・・・。
その時である。
ガチャガチャッ!ガツッ!バターン
突如、静かな部屋に響き渡るけたたましい音。そして・・・。
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