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斑紋の赤ずきん  作者: オリハナ


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1・赤ずきん・オオカミ・狩人①


 "そいつ"が目の前に現れた時、ハンスは茂みの影でうんこをしていた。


 ブルーノーズベア──大きく見開かれた目に、頭上の両端にちょこんと乗っかった耳。体長二・五メートルほどある巨大な体躯はびっしりと黒い体毛に覆われており、ギラギラ光るキバが並んだ口からは、糖蜜のような粘り気のあるよだれを垂らしている。


 最大の特徴は、名前の由来にもなっている、青い鼻。

 フー、と鼻から息を放出させると、その先にいる、うまそうな脂肪を体に蓄えたブロンドの少年ハンスの顔にかかった。尻にきゅっと力が入る。ハンスはズボンを下した姿のまま硬直した。


「ハンス、伏せろ!」


 叫ぶ声とともに、背後で地面を蹴る音。ふっと影がさし、気付くとハンスが伏せる必要もないくらい高い位置に、赤いずきんをマントのようにはためかせた少女が一人、飛んでいた。


 がっくんとベアの頭が落ちる。少女は勢いに身を任せて、ブルーノーズベアの広い額を踏みつけたのだ。そのまま足をばねにして、ハンスの横に着地。ブルーノーズベアは前足と後ろ足に力を入れ、持ちこたえようと踏ん張るが、攻撃を受けた箇所は頭部。眩暈(めまい)を起こしたそいつは、足元をぐらつかせ、やがてはバランスを崩してぶっ倒れた。


「平気か? ケガしてないか、ハンス」


 少女は茂みを挟んだ場所から声をかけた。ハンスは一撃で倒れてしまったブルーノーズベアから恐る恐る視線を外して、少女を見上げる。


「う、うん。僕は大丈夫だよ、赤ずきん」


 礼を言おうとして、ハンスはハッと自分の置かれている状況を思い出した。


「うわああああ! ダメ! お願いだから、あっちへ行って赤ずきん!」


「どうしてだ? あいつなら、ボクがもうやっつけたぞ」


「いやいやいや、そうじゃなくって! とにかくあっち行ってってば!」


 女の子に恥部を、排泄物を見られるなんて、とんでもない! ハンスはブルーノーズベアに見つかった時よりもはるかに動揺していた。顔を真っ赤にして赤ずきんを追い返そうと必死になる。しかし、赤ずきんは帰るどころか、ハンスが慌てる原因を探ろうとしていた。


「およしなさい、赤ずきん。さあ、こちらへ来るのです」


 遠方から茂みをかき分けてくる二人の青年のうち一人、銀髪を背中まで流した青年が赤ずきんを呼んだ。口ぶりからして呆れている様子。


「むう。だって狩人、ハンスが──」


「御託はいりません。言うことを聞きなさい」


 狩人に叱られた赤ずきんは口をとがらせると、しぶしぶその場を離れていった。ハンスとしての危機は過ぎ去った。ハンスは心の中でそっと、狩人の配意に感謝した。


「まったく、デリカシーのねえ奴だな。親の顔が見てみてえよ」


 もう一人の引き締まった体つきの青年は、ボサボサ頭を掻きながら隣りをチラッと見て、にやりと笑った。


「赤ずきん、こんな森の中で人がこそこそ腰かけてやることっていったら、アレしかねえだろうよ」


「アレ、とは?」


「うんこだよ」


「ははあ、うんこか」


 納得顔の赤ずきん。狩人は眉をしかめて、青年をにらんだ。ハンスはサーっと青ざめていった。赤ずきんが「ゆっくりしていけ!ボクらはここで、ちゃんと待っているからな!」と大声を出すと、ハンスは急いでくしゃくしゃにした紙で尻を拭いて、パンツとズボンをへその位置まで上げた。


「コホン。それはそうと赤ずきん、今しがた大きな音がしましたけど、何があったのですか?」


 咳払いをして、話を変える狩人。赤ずきんはハンスが巨大な獣に襲われそうだった事を話した。


「ボクの背丈よりも大きくってなあ、横も大きくて毛がふっさふさで、だらーっとよだれを垂らしてた。それから面白いことに、鼻が青いんだ!今にもハンスに飛びかかろうとしてたんだぞ」


「鼻が青いのですか。……分布を踏まえると、ブルーノーズベアで間違いないですね。大丈夫ですよ。彼らは縄張り意識こそ強いですが、別段危険な種というわけでもありません。こちらが何もせずに縄張りの区域から去れば、深追いしてくる事もないでしょう」


「何もしなければ?」


「そうです」


「……」


「赤ずきん?」


 狩人は目を細めた。赤ずきんの視線が、あっちこっちに忙しなく動いている。


 狩人に無言の圧力をかけられて、ようやく赤ずきんが「……蹴っちゃった」と遠慮がちに笑う頃。髪の毛の付け根から脂汗をにじませて戻ってきたハンスの後ろの茂みから、咆哮が上がった。

 声が聞こえたあたり、脳へのダメージは軽度で済んだようだが、縄張りを離れただけでは許されそうにもない。声の大きさとそれに露呈している怒りが、物語っていた。


 狩人は額に手をやって、肩を落とした。


「──オオカミ、ブルーノーズベアの肉は食べれましたっけ」


「あー? 固いっちゃあ固いが、食えねえ事はない。まずくもない。毛皮と爪と骨も、それなりに金になる」


 オオカミは茂みの中から飛び出してきた猛獣目掛けて、力強くナイフを投げつけた。ナイフはまっすぐ飛んでいって、青い鼻の頭に突き刺さる。


「承知しました」


 ナイフの攻撃にひるんだブルーノーズベアに、狩人は一丁の小型リボルバーを差し向ける。暴れるターゲットに照準を定め、直後、小型銃に似つかわしくない派手で澄んだ銃声が森に響いた。正確に脳天を撃ち抜かれたブルーノーズベアは、鼻に刺さったものを振り落とそうとする動作をやめ、バタリと地に伏せた。


「──慈悲の女神セレスティ・カーン。この者が(めい)を受ける時、どうか幸のある人生を思し召し下さい」


 首からぶら下げている樹木をかたどった飾りのネックレスを外し、死屍に向ける。胸にもう一方の手を当て、狩人は目を閉じた。


 祈りを捧げる狩人の髪がそよいだ時。ハンスには未知なるものが彼の願いを聞き入れて、風が魂を運んでいったような気がした。


「さて、先を行きましょうか」


 狩人はネックレスを首にかけた。ハンスと赤ずきんはうなずき、オオカミは仕留めたブルーノーズベアを、気だるそうに荷車の上へ乗っけた。


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