2日目(2)
だめだ。
我慢できない。
昼前。
人の流れが一段落した時間帯。
回収用のワゴンを押して、
人通りの少ない連絡廊下に入ったところで、
私は周囲を一瞬だけ確認した。
……誰もいない。
(今なら)
足は止めない。
視線も上げない。
ワゴンの取っ手を握ったまま、
私はそっと魔力を流した。
下腹部。
一回分。
八十字。
文字が、浮かぶ。
(よし)
メモしたいのはミレア殿下本人じゃない。
話せる立場でもないし、
視線を向けていい相手でもない。
気になったのは、部屋。
朝と昼で、
ほんの少しだけ変わるもの。
光の入り方。
カーテンの寄り。
机の上の本の位置。
それから、匂い。
昨日と同じ系統なのに、
今日は少しだけ、果実感が前に出ている。
(……集中してる?
それとも、気分がいい?)
文字が浮かぶ。
「昼前、柑橘が強い
光量低下
部屋が静か」
魔法式に魔力が流れて、
思考が引っかかるのがわかる。
――その瞬間。
足音。
規則正しい。
無駄がない。
王宮勤めの人間とは、明らかに違う歩き方。
(……え?)
反射で、魔力を引いた。
文字は消えた。
消えた、けれど――
空気が、完全には戻らない。
廊下の角から現れたのは、
濃紺の外套の男。
装飾を削ぎ落とした徽章。
歩幅が、完全に官僚のそれ。
魔法省。
心臓が、嫌な音を立てた。
だめだ。
これ、だめなやつだ。
王宮の中で、
申請していない魔法式を使うのは、
「基本的に」アウトだ。
――基本的に、という言葉がつくのが、
一番たちが悪い。
即座に捕まるわけじゃない。
でも、
「魔法が動いたかもしれない」
そう記録された時点で、
長くて、細かくて、逃げ場のない確認が始まる。
それをやるのが、魔法省だ。
彼らは、
誰に仕えているかも、
どこの部署の人間かも気にしない。
魔法が動いた、
その一点だけを見る。
(……最悪だ)
魔法省の人間は、
基本、侍女を見ない。
見ないけれど――
魔力の揺れは、見る。
すれ違いざま、ほんの一瞬。
その視線が通ったのは、
私の顔でも、手でもない。
空気。
(拾った……?)
私は完全に、
「何もしていない下級侍女」の顔を作る。
歩調を変えない。
ワゴンを押す速度も一定。
視線は床。
――通り過ぎた。
呼び止められない。
足も止まらない。
……でも。
背中が、冷たい。
(確証は、ない)
たぶん。
でも、
「今、何かあったかもしれない」
その“かもしれない”が、
紙一枚ぶんの重さで、
どこかに残った気がした。
角を曲がってから、
ようやく息を吐く。
(……ばか)
人が少ない=安全、じゃない。
むしろ逆だ。
見る人は、
人がいないところを通る。
五回のうちの、一回。
八十字。
減った。
そして、
背筋に残った、この感覚。
――日中は、使えない。
廊下はだめ。
ワゴンでもだめ。
王宮の動線は、
全部、誰かの視界と重なっている。
(隠蔽、必須)
私は歯を食いしばって、
ワゴンを押し直した。
この国の政治は
王室省→すべての省の採用
中央官僚→主な政治の方針決め
地方官僚→各地域
魔法省→魔法全般
騎士団→治安維持、軍
司法のみ完全独立
で、まわってます。




