1日目(3)
……いや。甘く見ていたつもりは、なかった。覚悟はしていたし、話も聞いていた。それでも――やはり、甘かった。
一日の終わりが、ようやく見え始めたころ。私はやっと、自分が何を甘く見ていたのかを理解した。
下級侍女の仕事量は、想像していた以上に、容赦がない。
侍女の役割そのものは、驚くほどシンプルだ。
上級侍女は、常にミレア殿下のそばに控え、判断と手配を行う。
中級侍女は、ミレア殿下がこれから行うことのために、時間と体力を使って「準備」を整える。
そして下級侍女は、その中級の補助と、ミレア殿下の「後」を片づける。
――後。
使われたあとのもの。
残された痕跡。
そこに、その時の心情が、驚くほど正直に反映される。
……はい。何でもありません。失礼しました。
ともかく。
問題は、その「中級侍女」が、常にそこにいるわけではない、という点だ。
要するに、人手不足。遠回しな言い方をする必要もない。
下級侍女は二人しかいない。しかも、日によっては一人体制になることもあるらしい。今日は初日ということで、二人配置だった。
……が。
ここで、もう一つの事実が判明する。
私の先輩である下級侍女の方は――ええと。とても、おおらかな方だ。
仕事の進め方も、物の配置も、時間管理も、すべてが、こう……優雅。
悪い人ではない。むしろ、いい人だ。ただ、「管理」という概念が、少しだけ遠い。
その結果、何が起こるかというと。
王宮が、広すぎる。とにかく、広い。
物を取りに行って戻るだけで、平気で時間が溶ける。図書館まで往復するのに、軽く十分はかかる。
(……身体強化、考えようかな)
そんなことを考え始めた自分に、内心で小さくため息をつく。
今日一日で、はっきりしたことがある。このままでは、回らない。
少しでも早く、ミレア殿下に関する情報を「整理された形」に落とし込まなければならない。
感覚のままでは追いつかない。記憶に頼るのも、限界がある。
必要なのは、細かいタスクの洗い出し。動線の短縮。無駄な往復の削減。人がいない前提での運用。
――そして、それを支える仕組み。魔法式。
理論は知っている。本も読んだし、授業も受けた。
媒介を使い、そこに魔力を集中させて、溜めて、放つ。
杖が一番多いけれど、指輪だったり、イヤリングだったり、人によって形は違う。
「そこに集中して、放つ」そのイメージさえできれば、魔法は成立する――ということになっている。
ただ。
そのやり方が、私にはどうにも噛み合わなかった。
集中しようとすればするほど、感覚が散る。溜めようとすると、どこかで抜ける。
成績はいつも、及第点ぎりぎり。正攻法をなぞるほど、手応えが遠のいた。
本当にだめだ、と思ったとき。
私は――少しだけ、道を外れた。
感覚で、血液をイメージして循環させてみたら。
そうしたら。なぜか、できた。
でもそれは、教えられてきた魔法の理論とは、明らかに違う。
使える量は少なく、安定もしない。魔法式でないと、ほぼ再現もできない。
便利というより、癖が強い。
だから私は、これを「魔法」と呼んでいいのか、正直、よくわからない。
ただ、回る。
だからこそ。ちゃんと使える形にしなければならない。
私なりに考えて、私なりに整理して、私なりに回せるやり方で。
そうしなければ、この仕事は、回らない。
そう、静かに結論を出したところで、今日の一日は、ようやく終わりを迎えようとしていた。




