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スキル〈料理〉を馬鹿にされたけど、俺の飯を食べた奴らが全員覚醒していく件  作者: 妙原奇天


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第5話 神饌を求める者

 夜の鐘が三度鳴ったあと、王都の風向きが変わった。

 市場のパン屋が夜通し火を絶やさず、酒場では“カイのスープ”と呼ばれる料理が流行し始めた。

 だがその一方で――教会は沈黙を守り続けていた。


「神の名を借りずして“祝福の火”を起こす料理人がいる」

 そんな噂は、聖職者にとって恐怖に等しかった。

 そしてその恐怖が、俺の名を呼ぶ。



 翌朝、王城の裏庭でモフと野菜を洗っていたところへ、王の従者が走ってきた。


「カイ殿! 陛下より緊急の勅命です!」

「また宴の準備か?」

「いえ……“聖堂の試練”への随行命令。教会が陛下に申し入れました。――“真の神饌”を作れるかどうか、神前で証明せよ、と」


 モフがぷるんと震えた。

 冷水の中で、透明な体がわずかに光を帯びる。


 “神饌”。

 それは神へ供える料理の総称。

 食べた者の魂すら浄化すると言われる伝説の料理。


 だが、古書の最後のページに記されていた〈神饌〉という名が、まさか現実に教会側の口から出るとは。


「――面白い。受けよう」


 俺は包丁を拭き、王の従者に頷いた。

 教会の火が俺を試すというなら、こちらも“味”で答えるしかない。



 数日後。

 聖堂は王都の北端、千年を経た白の丘にそびえていた。

 大理石の床には無数の祈りの痕跡、香の煙が漂う。

 その中央に、祭壇と巨大な調理台――“聖なる厨房”があった。


「異端の料理人カイ。汝の手に宿る火が、神の御心か、あるいは魔か。ここで裁く」


 荘厳な声を響かせたのは、教皇代理の老司祭。

 彼の後ろには、十数名の司祭と修道女たちが並び、厳粛な空気が流れている。


「調理に用いる火、道具、食材――すべて聖堂のものを使え。己の魔導書は封じる」


 古書を取り上げられ、封印の鎖を巻かれる。

 それでも、俺の中には火があった。

 鍋も、火も、手が覚えている。


「わかりました。火は借り物でも、味は自分のものです」


 老司祭が眉をひそめる。

 傍らの修道女が小さく十字を切った。



 調理台に並ぶのは、白い麦、聖果、祝福水、そして“神鳥”と呼ばれる小さな鳩のような肉。

 どれも純粋すぎて、味の個性がない。

 ――神饌は、混ぜてはならぬ純粋の象徴。


 だが、俺は知っている。

 「純粋」は人を飢えさせる。

 「混ざり合う」ことで初めて、命の味になるのだ。


「モフ、準備はいいか」


 モフがぷるんと跳ね、光を放った。

 封印されても、奴は俺の手の届く場所にいる。

 火を灯す代わりに、モフの体内に微弱な光熱を走らせ、鍋の底に沿わせた。


 水を注ぐ。

 麦が踊る。

 果実を刻むと、甘い香りが空気に溶けた。


「――味よ、祈りを超えろ」


 低く呟く。

 祈りとは願い、味とは結果。

 願いだけでは誰も救えない。


 ゆっくりとかき混ぜ、麦の甘味が溶け出す瞬間、指先に熱が走った。

 封印されたはずの古書のページが、光の粒となって宙に浮かぶ。


『神饌の真名――〈交わり〉。

 異なるものを混ぜ、調和せし者こそ、神に最も近い。』


 鍋の中で、麦と果実と肉が一体になった。

 透明なスープは、虹色に輝き始める。



 完成した瞬間、聖堂全体に香が広がった。

 司祭たちがざわめき、修道女の一人が涙を流す。


「……懐かしい匂い。母が作ってくれた、初めてのパンの香りに似ている」


 彼女の声が引き金となり、老司祭もまた匙を手に取った。

 一口。

 瞳が震える。


「甘い……が、苦くもある。生きるという味か」

「それが“神饌”です」


 俺は頭を下げた。


「神のために作る料理などありません。

 人のために作る料理が、結果として神を満たす――それが本当の火です」


 沈黙。

 そして、聖堂の鐘が鳴った。

 老司祭は膝を折り、俺の前に立った。


「神は言葉ではなく、味で答えた……。

 料理人カイ、汝の火を“真なる祝福”と認めよう」



 その夜。

 俺は丘の上で月を見上げ、モフを掌に乗せた。

 モフの体が淡い金色に輝き、柔らかく形を変える。

 丸い体の中心に、透き通る光核が生まれた。


「お前……進化したのか」


 モフが小さく鳴いた。

 古書――いや、今はもう封印の鎖が溶け、静かに頁を開いた。


『調理核スライム:

 神饌を作りし者に寄り添い、魂の火を媒介する存在。

 主が抱く想いを“味”に変える。』


「……頼もしいな、モフ」


 俺は夜風の中、包丁を月光にかざした。

 これから作るのは、神でも魔でもない――“人の未来”の料理だ。


 火がまた、静かに燃え上がる。

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