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スキル〈料理〉を馬鹿にされたけど、俺の飯を食べた奴らが全員覚醒していく件  作者: 妙原奇天


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第4話 料理人、毒を煮る

 夜半の厨房は、まるで墓のように静かだった。

 油の匂いも、肉の焦げる匂いもない。

 あるのは鉄と冷気の匂い――殺意を包む金属の光。


 焚き残りの火が赤く点っている。

 その火の前に、俺とモフだけがいた。

 外の回廊から、金属靴の音が響いてくる。

 衛兵が交代する音だ。間もなく王の晩餐に使う食材が搬入される。


「モフ、音を立てるなよ」


 モフは小さくぷるんと震え、表面を薄くした。

 透明度が上がると、ほとんど空気と見分けがつかない。

 古書を開き、指先を舐める。紙面がうっすらと光り始めた。


『毒草:黒涙草こくるいそう

 真名〈母なる恐怖〉

 恐怖を煮詰めよ、煮え切らぬままでは命を蝕む。

 恐怖を調理する名――〈抱擁ほうよう〉』


「……抱擁、ね」


 呟いた声が闇に溶けた。

 毒を“抱く”なんて発想、料理人としてはあり得ない。

 だがこの古書は、常識の外側にこそ真実を置いてくる。



 夜明け前、搬入された食材の中に、細い茎の束があった。

 黒涙草。

 見た目はただのハーブだが、根の部分には猛毒がある。

 料理長ドメルの差し金だ。

 王を毒殺し、その罪を俺に着せるための“舞台装置”。


 だが――この毒を、俺が料理すればいい。


 毒を毒のまま出せば、殺意。

 毒を抱いて煮れば、薬になる。


「さあ、モフ。やるぞ」


 モフが淡く光る。

 俺は黒涙草の根を刻み、香草〈灰眠〉と混ぜ合わせた。

 鍋に水を張り、火を弱くする。

 高温では毒が飛び、ただの苦味になる。

 低温で、ゆっくり。恐怖を眠らせるように。


 鍋の上に白い煙が立ちのぼる。

 古書の文字が浮かぶ。


『恐怖を抱きし火、いま穏やかに燃ゆ。

 毒性転化――〈抱擁〉発動。

 効果:毒素を吸収した者の“真意”を暴く。』


「……真意を暴く?」


 理解するより先に、厨房の扉が開いた。

 ドメルが現れた。

 後ろには、銀鎧の衛兵が二人。

 顔には自信と嘲りが混じっている。


「何をしている? その鍋の中身は?」

「スープです。陛下のご命令どおり、王の体調を整える薬膳を」

「ほう……。それにしては香りが重いな」


 ドメルは鍋を覗き込み、杓文字を取った。

 ひとすくい、舌に乗せる。

 そして――笑った。


「ふ、悪くない。だが少し苦いな。味見しておこう」


 彼の笑みが凍る。

 瞳が見開き、全身が硬直した。

 唇が震え、苦悶の声が漏れた。


「な……なぜ……!?」


「それが“抱擁”の味です」


 俺は静かに言った。

 モフが彼の足元を囲むように揺れ、淡い光の輪を作る。

 古書の文字が燃えるように輝いた。


『嘘を抱く者は、抱擁に焼かれる』


 ドメルの口から、こぼれた。

 「王を……殺せと……言ったのは……リウス……」

 衛兵たちが慌てて駆け寄るが、もう遅い。

 彼の体から黒い煙が立ちのぼり、やがて静かに倒れた。


 煙が消えた後、香りだけが残った。

 苦味の奥に、どこか甘い匂い。

 まるで“赦し”のように。



 翌日の晩餐。

 王の前に運ばれたのは、昨夜と同じスープ――ただし、完全な形に仕上げたもの。

 王は一口、口に含み、微笑んだ。


「この味……心が静まる。

 苦くも甘い。不思議だ。まるで人の罪と赦しのようだな」


「毒を煮ました」とは言えない。

 俺はただ深く頭を下げた。


「料理は、火の中に隠れたものを映す鏡です。

 恐れも、欲も、煮詰めれば味になります」


 王は静かに頷いた。

 参事官リウスの顔が青ざめていく。

 彼の指先が震え、声が掠れた。


「……ドメルが、戻らぬのは……?」

「彼は抱擁の味を知らなかった。それだけです」


 リウスの喉が鳴る。

 次の瞬間、王が席を立った。


「カイ。王国の厨房を任せる。

 これからは、お前の鍋で民の心を煮ろ」


「……畏まりました」


 ――その瞬間、俺は理解した。

 “料理”は、もう人を満たすためのものではない。

 人を導く力になってしまったのだ。



 夜。

 モフが火のそばでぷるぷると震えている。

 その体の奥に、小さな赤い光が灯っていた。

 まるで心臓のように、規則正しく鼓動している。


「お前も、抱擁の火をもらったのか」


 モフが小さく鳴いた。

 俺は古書を閉じ、ページの最後の一文を見つめた。


『毒を抱いた者は、真の料理人となる。

 次なる名を求めよ――〈神饌しんせん〉』


 ――神のための料理、か。


 月明かりが窓を照らす。

 外では、王都の鐘が静かに鳴った。

 新しい時代の始まりを告げるように。

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