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スキル〈料理〉を馬鹿にされたけど、俺の飯を食べた奴らが全員覚醒していく件  作者: 妙原奇天


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第2話 食卓は国境を越えて

 辺境へ向かう街道は、秋の風に色づいていた。

 背の高い穀草が左右に揺れ、風の音がまるで海の波みたいに寄せては返す。

 その真ん中を、俺とモフ――調味スライム――はのんびり歩いていた。


「オークの集落って、どんな味がするんだろうな」


 モフがぴょこんと跳ねた。

 言葉を理解しているのか、単に同意しているのかはわからない。でも、リズムがいい。

 旅の相棒としては、これ以上ない。


 依頼書によれば、王都の使節団がオーク集落と「宥和交渉」を行うらしい。

 数年前までは敵国同然だった種族だ。

 それが、ここ数年で交易を求めてきているという。

 交渉の鍵は“食事”――つまり、宴だ。


 人とオーク。

 長く敵対してきた種族同士が、同じ鍋を囲む。

 火を挟んで座るというのは、最初の信頼だ。

 ――料理は、言葉の前にある。



 三日後、俺はオークの集落に着いた。

 木柵の向こうで、背丈の倍はある緑皮の巨体たちが石を積み上げている。

 門番が鼻を鳴らして俺を見下ろした。


「人間、何の用だ」

「依頼で来た料理人だ。王都からの使いでね」


 差し出した通行証をしばし睨んだのち、オークは渋々頷いた。


「中へ入れ。ただし、鍋の火は我らが見る。勝手に触るな」


 ……なるほど。火は彼らにとって“魂”の象徴だと聞いたことがある。

 その扱い方を間違えれば、交渉どころか命も危うい。


 集落の中央、祭祀場のような広場に案内されると、すでに人間の使節団が準備を始めていた。

 真紅の外套を着た若い男が、俺に気づいて声をかける。


「君が料理人か? カイだな」

「ええ。あなたが代表ですか」

「王都外交官、ライアン。――正直に言うが、あまり期待はしていない」


 彼は苦笑して腕を組んだ。


「オークたちは“人間の味”を信用していない。肉を焼けば焦がすし、塩加減も知らんと」

「そりゃ困ったな。火と塩の機嫌は、誰にでも気まぐれです」


 軽口を返すと、ライアンの目がわずかに細まった。

 その奥に、「試してやる」という色が見えた。



 オークの長老が現れた。

 白い牙が並び、眼光が鋭い。

 彼の隣には、若い戦士の娘――銀灰色の髪をしたオークが立っている。

 その目には敵意よりも、好奇心が混じっていた。


「人間の料理人か。名を名乗れ」

「カイ。……料理で、挨拶させてもらってもいいか」


 俺がそう言うと、長老はしばらく沈黙してから頷いた。


「ならば“肉”を使え。我らが狩った獣の恵みだ。

 火は我らの聖域、だが……その味が我らを笑わせたなら、交渉を続けよう」


 彼が指さしたのは、黒毛の巨大な獣――山猪だ。

 皮を剥ぎ、血抜きが終わったばかり。

 脂が照り、まだ野生の匂いが濃い。


 俺は腰に下げた古書を開く。

 紙面の上に、淡い金文字が浮かぶ。


『山猪:真名〈怒る森の雷〉

 怒りは熱、熱は旨味。

 怒りを鎮める名は――〈森眠もりねむ〉』


 俺は指先を舐め、唾液を火の上に落とした。

 火が小さく鳴り、まるで承諾のように赤を深める。

 そして静かに呟く。


「怒る森の雷よ、眠れ――〈森眠〉」


 肉を吊るし、香草と根菜を混ぜた泥で包む。

 モフがその泥の表面を舐め、塩を均一に散らす。

 火の中に埋めた瞬間、煙が甘く変わった。

 焦げ臭さが消え、花蜜みたいな香りが鼻をくすぐる。


 オークたちがざわつく。

 煙の色が“白”から“金”に変わったのだ。

 彼らにとって、金煙は“火の祝福”を意味する。


「……人間の火が、祝われた……?」


 娘のオークが、息を呑んだ。



 夕刻。

 肉を掘り出し、表面の泥を叩くと、湯気がもくもくと上がった。

 皮のような外側を割れば、中から肉汁が光を放ちながらあふれ出る。

 ナイフで切り分けると、香草の香りが風に乗って広がった。


「どうぞ」


 俺は最初の一切れを、長老に差し出した。

 彼は鼻を鳴らし、一口だけ噛む。

 ……瞬間、表情が変わる。


「柔らかい。怒りが、ほどけておる」


 その言葉に、集落全体がざわめいた。

 他のオークたちも我先にと肉を奪い合い、笑い声が起きる。

 酒が回り、焚き火が高く燃える。


「人間の料理人、貴様の鍋は火を従わせた。

 今日より、我らは王都との交渉を受け入れる」


 長老がそう宣言すると、ライアンが目を丸くした。

 俺は静かに一礼し、心の中で小さくつぶやいた。


(鍋は扉、火は鍵。

 唾液は契約――今日もまた、ひとつの契約が結ばれた)


 夜空を見上げると、満月が湯気のように滲んでいた。

 モフが跳ねて、俺の足元にまとわりつく。

 その体の奥で、金色の火花がひとつ、灯っていた。

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