第60話 ワシはマリアンに本音を伝えてみたんじゃ……
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――それから、ワシとマリアンは手を繋いで人気の少ない海辺へと向かった。
とは言え、箱庭の中の海じゃ。
勝手知ったる箱庭の中と言う、何ともロマンの欠片もないものじゃったが、マリアンは喜んでくれた……本当にいい子じゃ……。
「それで、シッカリと心の内を話していただきますわ。何故、書類を任せる方と、売上等の大事なものを預ける方をお雇いになったの?」
ふくれっ面で語るマリアンに、ワシは苦笑いしつつ程よい岩にお互い座り、箱庭の中なのに星がきらめく夜空を見上げた。
「ハヤト様?」
「のうマリアン。ワシはな……前世は、独り寂しく死んだんじゃ」
口にしたのは、前世の虚しい自分の死ぬ瞬間。
あれは……誰にも看取られずに餓死した前世の自分が、今では哀れでならない。
「哀れでならん理由は……ワシはこの箱庭で得た仲間たちと言う大切な存在と、何よりマリアン……。お主を得たからじゃと思う」
「ハヤト……様?」
「孤独に蝕まれ、飯を食えず、誰にも看取られず、誰にも助けを求められず餓死したんじゃ……。今思えば、外に……誰かに助けを求められればよかったかもしれん。じゃが、その考えに至らないくらい当時のワシは追い込まれておった。そして……死んだ」
死の間際に思ったことを、ワシはマリアンの手を握りしめて語った。
せめて次の人生では、極々当たり前と言われる幸せを手に入れたいものじゃ、と。
理解ある温かい両親。
狭くても良いから汚くない部屋で生活し。
食うものに困らず。
搾取される事なく。
次の人生では、素敵な女性と結婚出来たら……。
次の人生では、抱きしめてくれる両親を得られたら……と。
「そう思いながら死んだんじゃ」
「ハヤト様……」
「その願いを、ナースリスは聞き届けてくれた。両親とは言い切れんが、義理の両親は優しい。マリリンもカズマも頼りになるし、何より素敵な女性の……将来の妻の両親じゃ。これ以上ない幸せをわしは手に入れたと思っておる。しかしじゃ」
次の言葉を言う前に、ワシはマリアンに向き合った。
真剣な表情でマリアンの瞳を見つめ、そっと手を伸ばし両頬に触れた。
「ワシは、今世では長生きすると決めておる。それは無論、マリアンにも長生きしてほしいと切に願っておる」
「っ!」
「マリアンに無断で決めたのは悪いと思っておる。しかしワシは……マリアンが頑張りすぎている気がしてならんかった……。もっとワシの側にいて欲しいとさえ思った。ちっぽけな男じゃと思われたかもしれんが……ワシはマリアン、お主と一緒に仲良く手を取り合って……生きていきたい。共に年を重ねて、お互い時には無理をすることはあっても、それでも――共に歩んでいきたいんじゃ。じゃから……早死するような仕事量をこなすマリアンが心配になってしまった……」
「そう……でしたのね」
「ワシは、もう……マリアン、お主がおらねば駄目な男なのじゃよ。情けない男と思われたかもしれんがっ⁉」
続きを言おうとしたその時、ワシはマリアンにぎゅっと抱きしめられておった。
マリアンは涙を流しておるのが頬を伝う柔らかい水滴で分かった。
「マリアン……」
「そこまで……そこまで私を……思っていてくださったのですね」
「……うむ。ワシは駄目な男なじゃよ……。マリアンを失いたくない弱い男じゃ」
「そんな……弱いなんてことありませんわ!」
「マリアン?」
「嗚呼……この喜び、なんと言葉にしたら良いのでしょう? 嗚呼……お父様もお母様も、こんな風に愛し合っているんですわ……。なんて尊い、なんて眩い。なんて……ハヤト様が愛おしい」
ぎゅっと抱きしめる体は優しい。
マリアンの優しく柔らかい香りに包まれ、ワシは頬を染めつつもマリアンを抱きしめ返した。
「ワシの我儘なんじゃ。マリアンは頑張ろうとしてくれておるし、実際頑張っておるのに……でも、置いていかれたくない。マリアン……ワシを……置いていかないでくれ」
「ええ、ええ! もう無理は……たまにすることはあっても、ハヤト様の傍にいる時間をもう少し増やすべく、ハヤト様の考え……受け入れますわ」
「そうか……そうか!」
「いじらしい人。でも、放っておけない人……。そして何より……愛しいわ」
ぎゅう……っと抱きしめられ、ワシもマリアンの体に手を回してぎゅっと抱きしめた。
良かった……。
マリアンが頑なに理解しないとは思っておらんかったが、素直に聞いてくれて良かった。
全く、ワシも、まだまだ未熟じゃな。
前世でも経験のない――この世で最も愛しい女性。
大切にしたい気持ちが、これほど強いとは思わなかった。
「ふふっ」
「ん?」
「キスはもう少し大人になるまでお預けですわね?」
「ははは。忘れておったが、ワシの体はまだ6歳児じゃ」
「そうでしたわね! ふふふふふ」
「マリアン?」
「いえいえ、とても愛らしくて素敵ですわ。私とは結構年は離れてますけど、それでも私がよろしくって?」
「マリアン以外の女性など、こっちから願い下げじゃわい」
「嬉しいわ!」
こうして二人、少しだけ今後の話をして夜空の下、語り合う。
住民たちの住んでいる明かりのおかげと、夜空が星で眩しさもあってとても暗いと言うことはないが、それでも――もう少し二人で……と思ってしまうが、そうも言っておられんのじゃよな。
「明日には書類を任せるダルメキアンと言うテトの兄……ではないな、姉上がこられる」
「ああ、リリーマリーエリーたちと同じタイプですのね。了解しまいたわ」
「他に三人ほど来るようじゃが、そのもの達はどっちかはわからん。理解あるものたちじゃと思うがな」
「そうだと言いですわね」
「うむ」
「ムギーラ王国では、お父様の政策の進め方で【多様性の時代】として、そう言う方々も受け入れやすい様になりましたけれど、中々全てを受け入れると言うのは、難しい事もありますものね」
「そうじゃなぁ……」
「でも、箱庭ではその多様性があってこそですもの。まさに、楽園だと思いますわ」
「そうでありたいと願うぞ」
「ええ」
こうして二人手を繋いで住んでいる家に帰り、そして翌朝、ナースリスの力を借りて巫女に連絡を入れて箱庭にダルメキアンたちが先立ってやってくることになった。
テトがいるとは思っていなかったダルメキアンではあったが。
さて、どう声をかけようかのうと思っていると――。




