第53話 商売は一旦これにて休み。これからは安定させる時期じゃ
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それに、まだまだ次の商売に向けて進まねばならんときに……厄介な。
そんな事を思いつつ、新たに立てた小屋にて絵師とオネェ三人組が、ワシの作った〝マニキュア〟を使い、ワシの手渡した〝マニキュア講座〟を読みながら爪を整えておる。
冒険者達は自分に願掛けするべく、タトゥーを入れることも多いそうで、恐らくマニキュアは爆発的人気になるじゃろうと言うことじゃった。
しかも、一ヶ月後の謝罪の前日にマニキュアの店が試験的に行われるというのに……。
「全く持って、嫌な時期にやってきたのう……。これが別の意味で勝機になればいいが」
「獣人もエルフも爪をとても大事にしますから……。特に魔術を行う魔道士達は、爪に強化系の魔法陣を描くこともあるそうで」
「ほう?」
「獣人は爪に誇りを持っているものも少なくありません。テトのように半分人間の血が流れている者も、爪には拘りを持つそうです。、ミアとテトから聞いた情報なので間違いはないでしょう。一番マニキュアの完成を待っているかも知れません」
「試験的に爪は塗ってもらいましたが」
「定期手に塗りたいくらいなんですー」
「そうかそうか! ミアとテトには実験台担ってもらって悪かったのう。それでも腕はなまっておらんかったようで安心したわい」
しかし、なるほど?
意外と獣人やエルフは爪を大事にするのか。
これは、ひとつの〝外交手段〟か、もしくは〝輸出商品〟に使えまいか?
使うことで国同士が友好国ならば、更に友好度を上げる為に使っても問題はない。
まして獣人は気性が荒いと言われておる。
そやつらを抑える手札は、あったほうが無難じゃろう。
その旨を手紙に記し、マリアンにカズマ宛に持っていってほしいと頼むと、アイテムボックスから魔道具を取り出し、特殊な水の入った魔道具の中に手紙を入れた。
「マリアンそれは?」
「お父様と連絡を取る時用の魔道具ですわ。緊急性が高いときに使うようにと」
「流石カズマじゃな。しかし、ワシの内容で緊急性が高いというと?」
「このような案が出せる方はそうそういないので、お父様からハヤト様から案が出された場合は、速やかに連絡するようにと……この魔道具を手渡されていたのですわ」
用意周到。流石国の相談役。
暫くすると、カズマから連絡が帰ってきて「今は試験的なものだが、爪を整えることが出来れば獣人も大人しくなるかも知れないため、頼めないか?」と連絡が来た。
しかし、獣人相手にうちの従業員が動けるかというと……そうではなく。
ましてや、相手は獣人族の王。
手に触れることすら怖がるじゃろう。
「それなら、ワシがマリアンに使っておるマニキュアを持って、獣人の王とエルフの王にマニキュアを塗るかの。その代わり、魔法陣等塗ることは出来ないから、好きな色や季節の色を選んで貰った指に塗るとしよう」
「それは良いですわね」
マリアンはその言葉をメモして再度、魔道具でカズマと連絡を取り、暫くして了承の返答を得た。
どうやら、マニキュアが今後を左右することにもなりそうで……。
カズマの為にもマリアンの為にも、気合を入れるかのう。
「ま、その前にマリアンの美しい手を見れば……自ずと羨ましがる姿は想像つくがの」
「え? ええ……とても美しい指をしていると絶賛されておりますわ!」
前世では母の指を綺麗にするのは、ワシの役目じゃった。
その為、ネイリストでもないのに、手入れと塗るのは得意になってしもうたんじゃ。
色も多種多様。ワシとしても満足と言って過言ではない。
前世でも、母親はここまでの数のマニキュアを持っておらんかった。
マリアンにこそ、この量は相応しいじゃろうな。
「ハヤト様のお店は、マニキュアと屋台を入れれば、五店舗ですわ。僅か六歳にしその手腕は、最早国王様ですら〝神童〟と呼ばれておりますのよ」
「神童のう……。ワシはそんな立場何ぞいらんが、マリアンを守る為の泊付けとなるのなら、いくらでも貰おうかの」
「ハ、ハヤト様……」
「しかし、今は次なる商売を考えるよりも、商売の安定化をさせるのが優先じゃ。今は爆発的に食べられておる〝丼物〟や〝カレー〟も、時が来れば落ち着くじゃろう。いわば、何時でも食べられると思えれば民とは安心するもんじゃ」
「何時も食べられる味……だと安心するんですね」
「そういうもんじゃな。それでも、一定数どっぷりとハマる客はいるじゃろうし、長く愛される料理に越したことはないんじゃ」
「長く、愛される料理……」
「無論、マニキュアも長く愛されるものにはなるじゃろうな……冒険者の多くがタトゥーを入れてるのには気づいておったが、理由があったとは予想外じゃが」
「冒険者はゲン担ぎをしたがる所がありますから。無事に帰るための色や模様と言うのは人気が高いと思いますよ」
確かに、冒険者にとっては無事に戻ることが出来ることが、大事なことのひとつじゃろう。
それと同時に、儲けを出して帰ると言うのも、また大事なことじゃろうと思う。
クエストクリア等は、冒険者の兄貴たちから話を聞いていると、なかなかにクリアが難しい場合もあるのじゃと聞いておる。
その辺りを、マニキュアで心の安定の為に使えたら良いなとは思うがの。
「取り敢えず、後は安定化のために数ヶ月様子を見る。長くて三ヶ月くらいかの? それまでは多少ゆっくり出来ると言うものじゃな。無論……エルフ王国と獣人王国が、何もなければじゃが」
「それは言えてますわね……」
「マニキュアの試運転の翌日というのが辛いが、まぁなんとかしよう。恐らく彼らのことじゃから前もってワシの情報は調べる筈じゃろうし、マニキュアの事も調べられるじゃろうな」
「厄介ごとになりそうなら、箱庭に引き籠もります?」
そう聞いてきたマリアンに、ワシは苦笑いを浮かべつつも言葉を紡いだ。
「引きこもっておりたい気分じゃがな? 面倒事がマリリンとカズマに行くと思うと、それはそれで気が引けるんじゃよ。ここは男らしく、堂々と立ち向かうべき案件じゃろうな」
「ハヤト様……。その姿勢素晴らしいですわ!」
「将来的に一人の男して、マリアンを守っていく為には、多少の荒事は慣れておかねばならんじゃろうからな」
「はわわっ」
そう言ってマリアンが両腕を出しつつ、バキッボキッと関節を鳴らしながら、ワシににじり寄る……。
「マリアン! 腕の力を落とすにゃ!」
『またポッキリやっちゃますよ!』
「そそそ、そうですわね……」
ズモモ……とやってきたマリアンじゃったが、アンジュとナースリスのツッコミにハッと我に返り、ソフトにぎゅっとしてくれた。
内心ホッとしたのは言うまでもない。
「私も、頑張りますわ……」
「あまり頑張りすぎんでくれ……。マリアンが遠くに行ってしまうようで寂しくもある」
「あらあら……。愛されすぎていて……嗚呼、私、私っ!」
「ぐえっ!」
軽くぎゅっとされただけじゃが……圧迫感が凄い!
しかし、この圧迫感が癖になりつつある自分がいることは、今のところ誰にも言わないでおこうと思ったのは言うまでもないの。
そして、マニキュアの試運転が始まった翌日――ムギーラ王国の王城に呼ばれたワシとマリアンは、パーティーに出たときの絹のドレスと着流しで向かった訳じゃが。
「ハヤト、我がエルフ王国に来ると良い。歓迎しよう」
「何を言う。俺の獣人王国に来ると良い。歓迎してやる」
ええい、また面倒なことになっておるのう……。
そう思わずにはいられない状態が待っておったのじゃった。