第25話 初めての赤いバラと、箱庭の幸福度
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翌朝、裁縫師たちの小屋に色とりどりの綿100%生地を大量に作ってやると、彼女たちは大急ぎで、マリアンに似合う普段着用のドレスを猛スピードで作り始めた。
その様子を見届けたワシは、そっと小屋を後にした。
その他では、香り付き石鹸について、ムギーラ王国製の石鹸も市場に出回っているため、差別化を図るべく、貴族用にのみ販売することに決めた。
当然、価格もそれ相応にお高い設定にしてもらったのは言うまでもない。他の製品もまた、すべて貴族専用じゃ。
まず【缶に入った紅茶】は、貴族の男性・女性どちらにも好まれそうなものを選んで製造した。
紅茶も珈琲も作ること自体は苦にならず、あっという間に大量生産できたのは僥倖じゃった。
数も多めに作ったし、これでしばらくは問題ないじゃろう。
菓子パンについては、試作品を冒険者たちを含め、集まった皆で試食してもらった。
大好評だった上に、紅茶や珈琲にもよく合うと好評を博し、おやつの時間に箱庭でも提供しようという話になった。
もっとも、ワシの忙しさが落ち着いていれば――という条件付きじゃがな。
この条件を付けたのは、マリアンじゃった。
「ハヤト様はただでさえ忙しいのです。皆さん、無茶を言ってはいけませんよ?」
そう言って場を和ませたマリアンのおかげで、ワシも改めて時間管理の必要性を痛感し、時計を作り出すことにした。
腕時計があれば時間を意識しながら作業できるし、何より自己管理がしやすくなる。
すると、マリアンも「私も欲しい」と言い出したため、彼女に似合う時計を特別に作ることにした。
ブレスレットも含め、すべてプラチナで仕上げた特注品。
文字盤には質の良い宝石を使用し、中央には赤いバラをあしらった。
無論、防水付与や強化付与も施し、マリアンの力でも壊れないよう、あらゆる魔法効果を込めた逸品じゃ。
「このような美しい腕時計……初めて見ましたわ」
「ワシからの、いつものお礼も兼ねておるわい。それにな、普通はバラの一輪でも贈るのが流儀じゃと聞いたが、ワシの箱庭ではバラは石鹸などに使ってしまうからのう。永遠に残る一本のバラを――まずはマリアンにと刻ませてもらったんじゃ」
「はわわわ……♡ ハヤト様っ」
「バラの一つも贈れぬ男ですまんな」
「いいえ、いいえ‼ このバラこそが、貴方様から頂いた最初のバラですわ!」
「そ、そうか」
「お父様もお母様にバラを贈ったそうですの。その時は角砂糖のバラだったと聞いておりますわ……」
「ほう」
「女性として好いた男性にバラを贈られる……これほどの誉れはございませんわ」
泣き出しそうな笑顔で頬を赤らめるマリアンを見て、ワシも少しばかり気恥ずかしくなった。
だが、マリアンがこれほど喜んでくれるのなら、それだけで十分じゃ。
「何とも気恥ずかしいものじゃな。ワシは前世でも、女性に花を贈ったことなど一度もないのでな」
「まぁ、それでしたら、本当に初めての花ですのね?」
「まぁ、そうじゃな」
「ああ……本当に誉れでございます‼ ありがとうございます‼」
そう言ってとうとう泣き出してしまったマリアンに、ワシは狼狽えてしまったが、そこにアンジュがトコトコと寄ってきて、マリアンにスリスリと身を摺り寄せ気を紛らわせてくれた。
泣いている女子の世話など、ワシには到底できる芸当ではない。
アンジュの存在には、心から感謝したい。
それにしても――泣くほど喜ばれるというのは、何ともこちらとしても誇らしいものじゃ。
「王城に呼ばれることがあれば、マリアンの身につける宝石はワシが作って贈ろうかの」
「よ、宜しいのですか⁉」
「よいよい。何もしてやれんのだ。それくらいの甲斐性は見せねばならん」
「ハヤト様……もう、これ以上大好きになったら、私、きっと大変なことになりますわ!」
「はははは!」
最初こそ、マリアンの容姿に驚かされたワシじゃが、今ではカズマの気持ちもよく分かる。
とても心根が素直なのじゃ。
素直すぎて、愛おしくなる。
打算も計算もなく、あるがままに喜び、微笑み慈しむ心を持つ――それがどれほど難しく、どれほど尊いことかワシとて知っておる。
だからこそ、眩しく、そして守りたくなるのじゃ。
「さて、残りの仕事をサクサクと終わらせて、ワシも箔をつけるかのう」
「頑張ってくださいませ。僭越ながら、私も手伝えることは手伝いますわ」
「マリアンいてこそのワシになりつつあるな。ははは!」
紅茶と瓶入り珈琲はすでに完成した。
菓子パンも問題なく仕上がった。
残るは、いわゆる「お持ち帰り用のお菓子」だけじゃ。
ケーキ屋などでよく売っている小袋入りのクッキーなどを作りたいところだが、これが意外と難しい。
何度ロストテクノロジーで試しても、小袋包装だけはうまくいかなかった。
ならば、中身が見える瓶入りの飴やクッキーはどうかと、可愛らしい小瓶を思い浮かべながら作ったところ――ポンッと成功した。
理由は分からぬが、作れるものと作れぬものがあるらしい。
「まぁ! 可愛らしい!」
「この手の飴なら、結構食べた経験がある。幾つか作ってみるかのう」
「クッキーも欲しいですわ!」
「ははは! 欲張りさんじゃのう?」
「女とは欲張りなのです!」
「そう言われると、甲斐性を見せねばならんじゃろう?」
「ふふふ!」
こうして瓶入りのお菓子作りをドンドン進め、飴は棒付きキャンディーも含めて五種類、クッキーもかなりの数が出来上がった。
作るそばからマリアンがアイテムボックスに仕舞っていく作業を、延々と繰り返す。
その傍らでは、アンジュとナースリスがこちらを見守りながら、幸せそうに微笑んでおった。
『この箱庭は、特に住んでいる人々の幸福度で、色々と変化するんです。今後が楽しみですね』
「ほう? 幸福度が変わるのか。どう変わるか分からんが、楽しみじゃのう」
「そうですわね。もっとより良い箱庭にしていきたいですわね」
「話し合いで決めていってもいいかもしれないにゃーん♡」
確かに、箱庭に住む者たちの要望も取り入れていくべきじゃろう。
やることは山ほどあるが、マリアンやアンジュがいれば、きっと何とかなる。
要望箱でも設置するかのう?
「取り敢えず、皆のことも大事じゃが、目の前の仕事を疎かにはできんからのう。何事もボチボチじゃ」
「そうですね」
『ボチボチ進めていきましょう』
マリアンが心配せぬくらいに、無理せずボチボチと――それが一番ええのじゃろう。
そんなことを思いつつ、山のように積み上がったアイテムボックスを見て、フウッと息を吐いた三日後――。
ついに、店が完成することになる。




