第23話 自分を律するマリアンと、その為のワシと、次なる商品と
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牧場との契約は、すぐに締結された。
驚くほどスムーズに進んだのは、ワシがレディー・マッスルの養子であり、さらに愛娘マリアンの婚約者であるという事情が大きかったからじゃ。
おかげで、時の止まるアイテムボックスには常に数個、搾りたての牛乳やソーセージ、ベーコンに肉の塊、それから卵で一杯じゃ!
これだけあれば……と、調理師を数名引き連れ燻製コーナーに向かい、手順を教えて燻製品を作ってもらうことになった。
試作品はマリアンにも試食してもらい「旨い!」とのお墨付きを得たのじゃ。
とはいえ、燻製品も長持ちするわけではない。そこで少し悩んだ末、ワシはロストテクノロジーを使って紙袋を作ることにした。
その紙袋に一週間だけ時間を止める付与を施し、商品として売り出すことに決めたのじゃ。
無論、付与するのもワシ。これにはマリリンと付与師たちも驚いておった。
時間が止まるアイテムボックスは、もはやワシの十八番となっておる。
むしろ、時間が経過するアイテムボックスのほうが、ワシには作りづらいくらいじゃ。
マリリンには「変な所で玄人レベル」と苦笑され、カズマにも「まぁ、あちらの世界に居たら多少なりと何処かが玄人になりがちだよね」と笑われたわい。
燻製商品はレディー・マッスルで買い取ってもらったり、店頭に並べてもらえることになり、ワシはありがたくそれをお願いした。
場所についても、レディー・マッスルから程近い店を買い取ることができたらしく、いずれ支払いを済ませねばならぬ。
「自然由来の体に優しく香り豊かなボディーソープ……。これを500個、一応作れたぞ。シャンプーは昨日のうちに500個作っておるから、あとはコンディショナーじゃな。その後は石鹸と……ダブルガーゼのパジャマと……」
「主、頑張りすぎにゃん? 少し休むにゃん」
『流石に1時間は休みましょう。貴方の身体に負担が大きすぎます』
「むう……温泉にでも入ってくるか」
「お背中お流ししましょうか?」
「マリアン……。婚約はしたが、結婚はしておらんのじゃから、それはアウトじゃ」
思わずマリアンの申し出に驚きつつも、皆にからかわれ、顔を赤くしながらワシは温泉へと向かった。
まだマリアンとの婚約から日が浅いが、箱庭の皆は心から喜んでくれているのが分かる。お祝いの言葉も、山ほど貰ったわい。
マリリンの家族からも「6歳くらいで婚約かー。早いな‼」などと言われた。
どうやらこの異世界では、本来、婚約はもっと遅いものらしいのう。
「ふ――……温泉は沁みるのう」
いつもなら湯治に来ている爺様たちと顔を合わせるところじゃが、今日は皆、もう上がった後かもしれん。
一人でゆったりと温泉に入るのは久しぶりで、なんとも贅沢じゃわい。
MPの回復も早い。いや、むしろ以前より早くなったと感じる。
箱庭に人が増え、ナースリスも喜んでおる。神聖な空気も前にもまして濃くなっているようじゃ。
「一時間ゆっくりしてから、また頑張るかのう……」
ワシのMPは爆発的に伸びた。
それでもリディアにはまだ追いつかぬ。
身体が未だに成熟しておらんのじゃから、致し方ないが、時間を掛ければなんとかなるじゃろう。
少しずつ、確実に力をつけ、マリアンが馬鹿にされぬようにせねばならん。
マリアンは、ワシとの婚約後も、箱庭の中で偉ぶることなく、困っている者たちの話をきちんと聞き、ナースリスやワシに情報を届けてくれる。
なんともできた娘じゃわい。
そう思っていたら、マリアン自身も「ハヤト様に見合うよう、自分を律しているのです」と笑って伝えてきた。
12歳の娘が、ワシのために、ここまで――。
いや、見た目こそ若いが中身は老いぼれたワシのために。
幸せにせねばならん。何としてでも。
ワシの男としてのプライドにかけてもじゃ。
彼女に他に好きな男が現れるまでは、ワシが護らねばならん。
「気合を入れ直さねばな!」
一時間、しっかり温泉で休んだワシは、再び作業小屋に戻り、次はコンディショナー作りに取り掛かった。
店の商品は誰でも購入可能ではあるが、マリアンを虐めた者たちには売るつもりはない。
それはマリリンとも話し合って決めたことじゃ。
今は渋々謝罪に来た……といった態度の者たちも、これが広まれば焦ることになるじゃろう。
自分たちは商品を買えず、周囲はどんどん綺麗になっていく――。
マリアンを虐めた者には、ワシも一切容赦せん。
購入は貴族一家族につき一セット限定。
転売も難しい仕組みじゃ。
「シャンプーは昨日500個作ったから、追加でボディーソープ500個。コンディショナーもこれでキッチリ500個じゃな。石鹸とダブルガーゼのパジャマは、明日に回すかのう」
「6歳の子供がやる仕事量ではありませんわ。少しは身体を労わってくださいませ?」
「マリアンを幸せにしたい。その原動力があるから、まだ頑張れるぞい!」
「それでもです! オープンまでに間に合えば良いのでしょう?」
心配するマリアンをジッと見つめた。
ここまで心配されるとは思わなんだが、MPの残量的には、まだまだ大丈夫なんじゃが……。
「MPの残量的に、石鹸少しくらいなら作りたいんじゃがな」
「ワーカーホリックもそこまでですわ」
「マリアン」
「駄目です」
「マリアン」
「もう、駄目ですってば」
「駄目か? ワシは早くマリアンの隣に立って恥ずかしくない男になりたい」
「……石鹸100個までですわよ?」
「ありがたい!」
こうして、ワシのおねだりが通じた。
その後、石鹸を200個まで作ったところで、マリアンに「そこまでですわ――‼」と抱き上げられ、仕事場から連れ出されてしまった。
苦笑いしつつも、丁度良いタイミングで作業は終わり、休憩所へと向かって談笑の時間となった。
そんなこんなで、ワシの作っている商品は今どうなっているのかと言うと――。
レディー・マッスルの店では、燻製食品も石鹸やボディーソープも、並べた途端に飛ぶように売れておるらしい。
中には「こんな香り豊かな石鹸は初めてだ!」と目を輝かせ、いくつもまとめ買いしようとする者もおったが、貴族向けの規則により一家庭一セットまでと制限をかけているため、皆しぶしぶ引き下がっておった。
それがまた、商品の希少性を引き立たせておるようじゃ。
ありがたいことに、レディー・マッスルの看板力もあり、物好きな貴族達が「何とか手に入らんものか」と画策しておると風の噂に聞いたが、それもこれもマリアンを守る為じゃ。
何があろうと譲るつもりはない。
さて、ワシ自身も少しずつ忙しさに慣れてきたとはいえ、作業量は膨大じゃ。
毎朝、調理師たちに朝食を作ってもらい、マリアンと一緒に食べてから、それぞれの仕事に取り掛かるのが日課となっておる。
マリアンは裁縫部屋で、ワシは工房で、それぞれ仲間たちと力を合わせて、箱庭を盛り立てておるのじゃ。
裁縫師達は、ワシが用意した新しい綿生地を使って、庶民にも手が届きそうなドレスや、動きやすいワンピースを作り始めた。
仕上がった試作品をマリアンに試着してもらうと、これがまた良く似合っておったわい。
皆で拍手喝采し、マリアンも照れながら「少し恥ずかしいですわ」と顔を赤らめておったが、心底嬉しそうじゃった。
「これなら、庶民向けのお店も十分成り立つぞい」
「はい、庶民の方にも、夢を持って頂けたら嬉しいですわ」
裁縫師達も士気が上がり、ワシも胸が温かくなった。
……忙しい日々じゃが、マリアンや皆の笑顔を思えば、どうということもないわい。
「よーし、頑張るぞい!」
拳を握り締め、ワシは新たな仕事に取り掛かるのであった。