13
その日も、森は静かだった。
焚き火の火はよく燃えていて、
薪をはぜる音と、湯を沸かす鍋の小さな音が、心を落ち着ける。
ルオは、焚き火のそばで丸くなっていた。
光に照らされた草のにおい。
湿った木の皮の手ざわり。
それらぜんぶが、「ここが僕の居場所だ」と教えてくれるようだった。
エルネストは、湯を注ぎながら、ぽつりとつぶやいた。
「……ルオ。もし、ここ以外の場所でも、一緒に暮らせるとしたら――どう思う?」
不意な言葉だった。
ルオは、顔だけを上げて、エルネストを見つめた。
「いや、すぐってわけじゃない。あくまで“もし”の話だ」
湯気の向こうで、エルネストは苦笑するように笑った。
「この森は好きだ。静かで、危険も少ない。……けど、冬になると薪を探すのが大変になるし、
おまえの脚で動くには、ちょっと急な場所が多いだろう?」
たしかに、森の斜面はやわらかくて、雨が降るとぬかるむ。
ルオの三本の脚では、転びそうになることもある。
でも、それでも。
短くても、この場所には、エルネストとふたりで過ごした時間が詰まっていた。
彼と出会って過ごした時の思いが、森のひとつひとつにしみ込んでいる気がした。
ルオは、しばらく考えていた。
迷っているわけではない。
ただ、心の中に出てきた気持ちを、ちゃんと整理していた。
そして――立ち上がった。
少しバランスをとってから、ゆっくりと、エルネストのそばへ近づく。
エルネストの手の届く場所まで行き、そこに前脚をそっと置いた。
「……ああ、ありがとう」
エルネストは、その手をそっと撫でた。
「まだ、何も決まってない。今すぐどこかに行くわけじゃない。
ただ、こうしておまえと一緒に、ちゃんと考えていきたいんだ」
ルオは、静かに目を閉じた。
(ここを離れても――この人となら、大丈夫かもしれない)
そんな気がした。
場所じゃない。
大事なのは、隣にいる誰かと、どう過ごすかということ。
信じて、裏切られて、
それでもまた誰かを信じて、少しずつ変わっていけるのなら――
新しい場所も、きっと“ただの場所”じゃなくなる。
その日の夜、ふたりは焚き火を囲んで、
いつもと同じ湯を飲んだ。
でも、その静けさには、すこしだけ未来の気配が混じっていた。
新しい景色を想像することが、もう怖くなくなっている。
それが、今のルオにとっての小さな奇跡だった。
ここで一章は終わりです。
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