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その日も、森は静かだった。


焚き火の火はよく燃えていて、

薪をはぜる音と、湯を沸かす鍋の小さな音が、心を落ち着ける。


ルオは、焚き火のそばで丸くなっていた。

光に照らされた草のにおい。

湿った木の皮の手ざわり。


それらぜんぶが、「ここが僕の居場所だ」と教えてくれるようだった。


エルネストは、湯を注ぎながら、ぽつりとつぶやいた。


「……ルオ。もし、ここ以外の場所でも、一緒に暮らせるとしたら――どう思う?」


不意な言葉だった。


ルオは、顔だけを上げて、エルネストを見つめた。


「いや、すぐってわけじゃない。あくまで“もし”の話だ」


湯気の向こうで、エルネストは苦笑するように笑った。


「この森は好きだ。静かで、危険も少ない。……けど、冬になると薪を探すのが大変になるし、

おまえの脚で動くには、ちょっと急な場所が多いだろう?」


たしかに、森の斜面はやわらかくて、雨が降るとぬかるむ。

ルオの三本の脚では、転びそうになることもある。


でも、それでも。


短くても、この場所には、エルネストとふたりで過ごした時間が詰まっていた。


彼と出会って過ごした時の思いが、森のひとつひとつにしみ込んでいる気がした。


ルオは、しばらく考えていた。


迷っているわけではない。

ただ、心の中に出てきた気持ちを、ちゃんと整理していた。


そして――立ち上がった。


少しバランスをとってから、ゆっくりと、エルネストのそばへ近づく。


エルネストの手の届く場所まで行き、そこに前脚をそっと置いた。


「……ああ、ありがとう」


エルネストは、その手をそっと撫でた。


「まだ、何も決まってない。今すぐどこかに行くわけじゃない。

ただ、こうしておまえと一緒に、ちゃんと考えていきたいんだ」


ルオは、静かに目を閉じた。


(ここを離れても――この人となら、大丈夫かもしれない)


そんな気がした。


場所じゃない。

大事なのは、隣にいる誰かと、どう過ごすかということ。


信じて、裏切られて、

それでもまた誰かを信じて、少しずつ変わっていけるのなら――


新しい場所も、きっと“ただの場所”じゃなくなる。


その日の夜、ふたりは焚き火を囲んで、

いつもと同じ湯を飲んだ。


でも、その静けさには、すこしだけ未来の気配が混じっていた。


新しい景色を想像することが、もう怖くなくなっている。

それが、今のルオにとっての小さな奇跡だった。

ここで一章は終わりです。

気に入っていただけたら評価やブクマなどしていただけると嬉しいです。

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