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朝。空はどんよりと曇っていた。


焚き火の煙がいつもより低く、まっすぐ昇らない。

空気は重たく湿っていて、森の音も静かだった。


ルオは、火のそばにうずくまりながらも、

エルネストの姿を目で追っていた。


彼は、ゆっくりと腰を上げようとして――

わずかに身体をぐらつかせた。


(……)


ルオはすぐに立ち上がる。

いつものように、薪の手伝いをしようとしたわけではない。


ただ、何かがおかしいと、感覚が告げていた。


エルネストは無理に笑って言った。


「……少し、寒気がするだけだ。大丈夫。昨日、雨に濡れたせいかもしれんな」


だがその顔は、青白かった。

手も少し震えていた。


(……大丈夫なんかじゃない)


ルオは、彼の手元を見ていた。

今日の焚き火は弱く、薬草の煮出しも進まない。


それなのにエルネストは、自分の布をルオにかけようとする。


「おまえのほうが、冷えるだろう」


その言葉に、ルオはそっとその布を、鼻で押し戻した。


(違う、今はあなたが使って)


そう言いたかった。


エルネストは、その動きに一瞬目を見開いた。


そして、ため息のように笑う。


「……おまえは、やさしいな」


その日、ルオはずっとエルネストの傍を離れなかった。


エルネストは横になり、布をかぶって目を閉じていた。

意識があるのかないのか、時折浅い呼吸が聞こえるだけ。


ルオは、焚き火の世話はできない。

水を汲むことも、薬を煎じることもできない。


それでも、何か――

かわりにできることはないかと、必死に考えていた。


そして思いついた。


(匂いの強い葉。前に、エルネストが言ってた……頭が重いときに使うって)


以前見つけた、ミントに似た香草。

森の南側、陽のあたる斜面にだけ生える植物。


そこは、今のルオの身体では簡単に行ける場所ではなかった。


けれど――行くしかなかった。


森の斜面は、ぬかるんでいた。

三本の脚では登るたびに滑る。

肩や腹を打ちつけ、何度も転んだ。


でも、それでもあきらめなかった。


ようやくの思いで、日差しの漏れる小さな丘にたどり着き、

草の匂いを頼りに鼻を動かす。


あった。


細長い葉に、ほのかに甘い匂い。


ルオは口にくわえて、それを折らないように運ぶ。


自分の足音が大きく聞こえるほど、森は静かだった。


戻ったとき、エルネストはまだ眠っていた。


火はほとんど消えかけていた。


ルオは、香草を彼の枕元にそっと置いた。

少しでも、呼吸を楽にできるように。


それしか、できなかった。

でも、それだけは、どうしてもしたかった。


しばらくして、エルネストが目を開けた。


「……ルオ……?」


視線が動き、香草に気づいた。


その葉に手を伸ばし、顔に近づけて、深く息を吸う。


「……ああ……これは……ありがとう」


それ以上、言葉はなかった。


でも、声の震えと、微かに笑んだ目元が、すべてを語っていた。


ルオは、その夜も彼のそばで眠った。

火は弱く、風は冷たかったが、それでも不思議と心は穏やかだった。


言葉じゃなくても、伝えられるものがある。

手がなくても、届けられる想いがある。


自分が、ここにいていいのだと。

自分が、誰かを想って動いていい存在なのだと。


そう思えた、初めての夜だった。

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