11
朝。空はどんよりと曇っていた。
焚き火の煙がいつもより低く、まっすぐ昇らない。
空気は重たく湿っていて、森の音も静かだった。
ルオは、火のそばにうずくまりながらも、
エルネストの姿を目で追っていた。
彼は、ゆっくりと腰を上げようとして――
わずかに身体をぐらつかせた。
(……)
ルオはすぐに立ち上がる。
いつものように、薪の手伝いをしようとしたわけではない。
ただ、何かがおかしいと、感覚が告げていた。
エルネストは無理に笑って言った。
「……少し、寒気がするだけだ。大丈夫。昨日、雨に濡れたせいかもしれんな」
だがその顔は、青白かった。
手も少し震えていた。
(……大丈夫なんかじゃない)
ルオは、彼の手元を見ていた。
今日の焚き火は弱く、薬草の煮出しも進まない。
それなのにエルネストは、自分の布をルオにかけようとする。
「おまえのほうが、冷えるだろう」
その言葉に、ルオはそっとその布を、鼻で押し戻した。
(違う、今はあなたが使って)
そう言いたかった。
エルネストは、その動きに一瞬目を見開いた。
そして、ため息のように笑う。
「……おまえは、やさしいな」
その日、ルオはずっとエルネストの傍を離れなかった。
エルネストは横になり、布をかぶって目を閉じていた。
意識があるのかないのか、時折浅い呼吸が聞こえるだけ。
ルオは、焚き火の世話はできない。
水を汲むことも、薬を煎じることもできない。
それでも、何か――
かわりにできることはないかと、必死に考えていた。
そして思いついた。
(匂いの強い葉。前に、エルネストが言ってた……頭が重いときに使うって)
以前見つけた、ミントに似た香草。
森の南側、陽のあたる斜面にだけ生える植物。
そこは、今のルオの身体では簡単に行ける場所ではなかった。
けれど――行くしかなかった。
森の斜面は、ぬかるんでいた。
三本の脚では登るたびに滑る。
肩や腹を打ちつけ、何度も転んだ。
でも、それでもあきらめなかった。
ようやくの思いで、日差しの漏れる小さな丘にたどり着き、
草の匂いを頼りに鼻を動かす。
あった。
細長い葉に、ほのかに甘い匂い。
ルオは口にくわえて、それを折らないように運ぶ。
自分の足音が大きく聞こえるほど、森は静かだった。
戻ったとき、エルネストはまだ眠っていた。
火はほとんど消えかけていた。
ルオは、香草を彼の枕元にそっと置いた。
少しでも、呼吸を楽にできるように。
それしか、できなかった。
でも、それだけは、どうしてもしたかった。
しばらくして、エルネストが目を開けた。
「……ルオ……?」
視線が動き、香草に気づいた。
その葉に手を伸ばし、顔に近づけて、深く息を吸う。
「……ああ……これは……ありがとう」
それ以上、言葉はなかった。
でも、声の震えと、微かに笑んだ目元が、すべてを語っていた。
ルオは、その夜も彼のそばで眠った。
火は弱く、風は冷たかったが、それでも不思議と心は穏やかだった。
言葉じゃなくても、伝えられるものがある。
手がなくても、届けられる想いがある。
自分が、ここにいていいのだと。
自分が、誰かを想って動いていい存在なのだと。
そう思えた、初めての夜だった。