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森に、雨の季節がやってきた。


葉の緑が濃くなり、風はぬるく、空の色は重たい。

森の小道には水たまりが増え、枝のしずくがぽたぽたと土を打つ。


ルオはその日も、エルネストの足元で静かに座っていた。


「今日はちょっと、体がきしむな……。雨のせいかもしれん」


エルネストは苦笑しながら、腰を軽く叩いた。


「薪を乾かすのも、少し大変になってきたな。……ああ、いけない、荷室の奥に置きっぱなしだ」


そう言って立ち上がり、よろけそうになるのを、すぐに片足で踏ん張って止めた。


その一瞬の動き――ルオは見逃さなかった。


(……痛んでる。村から戻ってから、ずっと無理してる)


かつてのルオなら、ただ見ているだけだっただろう。

何かをしても、伝わらない、と思っていたから。


けれど今は違う。


エルネストが、帰ってきてくれた。

待って、信じて、また会えた。

そして今、目の前にいる――大切な存在。


だからこそ、動きたいと思った。


エルネストが荷室の裏に回っているあいだ、ルオはそっと立ち上がった。


右前脚がないままの三本脚では、遠くまでは行けない。

でも、“届く範囲でできること”はある。


焚き火の周りの濡れた枝を、鼻で探し、くわえて乾いた場所へ運ぶ。


いつもエルネストがやっていた、薪の選別と移動。

ルオは、その姿を何度も見て覚えていた。


ただそれだけの動きでも、三本脚の体には負担が大きい。

ぐらりとバランスを崩し、肩から地面に倒れ込みそうになりながらも――


それでも、あきらめなかった。


(エルネストに、無理をさせたくない)


だから。


「……ルオ?」


エルネストが戻ってきたとき、ルオは最後の一本を鼻先で焚き火のそばに転がしていた。


彼の手に持たれた薪が、宙で止まる。


しばらく、何も言葉がなかった。


風が、濡れた葉を揺らす音だけが続いていた。


やがて、エルネストは深く息を吐き、ぽつりと言った。


「……助かった」


それは、どこまでも静かな声だった。

でも、間違いなく心からの感謝が込められていた。


ルオは、疲れきった身体を地面に沈める。

けれど、胸の奥はふわりと温かかった。


はじめて、“誰かのために動いた”こと。

そして、それがちゃんと伝わったこと。


それがどれほど嬉しいか、彼は今、はっきりと知っていた。


その夜。


雨がやみ、霧が森の隙間を漂っていた。


焚き火の周りはいつもよりも暖かく、

ルオはエルネストの肩掛け布の上で眠っていた。


目は閉じていたが、意識はゆるやかに漂っていた。


眠りの中で、なにかが、胸の奥で芽生えていた。


あれは“役に立ちたい”という気持ちだったのか。

それとも“守りたい”という気持ちだったのか。


どちらとも言えない。

ただ、間違いなく言えるのは――それはもう、ただの「生存」ではなかった。


生きることに、誰かの存在が加わると、

それは“暮らす”という名前に変わっていくのかもしれない。


焚き火がぱちん、とはぜた。


ルオは小さく頭を動かし、火を見た。


そしてその向こうにいるエルネストを見て、

そっと鼻を鳴らすように、小さく息を吐いた。


それは、たしかに伝えようとした合図。


「……ん? どうした、ルオ」


その声を聞けたことが、今夜いちばんのご褒美だった。



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