プロローグ
俺の人生に『幸せ』なんてものはなかった。
母さんは俺が物心がつく前に持病で亡くなり、母さんが死亡したという事実を受け入れることができなかった父さんは段々と酒に溺れ、俺が3歳になった時には重度のアルコール中毒者と化した。
自分の息子よりも酒を愛すようになった父さんは、俺のことを『ストレス発散するのに丁度いい』とでも思っていたのだろう。酒が飲みたいのにお金が無くて酒を買うことができない時や仕事で嫌なことがあった時などに、俺に暴力を振るうようになった。
今思えば最低な親だと思うが、当時の俺はそんな父さんを信じていた。
いつか構ってくれる。
そんな淡い期待を持っていた。
――しかし、父さんが構ってくれることはなく、エスカレートしていく一方であった。
そして俺が小学校に通い始めた頃、体育の授業内で身体中に痣があることに気づいた教師が警察に通報。父さんが児童虐待で逮捕され、俺は孤児院へと移された。
突然の別れに俺は寂しさのあまり大粒の涙をボロボロと流したが、そんな姿を見た大人達は引いていたのを今も覚えている。
しばらくして、父さんが逮捕されたことを知ったクラスメイト数人が俺を『犯罪者の子供』という理由でいじめるようになり、机や教科書に油性ペンで大きく『はんざいしゃ!』や『しね!』と書かれたり、放課後の校舎裏で顔が腫れ上がるまで暴力を振るったりなどをされるようになった。
孤児院の人達は俺に「学校で何かあった?」など声を掛けてくれていたが、俺はそれに答えることはなかった。
父さんという親しき人がいきなり居なくなり、まだ会って間もない人に個人的な悩みを話すという行為を小学校に通い始めてすぐだった俺ができるわけなかったからだ。
いじめられていても助けを求めることができない。そのような状態をしばらく続けていくうちに、段々と気持ちを塞ぎ込むようになっていき、いつしか俺は人と関わる生き方をしなくなった。
学校では1人で過ごし、帰ったらすぐに四畳余りの自室で引きこもる。
その生活をしばらく続けるうちに孤児院の人達は俺のことを心配しなくなり、ただ黙ってその日に出した食事をドア前に置くだけになった。
自堕落な生活にのめり込んでいった俺は、次第に学校へも行かなくなり、小学五年生になる頃には不登校を貫き通すようになった。
朝10時に起き、ドア前に置かれた冷めた朝食を貪り、夕食の時間まで孤児院内で共有する漫画や小説を読み漁る。
そして再びドア前に置かれたホカホカの夕食を貪り、夜9時の消灯時間を無視し、見回りが終わる深夜1時から2時の間に孤児院に住んでいた他の子達の部屋へ忍び込み、貯金箱からバレない程度に金を盗んだ後に寝る。
そんな毎日を過ごしていた。
――気づけば俺は、16になっていた。
――身体もぶくぶくに太っていた。
5年も不登校を貫き通してた俺が高校へと進学することは到底出来ず、16歳の誕生日が過ぎてすぐに孤児院の人達が半ば強制的に俺を工事現場で働かせ始めた。
しかし、5年も不登校の引きこもりをやっていた俺がいきなり重労働に耐えられる訳がなく……初日で俺はその仕事場から逃げ出した。
逃げて、逃げて、逃げ続けて……
――そして、俺は現在。ある山奥のトンネル内で仰向けで倒れていた。
「……なんで、こんなことになったんだろうな……」
作業服姿で3日程何も口にしないで逃げていたため、俺の身体は限界を迎えていた。
こんな山奥ではなく、元いた孤児院に帰ればこんな思いをしなかったのかな。
……いや、どうせこっぴどく叱られて、あの地獄に連れていくだろうな。
俺はトンネル内に着いている蛍光灯に向けて手を伸ばした。
「……俺の人生、どこで間違えたんだ……」
――やばい、思い当たる節しかない。
「はぁ……」
伸ばした手の力を抜く。脱力した手は地球に引かれるように、硬い硬いコンクリートの道路へと落ちていった。
「……限界だな」
段々とボヤけていく視界で理解する。
―― 俺はもう、長くないだろう。
脱水症状が原因だろうな。
アイツらから盗んで貯めたあの金はどうなるんだろう……どうせなら、使っておけば良かったな。
そんなどうでもいいことを考えているうちに、次第に手足を動かせなくなっていき……
「……やりなおせるのなら……いいのにな……」
その一言を最後に、俺は重いまぶたを閉じた。
遠のいていく意識に身を任せ……
俺は死んだ。
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