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拝みの家  作者: われさら
5/10

05. 偽祓

 高速を下りて一度コンビニで休憩を入れると、再び車に乗り込み左手に海を望みながら彼らは進んだ。やがて、前方の大学生たちが乗っている車両は速度を落とすと国道から脇道にそれ、山の方へと登りだした。祐介もそれに倣ってハンドルを切る。


 先日田川が語っていたように道幅は狭い。ろくに舗装もされていなかった。祐介の車は軽自動車だったため余裕があったものの、先を行く大学生たちの車は窮屈そうに、速度を限界まで落として慎重に進んでいる。


「あれかなあ」


 佳苗の呟いた言葉に祐介は左右をちらちらと確認しながら応じた。


「ああ……あそこっぽいね」


 彼らの車からはまだ距離があるが、少し上へ行った前方に黒い屋根をした家が見えてきていた。


 その二階建ての家は周囲を山の木々に囲まれているせいで日当たりがよくないのだろう。まだ夕暮れまでだいぶあるというのに、周囲はすでに薄暗い。


「廃墟に来るのは俺、初めてだなあ」


「あー、気味が悪い。さっさと終わらせてぱぱっと帰ろう」


 佳苗が携帯電話を見ると、幸い電波は繋がっていた。


 家が近づくと田川が言っていた「来ては行けない場所に来てしまった」というのが佳苗にもよく理解できた。窓ガラスが割れたり屋根が崩れたりはしていないものの、苔むした壁が気色悪く、表札のない門柱は頼りなく寂しい。塀の向こうに見える庭だったらしい空間は、雑草たちが思うがままに伸び切っている。


 しかしそこは、依然として「家」だった。山の中腹に一軒だけ取り残されたようにあるこの家は、ただの一軒だけで山を背負い彼らの前に立ち塞がるように存在し、車が近づくにつれ圧倒された二人は息を呑み黙り込んだ。


 陽があるうちですら怯んでしまった自分を客観的に観察することで冷静さを取り戻しながら、祐介は夜中にここへ来た田川たちの味わった恐怖を思う。


「……あいつら、よっぽど怖かっただろうなあ」


「そうね」


 かつての駐車場は車一台分のスペースしかなかったため、祐介は手振りで大学生たちに指示を飛ばすと彼らの車をそこへ停めさせた。そして自身の車は狭いスペースを何度も切り返すことで方向転換をし、駐車場のそばに横付けで止めた。


「これなら万が一何か(・・)が出てきてもさっと逃げられるな」


「ちょっと、つまらない冗談はよして」


 祐介をじろりと睨むと、佳苗は助手席から出て後部座席のドアを開け、そこから再び車に乗り込んだ。


「じゃ、着替えるから」


「うん、俺はロープを引いておく」


 祐介も車を降りると、トランクを開け準備してきたボストンバッグを掲げてみせた。ただ、佳苗が後部座席のドアを閉めても、祐介はトランクのドアを開けたまま姉をじっと見つめている。


「……何?」


「いや……姉ちゃん、今日は本当にありがとうな。あいつらが冗談言えるくらいまで回復できて、それだけでもよかったよ」


「未来ある若者たちのためなら仕方ないもの。というかまだ終わったわけじゃないし、お礼を言うのは早いよ」


 肩をすくめてみせると、佳苗は続けた。


「可愛い弟の威厳のためでもあるしね。まあでも、こういうのはこれっきりにしてよ」


 ほら早く閉めな、と佳苗が顎で指示を出すと祐介はトランクのドアを閉めた。そして車から降りて怯えたようにまとまっている大学生たちにわざと鷹揚に「おつかれー」と声を掛けつつ近づいた。


「えー、ではまず、姉ちゃんが巫女服に着替えるまでの間、準備をしておこうか」


 門柱のそばまで来ると、祐介はバッグをそこに下ろした。


「準備ですか?」


「そ」


 バッグから赤のナイロンロープを取り出すと、祐介はそれを大学生たちに掲げて見せる。


「これを今から家の中まで引いていって、道を作りまーす」


「道……?」


 全長50mになるそのロープの先端を二つある門柱の一方に括り付けると、祐介はロープを地面に垂らしながら玄関へと向かった。その家の玄関は昔ながらの引き戸で、足元から上は磨りガラスになっている。


「お祓いに神様を呼ばなきゃいけないからさ。『この部屋でやってる』って神様がわかるように、儀式の前に道を作っておかなきゃいけないんだ」


 もっともらしいことを言って、祐介は玄関を勢いよく開けた。何の突っかかりもなく、引き戸はがらがらという派手な音を立てて横にスライドする。その音に怯んで息を呑み凍りついた大学生たちに、祐介は声を掛けた。


「悪いけど、誰か一緒に来てもらえるか」


「……わ、わかりました!」


 田川が自ら進み出てそう言うと、まるでこれから死地へ赴く兵士のように真っ青な顔をして仲間たちに頷いて見せた。


「じゃあ、いってくる……」


「気をつけてね」


「俺たち、ここにちゃんといるから。何かあったらすぐこっちに逃げてこいよ!」


 大袈裟だな、などと祐介はこっそり思いながら彼らのその様を眺めていた。


「よし……行きましょうか」


「おーっと、ちょい待ち。忘れてた、忘れてた」


 こっちです、と家の中に土足であがろうとした田川を制して、祐介は門柱まで戻るとひざまずき、バッグの中からビニール製のシューズカバーを取り出した。


「そのまま土足は流石にまずいでしょ」


「あ……すいません」


「それと懐中電灯。一応持っていっておこう」


 二人は足元にシューズカバーを装着すると、懐中電灯を片手に、ロープを右側に垂らしながら家の中へと侵入した。


 玄関の上がりがまちを踏み越えると、右へと廊下が伸びており、そこを進んですぐの左手に階段があった。奥へとまっすぐ延びている廊下の突き当たりは薄汚れた壁がのっぺりとしている。


 祐介は家に踏み入ると二階へと続いている階段を懐中電灯で照らしてみた。階段は少し登ったところで右に弧を描いており、階下から二階部分まで覗くことはできない。


「二階には行ってないんだよな?」


「あ、はい。腐ってて踏み抜いたりしたらやばいよな、ってみんなで話し合って。そこは」


「ふーん」


 ちょうど階段のすぐ横にトイレがあり、更にその横に並んで洗面所、浴室となっている。ドアはいずれも開放されており、薄暗い中、懐中電灯の明かりはそれぞれの空間の奥までよく届いた。


 祐介があちこちに懐中電灯を向けると学生たちが言っていた通り家の内装が劣化していることはよくわかった。屋根には一部穴が空いているのだろう。雨漏りをして垂れてきた雨水が壁紙に染みを作り一部は剥がれている。床板も勢いよく踏み込めばそのまま踏み抜いてしまいそうだった。


「たしかにここ、夜中に来るもんじゃないよな」


 怖がりな姉のことを思いながら祐介はぽつりと呟く。叱られたと思った田川が身を縮こめ「すいません」と小声で応じた。


「あ、いや、こっちの話だから。謝らないで。ほら、奥に行こうか」


 慎重に歩を進め赤のロープを垂らしながら、二人は進んだ。


 浴室の隣は壁を隔ててかつての台所だった。ガスコンロを乗せていたであろう台は放置してある。祐介が廊下から顔を覗かせ確認すると、引き戸を挟んで台所の奥には、かつてリビングだったらしき空間が広がっていた。家具も何も失くなった十畳以上はある洋室がぽんとある。


 台所や洋室とは廊下を挟んだ右手側、そちらには和室があった。部屋の向こう側はぼろぼろの障子戸を挟んで縁側になっており庭に直面している。その部屋の天井は所々破れて梁が顔を覗かせていた。襖も表面が一部剥がれて骨組みが露出している。それらの痛み具合とは対象的に、床の間の柱は朽ちることなくしっかりとそこにあった。その対比が祐介には少し面白く、廃墟巡りを趣味にしている人たちはこういう部分に面白味を見出すのかな、などと思う。


 祐介が奥の部屋との仕切りになっている襖を照らすと、やはりその襖も茶色に変色し、部分部分で破れている。その上部は欄間になっており木彫りの鳥が舞っていた。襖の向こう側も和室であることを示しているそれを観察しながら、祐介はぽつりと呟いた。


「あの奥が……」


「はい。でも、廊下からも行けるんで」


 突き当りは左へ行けばリビングへ、右へ行けば仏間へ行けるようになっていた。ドアも襖も開け放たれており、二人で明かりを仏間の中に向けると黒黒とした仏壇が向かって左奥に鎮座していた。


「おお、ここが……」


 本当にあるんだ、と思いながら祐介は赤ロープを田川に手渡しずかずかと部屋に入り込んだ。


 仏壇の外扉は閉じられていた。その漆黒の箱の手前には経机、それに座布団がしっかり存在している。遺影や位牌は見当たらず、経机の上の香炉の中は最近使われた様子などない。また、おりんも汚く錆びてヒビも入っているようであり、打ち鳴らしても鈍い音を立てるだけのような気を抱かせた。


 祐介は仏壇を観察しつつそのまま部屋を突っ切って縁側との仕切りになっている障子を開け放った。ぼんやりと光りが射し込み、部屋がわずかに明るくなる。縁側のガラス窓の向こうには家の外からも窺えた荒れ放題の庭が広がっており、かつてあったであろう花壇も庭石も何もかも、草藪に飲み込まれてしまっていた。


 田川がびくびくしているのを尻目に、祐介は縁側から先程の和室へ向かいその部屋の障子も開け放つと、和室と仏間の仕切りになっていた襖も開け放ち仏間へと戻ってきた。


「……怖くないんすか」


「これから祓おうっていうのに怯えていてもしょうがないからな」


「はぁ」


 感心したように田川は頷くと、持っていた赤ロープを掲げた。


「これ、どうするんですか」


「うん。この仏間を囲おうか。大体でいいから。この部屋を、右側からぐるっと左回りに」


「わかりました」


 ミシミシと半分腐ったような畳が悲鳴を上げる中、田川は部屋をぐるりと周ってロープを垂らした。


「あ、仏壇には触れるなよ」


「触りませんよぉ!」


 やや大袈裟に仏壇から距離を置きつつ、田川はロープを垂らしていく。


「よし、じゃあそのまま右側に垂らしながら戻るぞ」


「出ましょう、出ましょう」


 ロープを垂らす田川は小走りで玄関へと向かった。仏間から逃げるように去り行く彼の背中を祐介はゆっくりと追い、軋む廊下を渡った。


「おまたせー」


 二人が家から出ると、佳苗はすでに着替えを終えていた。緋袴、白衣の上に千早を重ねれば、どこから見ても巫女、という出で立ちになっている。ただ佳苗の表情は険しく、口元はきゅっと閉じていた。そのせいで待っていた他の大学生三人は雑談もできずに息を潜めてじっとしている。


「姉ちゃん」


「──あ、ごめん。ちょっと緊張しちゃって」


 もう一方の門柱にロープを結わえると、祐介は佳苗のそばに寄った。慣れない廃墟に来ていることと、大学生たちを騙すための演技をしなければいけないということで緊張しているのだろう。そう考えた祐介は紙垂がたくさんついた自作の祓串をトランクから取り出してカサカサと振ってみせた。


「よーし、じゃあ始めるか……あ、スマホは電源を切るかマナーモードに。サイレントな。手荷物は持ち込んでもいいけど、設定して。絶対に邪魔を入れるなよ」


 そう言いつつ祐介はポケットから携帯電話を取り出すと、マナーモードに設定した。大学生たちも素直に指示に従い操作している。


「準備できたら、姉ちゃんの後ろに一列に並べ。順番はどうでもいいから」


 大学生たちが思い思いに並ぶと、祐介は一番後ろについた林から順番に祓串で頭を撫でた。


「いいか、今から家の中に入るけど俺が『もういい』って言うまで喋るんじゃないぞー。あと、見ての通り家の中の左右に赤ロープを置いているから、そこから足を踏み出さないように。真っ直ぐ仏間に行って、お祓いをして、真っ直ぐここまで帰ってくる。これ大事」


 最後に、祐介は姉の顔をわざとくすぐるように撫でた。思わずムッとして佳苗が顔を上げると、彼はニッと笑って姉に会釈をする。


「じゃあ姉ちゃん。行こうか」


「ええ」


 覚悟を決めてふうと息を吐くと、佳苗は「よし」と小さく呟いた。


──────────


 祐介を先頭に家の中へしずしずと入ると中はわずかに薄暗く、佳苗は自分だけ懐中電灯を持っていないことを少し不安に思った。巫女でも文明の利器である懐中電灯くらい持ってていいじゃない、と独り心の中で弟に毒づく。


 床板をきしませて奥の仏間につくと、祐介は声を出さずに身振り手振りだけで指示を出し、部屋の中央に学生たち四人を並ばせて、佳苗と彼自身は仏壇の正面に立った。


 祐介に言われた通り誰も一言も喋らなかった。静まり返った家の中、佳苗はおもむろに帯に差していた祝詞の書かれている用紙を手に取ると、眼の前に広げて読み上げだした。


「掛けまくも畏き──」


 佳苗が祓詞を読み上げだすと、大学生たちは頭を垂れてじっとしていた。あるいはそれは仏壇から目を逸らしたかったのかもしれない。祐介は視界の端に映る彼らをちらっと見ながらそんなことを思う。


 ──それにしても姉ちゃん、ちゃんと巫女さんになってるなあ。


 生真面目な姉に頼んでよかった、と祐介は返す返す思った。


「──(かしこ)み恐み(もう)す──」


 祓詞が終わると、次は祐介自作の祝詞を読み上げる段取りだった。その内容は無断で家の中に侵入した大学生たちのことを赦してくれ、というもので、それほど長くもない。


「──()の家を斎庭(ゆにわ)と祓い清めて、御神座(みくら)()(まつ)る大神に奏上奉 (きこえあげまつ)る。田川、林、小関、新堂、この学生等(まなびごら)恐み恐みも白さく、()にし日、此の家にて過ち犯しけむ。神直毘神(かみなおびのかみ)大直毘神(おおなおびのかみ)に此の穢れ聞召(きこしめ)し給われば、祓串のさやさやの内に(なだ)め、清め給え。清清しき御性(みさが)へと戻し給え。鵜根突貫(うなねつきぬ)きて、恐こみ、恐こみも白す──」


 佳苗が余韻たっぷりに読み上げると祐介がゆったりと動き出し、祓串で立ち並ぶ学生たちの頭をさっと撫でた。


 そして祐介は仏壇に向けスッと黙礼をしてみせた。それに倣って学生たちも頭を下げる。彼らが礼を終え頭を上げたのを確認すると、祐介は仏間の敷居のそばに立ち「出よう」と手招きをした。それを受け佳苗が静かに仏壇に頭を下げ、祐介の後に続く。彼女の背後に学生たちが再び並ぶと、六人は仏間から出た。


 早足になったり転んだりしないように慎重に廊下を渡り外に出ると、祐介は玄関先に立ち家へ向かい祓串で空を切り、わざと紙垂がさらさらと音を立てるように激しく振った。その間に、学生たちに手振りで指示を出し玄関の柱に括り付けていた赤ロープを手繰り寄せさせる。ロープを回収し終えると、祐介はもう一度家に向かって礼をしてみせて、学生たちにも謝罪の言葉を言わせた。


「うん、もう声を出していいぞ。最後にきちんと謝ってから帰ろうか」


「すいませんでした!」「ごめんなさい!」「もう二度と来ません!」「本当にすみませんでした!」


 大きく息を吸い込んだ学生たちが口々に謝罪の言葉を放つ。素直に謝っている彼らを背後から見ながら、佳苗はひとまず無事に儀式が終わったことに安堵して、こっそり一息ついていた。


 佳苗が車に乗り込み巫女服から着替えている間、祐介と大学生たちは暫し談笑した。


「どう? 何か変わった?」


「いやー……ぶっちゃけ、よくわからないんですけど」


 穏やかに笑いながら林は答えた。


「でも、気持ちはラクになった気がします。岡先輩、本当にありがとうございます」


「いいよ。いいよ。気にするな」


「先輩のお姉さんってすごいんですね。あんなに堂々として……すごく、かっこよかったです」


「あっはっはは、姉ちゃんに直接言ってやって。多分、ものすごく恥ずかしがると思うから」


「こういうの、結構やってるんですか?」


「いやあ、数年に一度、あるかないかくらいだよ。基本的に本職の人に頼んだ方がいいしね。なんとなくわかったと思うけど、姉ちゃんも大っぴらに活動はしたがらないしさ。ひっそりとやりたいんだ。だから、お前らも岡姉弟に祓ってもらった、なんて他の誰にも言わないでくれよ」


「わかりました」


「フリじゃないからな?」


「はい。絶対誰にも言いません」


「ていうか、おばけとかそういうの、普通、話しても誰も信用してくれないしね」


「お、おい、それじゃまるで俺が異常者みたいじゃん」


「え、違うんですか?」


 ドッと笑い合っていると、やがて車から着替え終えた佳苗が出てきた。「姉ちゃん、お疲れ」と祐介が労うと大学生たちも口々に彼女に礼を告げた。


「今日は本当にありがとうございました!」


「お姉さん、すっごくかっこよかったです」


 佳苗が照れてくすぐったそうに返事をしていると、祐介が柏手を打った。


「よーし、じゃあこんな所に長居する理由もないし、帰ろうか。あ、そうだ。今回のお礼は言っていた通り、それぞれの地元の美味いもの。ちゃんと送ってくれよな。めっちゃ美味いやつ、頼むぜ」


「はい、もちろん」


 佳苗は弟の頭を小突くと、学生たちに頭を下げた。


「こんな弟でごめんね。何か嫌なことされそうになったら、ちゃんと断っていいから。それに、お礼っていっても適当にそこらへんのものでいいからね? 高いやつを選ぶ必要なんてないよ」


「ありがとうございます。でも、お礼はお礼としてちゃんとしたいんで。もらって処分に困るような物を渡すわけにもいきませんし」


「俺、甘いものでも辛いものでも、何でも全部イケるから」


「学生にタカるような真似、冗談でもやめな」


 姉に本気で睨まれ、祐介は慌てて「だから駄菓子でもいいです……」と付け加える。


 「仲が良いんですね」と小関が微笑むと、姉弟は声を揃えて否定した。


「ないない!」


──────────


 その場に留まるとずっと大学生たちに礼を言い続けられそうだったので、祐介は適当なタイミングで改めて「帰ろう」と言い、二人は車に乗り込んだ。大学生たちも車に乗り込みエンジンをかけたことを確認すると、祐介は車を動かす。すぐに後ろから学生たちの車もついてきていた。


「はぁー……疲れたぁ……」


「姉ちゃん、今日は本当にありがとう。めっちゃ様になってたよ」


「まあね……練習した甲斐はあったかな」


「うん。姉ちゃんが引き受けてくれて、本当によかった。見たろ? あいつらのスッキリした顔」


 夜な夜な練習したおかげで大学生たちの気が晴れたと思うと、佳苗は悪い気はしなかった。休日を一日潰されはしたものの、その疲労感は心地よい。彼女がしてもらったように、弟を労ってあげてもいいかな、と今は素直にそう思えた。


「……あんたも今回大出費だったんじゃない。巫女服もそうだし、なんやかんやと……後輩のためとはいえ、ここまで面倒をみてあげるなんてなかなかできないよ。たまには偉いことするんだね。おつかれ」


「へへ、まあね。……最初、あいつら本気でやばかったんだぜ。こうして元気になるってわかっているなら、記念に写真でも撮っておけばよかった。いや本当、相談を受けた最初の頃は精神的にかなりキテたね。目の下も隈がすごいことなってて」


「そう……」


 緊張の糸がプツンと切れたせいで、佳苗の頭は重く、ズルズルと睡魔が忍び寄ってきていた。


「ごめん、ちょっと眠る」


「ああ、いいよ。姉ちゃん、今日は本当におつかれ。帰りも安全運転だから安心して寝ていいよ」


「ありがとう、おつかれ……」


 重い瞼が視界を覆いかけた目で、佳苗がバックミラーからちらりと後ろの車を見ると、後部座席に並んで座っている小関と新堂の間に、知らない女が項垂れて座っているのが見えた。


「え──」


 思わず振り向いて直接見ようとした佳苗だったが、睡魔には勝てずそのままずるずると意識は暗黒の淵に落ち、車内はエアコンと軽快なBGM、微かに聞こえる佳苗の寝息だけとなった。

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