03. 廃墟探索
あれは大学が夏季休暇に入った、八月に入って間もなくの日でした。自分ら、四人でN県にある拝みの家っていう廃墟に行ったんです。有名……ではないですね。ネットで検索かけても全然ヒットしないんです。それを知ったのは偶然で。自分のバイト先の人から「やばい所があるんだよ」って教えてもらったんです。
どんな廃墟かというと、そこには仏壇があるんです。昔の、立派な黒塗りの仏壇が。その廃墟に行くこと自体は別に大丈夫だけど、絶対に、その仏壇にお参りだけはしていけない、って話で……
面白そうだなって思って。この季節にはちょうどいいやと思って。彼女と林たちを誘って、レンタカーで行ってみたんです。肝試し気分で、はい。
場所はその人に詳しく聞いていたんで、迷わず行けました。ええと、そうですね。N県の海沿いの国道から逸れた所にあるんです。結構距離あるんで、廃墟の後はどこか近場のホテルにでも泊まって翌日帰ってくるつもりでした。
国道から脇道に入ると、ほとんど整備されていないような細い道をまっすぐ。ガードレールなんてないし、車一台分の幅しかなくて。対向車が来ても行き違いなんてできないし、先で行き止まりになっていたらバックで戻らないといけないの? なんてみんなで話していました。
脇道に逸れてから山の方に十分、二十分くらい走ると廃墟に到着しました。自分ら、その家の敷地に入ったんです。駐車場だったっぽい、車を停められるスペースがあったんで助かりました。
ただ、到着したのはもう夜中で。車の中からでも充分怖かったんです。なんていうか、来ては行けない場所に来てしまった……みたいな。大袈裟に思われるかもしれませんけれど。車のエンジンを止めるのも怖くて、しばらく車の中で「どうする」って四人で言い合いました。
みんな、そのまま帰りたかったんです。本当に帰ればよかった……でも自分、彼女の前だからカッコつけちゃって。平気な振りをするとエンジン止めて車から出て、「行くぞ!」って言っちゃったんです。
その家、昭和の終わりか平成の頭くらいまでは人が住んでいたのかな、と思える二階建ての家で。玄関には鍵がかかっていないんですよ。ガラガラって結構派手な音を立てて開くんですね、ああいう横に引いて開けるタイプの玄関って。
家の中に入ると、外から見た感じより結構ボロボロでした。荒らされたりはしていないんですけど、壁紙とか剥がれかけているし湿って腐ったような臭いもして。玄関を上がるとすぐそばに階段があって。……それで、廊下が家の奥までまっすぐ続いているんです。仏壇のある部屋は一階の奥にあるって聞いていましたから、ぼくらは早く出たいのもあって探索とかせずにまっすぐその部屋へ向かったんですね。
一番奥、襖で閉じられている部屋があったんで、ここだってすぐにわかりました。それで、恐る恐る襖を開けると本当に仏壇があったんですよ。真っ暗な和室の片隅に。他の部屋には家具とか一切見当たらないのに、その部屋だけは仏壇があって、その手前には座布団も敷いてありました。遺影のようなものは……なかったと思います。
襖とか障子とか、もちろん畳もボロボロになっているのに、でもなんだか、その部屋だけ手つかずで取り残されているような……
……自分ら敷居の前から動けなくて。本当に。仏壇にスマホのライトを向けるのが精一杯だったんです。な? 俺たちマジでビビってたもんな。仏壇があることを確認したし、「ああ、仏壇あったね。じゃあ帰ろうか」って、さっさと出ようとしたんです。
それで襖を閉めたら、その途端、チーンって鳴らす音がして。おりん、って言うんですか? 仏壇の脇に置いてあるやつ。あれが鳴ったんですよ。閉める直前まで仏壇の前に誰もいなかったのは間違いないんです。でも、はっきりと鳴らされたんですよ。別に和室の中を隈なく照らして見て回ったわけじゃないんで、部屋の隅に人が隠れていなかったとは言い切れないんですけど……それに、音だけじゃないんです。
鐘の音の後で線香を焚いた臭いまでツンとしてきて。……自分、本当に後悔しているんです。なんであんなことしてしまったのか、わからないんです。でも、襖を開けちゃったんですよ。彼女にカッコつけたいとか、ビビらされたことに対するイラつきみたいな感じで……「何するんだよ!」って気持ちでいっぱいになって。
林とか自分の肩掴んで「よせ!」って言ってくれていたのに……もう一度、襖をガラっと開けてしまいました。
それで仏壇の方にライトを向けると、敷いてあった座布団に女の人が座っていたんです。正座して、お参りをするような感じで目を閉じて少しうつむいて手を合わせていて。
見た感じ……あんまり思い出したくないんですけど……三十代前後って感じです。はい。こちらからは女の横顔しか見えなかったんですけど、血の気がない感じで真っ白でした。それで喪服なのかな、黒い服を着ていました。あ、あと髪は長かったです。
それで、女がため息を吐くみたいに、ふぅぅぅぅって長く息を吐いたんです。するとものすごくお線香の臭いがきつくなってきて。その女、ライトが当たっているのにそれには無反応で、眉一つ動かさずじいっと手を合わせたままお参りしているんです。
どれくらい固まっていたのかな……多分十秒もないよね? とにかく、自分らが硬直していると、女がいきなり「どうぞ」って言って、ゆらっと座布団から立ち上がったんです。すごく喉がガラガラしてる感じの声なのに、はっきりと何と言ったのかわかりました。
あいつがこっちに近づいて来ると思って。それを聞いた途端、自分らは叫びながら家から飛び出したんです。正直、みんな自分のことで精一杯で。相方のことなんか忘れて、みんなでもみくちゃになって……いや、本当ごめん。
それで車を急発進させると、一睡もせずに車を飛ばしてこっちまで帰ってきたんです。本当、駐車場があってよかったですよ。もしなかったら、狭いスペースでどうにかして車を方向転換させるかバックで逃げるか選ばないといけませんでしたから。
それで終わればよかったんですけど……
それ以来妙なことが起こるようになったんです。部屋のポストに『せんじつはごそくろういただきありがとうございました』って全部ひらがなで書かれたハガキが入っていたり、部屋にいると急に線香の臭いがしてきたり……
拝みの家について教えてくれた人にも相談したんです。「お参りをしている女の人を見てしまったんですけど、どうすればいいんですか」って。でもその人、全然信じてくれなくて。「冗談上手いね~~。おお、怖い怖い」って感じでまともに取り合ってくれないんです。
近くの神社にもお祓いをしてもらいました。流石に廃墟に不法侵入したとは言えなくて、ただちょっと調子が悪いみたいだからって嘘ついちゃったんですけど。でもそれがよくなかったのかなあ。全然治まらないんですよ。
最近になるとなんだか、あの女が視界の隅にちらつく気がして……もう一人でいるのが怖くて。全然気が休まらないんです。落ち着かないんです。それで誰かの部屋に集まってみんなで寝泊まりしたりしているんですけど、一向に状況は変わらなくて。
……多分あの女、自分らが逃げたものだから連れ戻しに来てるんですよ。あの拝みの家に。またお参りをしに来いって。
それで、全部です。
どうしよう、どうしよう、もうこれ以上は無理だよってなっている時に岡先輩に真面目に話を聞いてもらえて、それだけでものすごく救われた気分でした。
岡先輩、本当にありがとうございます。いえ、本当にあの時は嬉しかったですから。
お姉さんがどれくらい自分らが体験したことを信じてもらえたかわからないんですけど、でも、自分たち本当に見たんです。全然知らない女が手を合わせて仏壇を拝んでいるのを。
自分たち、どうしたらいいんでしょうか……