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拝みの家  作者: われさら
10/10

10. エピローグ

 廃墟で首を吊った大学生二人のことは大したニュースにならず、あっという間に世間から忘れ去られた。


 あの日の朝、二人は駆けつけた警官にこの家でお祓いの真似事をしたことや女のことは伏せて、先日廃墟探索をした後から彼らの様子がおかしくて……とだけ伝えた。それを地元の警官は興味なさげに聞き取り、最終的に彼らの死はただの自殺、ということであっけなく処理をされた。一応、姉弟の住まう地方のニュースでは地元の大学生たち四人の自殺が取り上げられたものの、田川の自死をきっかけに仲の良いメンバーが衝動的に後を追った、というストーリーラインで報じられている。


 仮に姉弟が自分たちの体験した物事すべてを正直に警官に語ったとしても、世間への影響は変わらなかっただろう。


──────────


 「──だから、あのアホ。今度は海外で思いっきりやる、って言っているのよ。『日本ではわたしの思うように働けないから』って」


 憤まんやる方なし、といった調子で、佳苗の職場仲間である佐藤が大きくため息をついた。


 お昼時の社員食堂では相変わらず佐藤の妹に関する愚痴が垂れ流されている。


「『じゃあもう出ていったら?』って言ったら『まだ時期じゃないから』って。内弁慶の大言壮語を聞かされる身内の身にもなってほしいわ」


 佳苗が相槌を打とうとしたところで、テーブルに置いていた携帯電話が震えた。


「弟さん?」


「あ、はい」


 佳苗は画面を見やると、スススと軽やかにメッセージを打ち返す。


「今度実家に帰るからどうせなら一緒に帰らないか、って」


「あらぁ、仲良いのね」


「ええ、まあ」


 返信し終えると携帯電話を置き、佳苗はお茶を口に運んだ。


「わたしがいないと、本当に駄目な弟なんですよ」


──────────


 それから数日後。二人は待ち合わせをし揃って実家へ戻った。


「相変わらず毎日暑いね」


「ねー。あ、そういえばこの前ニュース見てたらさぁ……」


 祐介の運転する車中、二人は例の話題を避けるようにしていた。必要以上に当たり障りのない天気や芸能人の話題で言葉を埋め尽くして。ところが、避けよう、避けよう、としても頭の片隅にへばりついているあの家での記憶は、太陽に背を向け生じる影法師のように長く細く伸びて喉元まで出かかる。


 ──本当に、あれでよかったのかな。


 そんな考えが、ふとした拍子に二人の口を突いてポロリと零れそうになる。


 確かにあの時はこうするしかない、と佳苗も祐介も思い込んでいた。しかし冷静になった今、改めて考えてみると、仏壇を壊そうと言い出したのもノートを壊そうと言い出したのも、すべて自分たちのためではなく、あの女のためにやったのではないか。そう思えて。


 足元がゆらりと崩れ落ちそうな、そんな気分に包まれそうになる。


 ──あの女を拝みの家から解放し、自由の身にしてしまったのではないか。


 微かな疑念を抱きつつ、二人はそんな不安を誤魔化すようにひたすらどうでもいいことを語り続けた。


──────────


 「ただいまー……あ?」


「え……?」


 祐介が先に立ち実家の玄関を開けると、二人の鼻腔いっぱいに線香の臭いがツンと広がった。顔を見合わせると、姉弟は慌てて靴を脱ぎ捨てドタドタと家の中に駆け上がる。


「とうさーん? かあさーん?」


 リビングには誰もいない。返事もない。いよいよ嫌な予感がしてきた二人は、客間としてあるものの普段は全然使われていない、ほとんど物置になっている和室を覗いた。微かに白いモヤが漂うそこでは、母が床の間の前で正座をしてこちらに背を向けている。


「なんだいるじゃ……ん……」


 母親は項垂れていた。背中をわずかに丸めて。二人の母は、何も無い床の間の前で両手を合わせて静かに拝んでいた。


「か、母さん……」


「──あら、おかえり」


 たった今二人の存在に気がついたように、母親は上半身をひねり二人を見やった。


「なに、してるの……?」


「ああ……大きい仏壇を置くならここしかないかなあって」


 平然と言い放ち母親は立ち上がると、二人に向き直った。その動作で線香の臭いがふわりと舞い上がる。


「な、なに言っているんだよ……母さんも父さんも、まだまだ元気だろ」


「そうねえ……でも、なんだか急に、仏壇のことを考えなきゃ、って気分になったのよ」


 母親は二人を見つめると晴れやかに微笑んだ。言葉の内容とは裏腹に何の憂いも曇りもなく、母親は続けた。


「こういうのはその時が来る前に、色々決めておかないと」


 彼女のその言い草に姉弟はゾッとして全身が粟立った。冷や汗をかき身動きがとれずにいる二人に、母親が近づいてくる。


「だって、いつかは、必要になることだからねぇ」


「か……かあさ……」


 母親は二人の脇を素通りすると、家の奥の書斎にいる父親に向かって大声で呼びかけた。


「おとーさーん! あの子たちが帰ってきたわよー!」


 奥から「おーい!」という声がして、直に還暦を迎える父親が顔を見せた。


「おお、佳苗も祐介も。おかえり……どうかしたか?」


「いや……ただいま」


「ただいま」


 気がつけばモヤは晴れ線香の臭いは失せていた。そこで二人はようやく肩の力を抜き、その場に座り込んだ。安堵して大きく息を吐いていると、両親が心配そうに二人を見下ろしている。


「なぁに、疲れてるの?」


「まぁ、まぁね──」


 どこか遠くの方でリィンと澄んだ金属音がして、二人は途端に口を(つぐ)んだ。


「あら、風鈴」


「今のは随分、気持ちよくきれいに鳴ったなぁ」


 無邪気に語り合いながらリビングへと向かう両親の背中を、二人はただ黙って見つめていた。


「ほら、あなたたちも早くこっちにいらっしゃい」


「あ、ああ……」


 母親が拝んでいた何も無い床の間を背にすると、一抹の不安と共に、二人は両親の待つリビングへとなだれ込んだ。

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