たまたま居酒屋にいた男の人生
男は普通の家庭で生まれた
父は会社員、母は専業主婦
兄弟は兄と姉がいた
男は小さいころから夢見がちだったようだ
ある時はヒーローに憧れ
ある時は格闘家に憧れ
ある時は探検家に憧れた
小さいころ山で迷子になった
泣けども泣けども誰も迎えに来ない
そこでなんとなく歩いてみようとなり
道なき道を歩いた
当時を振り返ると相当危険な行為だと男は笑った
ただその時は不思議と帰り道が分かったのだと
無事に家に着くと、鍵はかけておらず、誰もいなかった
どうやらまだ小さい男を家族・近所総出で探していたらしい
家に帰ると男がぽつんといたものだから
怒られ、謝罪しと大変だったらしい
これが男の一番古い覚えている記憶らしい。
男は順調に成長し、青春を謳歌したという。
そんなこんなで大学受験を受ける年になった。
人生の転換期はまさにこの時だったという。
大学に行くために、友人や恋人とも距離を置き
必死に勉強をしたようだ。
そんな男を周囲は冷たい男だと思っていたのだろう。
遊びの誘いもなく、男は常に一人だったという。
そのまま第一志望の大学へ行き、大学を卒業し、会社に就職した。
会社は製造業で、普通に出世していき、今では課長になったらしい。
プライベートは結婚せず、悠々自適に独身貴族をしているようだ。
男は振り返る。
あの時、勉強をせず、友人や恋人を大切にし、
青春を少年のまま謳歌していたらどうなっていただろうか。
適当な大学に行き、今とは違う会社に就職し、
恋人と結婚し、友人に盛大祝われる
そんな人生を歩めたかもしれない。
男は酒を飲み、心なしか寂しそうに
笑いながら話した。
あの時のように、なんとなく歩んできた今の人生が
自分にとって正解なんだろう
こうして見知らぬ人と酒を楽しみ、人生を語る
そんな何気ないことが幸せと言えるのかもしれない
そう言って男はしんみりと酒を飲んだ。
男は数年後、たまたま相席となった女性と結婚し、
子供も一人いた。出世はそれほどしなかったようだが、
それでも円満退職できたらしい。
子供も大きくなり、手を離れ、孫ができ、
男は病に倒れ、入院していた。
老いによる病だったらしい。
嫁さんに看取られながら、男はこの世を去った。
享年88歳。
普通の男の素晴らしい人生は幕を閉じたのであった