第五十五話 ミクロメリウス
「ただいま帰りましタ」
デイジーとオリーブを襲った賊4人を、ガブリーとメアリーが両肩に乗せて運んできた。
「その人達はどうしたの!?」
一応こういう小芝居をしておく。
わたしは知らないはずだからね。
「デスタとオリーブが襲われました、攫うつもりだったみたいです」
デイジーがそう答える。
「大変だったね、無事で何よりさ」
ギルド員が襲われたとあっては、おばあちゃんも黙っていられない。
受付にいたんだけど、入口の方まで来てくれた。
「ウォン!」
「デスタも頑張ったんだね」
わたしは、デスタを撫で撫でしてあげる。
モンスターに好かれる体質だから、デスタも触らせてくれた。
「アイヴォリーもお疲れさま」
「このくらい何でもナイッスよ~」
アイヴォリーの意外な強さも見てしまった。
もっと得意技とかもありそうだ。
「ガブリーもメアリーも重かったでしょ」
「このくらいなら問題ありません」
武装した大人4人だから、結構重いと思うんだけど、さすが機械兵だ。
「さてと」
床に転がっている4人のうち、自害しようとした男に鑑定を掛ける。
さて、どんな人なのかな……。
「えーと……天上の歌のギルド員みたい」
「えっ、本当なんですか……」
そんな肩書きが見えたから、仕方が無い。
しかし、ここでも天上の歌が絡んでくるとは。
「どれどれ」
おばあちゃんも、鑑定の眼鏡で見ている。
いつものアイテム鑑定をする眼鏡じゃないから、人を鑑定できるんだろう。
「賊じゃないね、騎士かい」
「騎士ですのね……でも、騎士様がどうして?」
「この国の騎士じゃない、ミクロメリウスの騎士だよ」
ミクロメリウスは隣の国で、邪神崇拝が広がって、絶賛衰退している国だ。
天上の歌は国を超えて広がっている組織だから、何か関係があるんだろう。
「起こすッスよ」
アイヴォリーが自害しようとした男に気付け薬を飲ませる。
すると、男が目を覚ました。
「ん……」
自分たちが縛られて、周りには武装した冒険者が多数いる。
状況は、おおよそ把握しただろう。
「で? こっちの嬢ちゃんと子犬を攫ってどうしたかったんだい?」
おばあちゃんが尋問を始める。
ギルド員を攫おうとしたんだから、おばあちゃんは怒っているだろう。
「殺せ」
あ、これは尋問にならないかな。
自害するような相手じゃ、仕方が無いか。
「はーい、私良い薬持ってるんだ~」
周りで見ていた冒険者から、そんな声が上がる。
確か、赤い風から移ってきた冒険者のひとりだ。
「じゃーん、自白剤~」
うわー、そんなの持ってるんだ。
「ふん、買い取ろうじゃないかい」
「でも、衛兵を呼んだ方が良くないか?」
周りの冒険者がそう言う。
「どうせ、衛兵なんて何もできやしないさ、領主様が天上の歌を支援してるんだからね」
「それもそうか……」
でも、自害しようとした騎士様は、自白剤と聞いて怖がっているようだった。
「や、やめろ……」
でも、おばあちゃんは容赦なく使おうとする。
「この薬はどうやって使うんだい?」
「目でも鼻でも耳でも良いから、身体に入れれば効果が発動するよ」
「そうかい」
「どこで手にれたのやら」
周りからの声に、その冒険者は照れるように笑った。
「えへへ、エリシャと一緒に錬金術で作っちゃった」
かわいく笑ってるけど、ちょっと危ない人かも知れない。
エリシャも、自白剤なんて自分からは作らないはずだ。
ジニーさんか、覚えておこう。
「や、やめてくれ、それでも人か」
「人さらいが良く言うよ」
おばあちゃんは、その薬を賊の耳に流し込んだ。
「うっ、ううう、うううううっ!!」
薬が効いているのか、男は何かを我慢するように耐えていた。
「じゃあ、まずは名前を聞こうかい」
「し、知らん、名前など……うううっ!」
「じゃあ、どこの出身だい? 親兄弟は?」
「ううううっ、ううううううっ、うっ!!!」
男は、一際高いうめき声を上げると白目を剥いた。
薬が効いたのかな?
「……名前は?」
「か、カールソン……ま、マイン……」
カールソン・マイン?
ちょっと違う気がする、マインは別の人かな。
「カールソンね、それで、カールソンは何をしにこの街に来たんだい?」
「ムーンレッド……守護天使を……奪いに……」
ムーンレッドはオリーブちゃんの家の名前だ。
一番の狙いはオリーブちゃんの方か。
「誰に命令されたんだい?」
「うっ……ううううっ……」
拒否しているんだ、何か事情でもあるのかな?
「さあ、誰に命令されたのか吐いちまいな」
でも、そこでおばあちゃんは首をかしげた。
そして言い直す。
「いや、違うね……誰に脅されたんだい?」
「うううううううっ!」
なるほど、その辺の事実関係を正しく突きつけた方が、自白剤は効きやすいのかも。
「うううううううっ!」
「さあ、カールソンは誰に脅されているんだい?」
「て、テンス……ベルガー侯爵……」
「ミクロメリウスの貴族かい?」
「て、天上の歌……指導員……サロード……教……司祭……」
なんか、色々と肩書きのある人だ。
えらい人にありがちだけど。
「何人で動いていた?」
「よ、4人……」
「なぜ、子犬を奪おうとした?」
「天上の……アイン、ザック……復讐と……」
アインザックさんの名前も出て来た。
とんでもないギルドだなぁ。
「天上の歌とサロード教は繋がっているのかい?」
サロード教とは、ミクロメリウスで流行っている邪教だ。
当然国は禁止しているはずだけど、貴族が司祭とはね。
「つ、繋がって……奴らは……ミクロ、メリウスの……裏社会を……支配しつつ……」
そこで、カールソンさんは気を失った。
自白剤が効きすぎたのかな?
そこに、馬車が到着した。
表が騒がしい。
「オリーブ様!」
「爺や!」
ギルドに飛び込んできた初老の男性を、オリーブが爺やと呼んだ。
オリーブは、なにか、実家に連絡する方法を持っているんだろう。
名家のご令嬢だからね。
「おお、オリーブ様、ご無事で何よりです」
「この男たちはミクロメリウスの騎士で、守護天使様を狙っていたみたい」
「なんと!」
驚く爺やにおばあちゃんが質問する。
「この子の守護天使のことは、知っている人が多いのかい?」
「いえ、一部の限られた者しか知らないことでございます」
「はん、何を企んでいやがるのか」
まぁ、ギルドでこうやって話してしまったから、もう公然の事実になっちゃったけど。
でも、冒険でしょっちゅう使うことになるだろうから、バレるのも時間の問題だったはずだ。
「背後関係に気をつけてください、ミクロメリウスの騎士ですが、テンスベルガー侯爵の指示で動いていて、その人は天上の歌の指導員、そしてサロード教の司祭でもあるそうです」
「なんと!」
「更に言えば、この街の天上の歌の支部長、アインザックの指示も受けていたということですので」
爺やは怒りで震えている。
家思いのいい人なんだろう。
「この者達は預かります、連れて行け」
僧衣を身に纏った若い男たちが、馬車に賊を乗せていく。
気絶しているので、抵抗はない。
「オリーブ様は、ここにお残りください、そして冒険者として実力を付けるようにと、お館様からのご指示です」
「わかりました、必ずや一流の冒険者となりましょう」
「それでは、失礼します」
嵐のような騒々しさが去った。
でも、問題は去ってない。
「やー、とんでもないことになったッスね」
「これはあれだね」
「何ッスか? ギルマス」
「デイジーとオリーブは、しばらく冒険に出るのはやめな」
「え~、せっかくデビューしたところでしたのに……」
「仕方が無いですかね」
2人で冒険するのは危険だし、何か手を考えないと……。
「まぁ、わかりましたわ」
おっと、しっかり者のデイジーよりもオリーブの方が先に納得した。
これはあれかな、オリーブの方がリーダー適正があるのかな?
ふたりともリーダー適正があるのは、二人組みの冒険者として理想的だろう。
片方が従属的だと、歪な関係になりそうな気がする。
「はー、おもしれえもん見れたぜ」
「天上の歌は、やっぱ駄目ねぇ」
なんだか、嫌な企みを覗いてしまったけれども、冒険者達はなんでもない風に、三々五々散っていった。
ちょっとした催し物を見た程度のものだ。
新人冒険者は出かけているから、ここにいたのはベテランばかりだ。
こういうところは、さすがたくましいと感じてしまった。