第四十九話 窓辺の呪詛師
午後になると、天上の歌とクエストについて話し合っていたパーティーも少なくなる。
しばらく様子を見るというパーティーが多いのかも知れない。
今の情報じゃ、判断できないというのもあるだろう。
まぁ、隣の町が凄く景気がいいとかあるなら別だけど……。
「おい、大変だぞ、天上の歌が広場でギルド員募集してる!」
広場でギルド員募集?
どうして?
酒場に残っていた冒険者が少しざわつく。
「モルソーくん、ちょっと受付お願い!」
「は、はい!」
わたしはギルドを飛び出して、広場まで出かけて行った。
すると、広場でカワイイ受付嬢が席を用意して、食べ物を配っている。
「天上の歌でーす、今度、この街に支店を出すことになりました! よろしくお願いしまーす!」
「あらー、かわいいお嬢さん達ね」
「なんだ、炊き出しか?」
「私達は冒険者ギルドです、この街をより良くするために来ました!」
「聞いた事あるぞ、天上の歌って言えば、この国一番の冒険者ギルドじゃないか」
「あら、うちの子も行かせた方がいいのかしら?」
「どうぞ、食べていってくださーい」
「ギルドに入らなくても、もらえるのかい?」
「はい、今日はキャンペーンですので遠慮なさらずにどうぞー」
何を配っているのかと思ったら串肉だった。
わいわい言いながら、街の人が人だかりを作っている。
くそう、資金的な余裕のある大手様は違う。
わたし達も、露店の余り物を安く買ったり、解体するときに出た端肉とかを炊き出しで出したりはしてるけど、普通の売り物をただで配ったりはしない。
「うちの串肉を全部買っていってくれてよぉ、助かったぜぇ」
「あらぁ、羽振りが良いのねぇ」
広場に冒険者なんているはずがない、まずは街の人達から取り込む作戦か。
多分、嫌われている自覚があるから、こういう作戦に出るんだろう。
「ギルドは、元竜の髭があった場所に開設しています!」
「そうか、あそこかー」
「空き家だったものねぇ、活気が出ていいわぁ」
元々あったギルドに手を入れたのか。
竜の髭は大きいギルドだったから、手入れをすれば、まだまだ使えるだろう。
「見に行こう」
わたしは、元竜の髭のギルドまで行く。
すると、空き家だったギルドが、滅茶苦茶きれいにリフォームされていた。
特に、入口がきれいで入りやすい感じだ。
中に入ることは出来ないけど、きっと室内もきれいになっているんだろう。
「うううん……どうなんだろう」
わたしが、物陰から羨ましそうに天上の歌のギルドを見ていると、どこかから歌声が聞こえてきた。
消え入りそうだけど、儚くて美しい歌声だ。
「誰だろう?」
ちょっと興味がわいて、元竜の髭の建物をぐるっと回っていると、窓辺で歌っている女の子がいた。
ルルーナと同じくらいの歳だろうか?
髪の毛はふわふわのブロンドでカワイイ。
正直、冒険者には見えないけれど……何者なんだろう?
「…………」
その歌は、街で良く歌われている童謡で、おとぎ話にもなっている歌だった。
天上の歌のギルド員の家族? それとも職員とか?
わたしは癖のように鑑定してしまう。
すると……職業が呪詛師だった。
ダンジョンマスターだった頃、サーリャと双璧だった部下に呪詛師がいたけど、かなりレアな職業だ。
でも、レベルは2で低い。
冒険者じゃなくて、一般人だろう。
生まれ持った才能の類で、たまにこういう人がいる。
子供が突然、魔法のような能力を開花させることがあって、神のように扱われたり、悪魔のように虐げられたりすることがあった。
多分、この子は、呪詛師として天上の歌に属しているんだろう……。
「おや、コットンさんじゃありませんか、うちに来てくれる気になりましたか?」
この声は……アインザックさん。
背後を振り返ると、そこにはマジックアイテムに身を包んだアインザックさんがいた。
「たまたま通りかかっただけです」
「どうですか、うちのギルドは?」
「とてもきれいですね、よく整備されてると思います」
アインザックさんは、うんうんと頷いている。
でも、この人はダンジョンマスターを倒そうとか言う人だ。
油断は出来ない。
「とりあえず、他の街からも冒険者の応援を呼んでいます、すぐに活気が出て来ますよ」
「こんなこと、領主様をどうやって説得したんですか?」
領主様は元冒険者で、この辺りでも良く冒険をしていたらしい。
おばあちゃんが面倒を見たという話もある。
いくら天上の歌が大きいと言っても、街の運営にまで口を出せるとは思えない。
「簡単ですよ、僕は国王の私生児なんです」
「え?」
「つまり、国王が戯れに産ませた子供ですね、色々事情はあるんですが、今はこうやって父親の支援も受けることが出来るんですよ」
国王から、領主様に圧力がかかったのか。
それは仕方が無い。
アインザックさんが、個人で力を持っているとは思わなかった。
「悪く思わないでくださいね? 仕方が無いことなんです」
「ダンジョンマスターを倒すって、正気ですか?」
わたしとしては、そっちも気になる。
どうやって倒すのか、そもそも居場所がわかるのか。
「もちろん。ダンジョンマスターといえど、生きている以上は殺すことも出来るでしょう?」
「そんな理屈の話じゃないです」
「ちょっとした呪いですよ、個人を特定さえ出来れば呪い殺すことが出来るんです」
マジックアイテム?
それとも……呪詛師の子?
「それで、悪魔が持っていた剣がダンジョンマスターの物だったり、元部下が何か知っていたりすれば、特定の助けになるかなと思ったんですけどねぇ」
そういうからくりだったのか。
でも、多分、ダンジョンマスターを甘く見ている気がする。
「ダンジョンマスターを殺して、ダンジョンを昔のようにしたいんですか?」
「無論ですよ、ダンジョン産業がうちの国だけ元に戻れば、この乱世の時代でどれだけのアドバンテージになるか」
「戦争のためですか?」
「それもありますし、僕が次のダンジョンマスターになりたいというのもあります」
なっ!?
ダンジョンマスターになる!?
「驚きましたか? でも荒唐無稽な話でもないんですよ?」
「わかりました、わたし達はギルドが潰れないように頑張るだけです」
そこで、アインザックさんは心配そうな顔をした。
職業が詐欺師の時点で、声も表情もなにもあてにならないんだけど。
「さて、赤い風には長年勤めているベテランがいますが、銀の月にはそれがない、条件の良い方に移るという冒険者がどれだけいるか」
「……わかってます」
「まぁ、銀の月で育った若い子達は義理堅いかも知れませんがね」
「失礼します」
わたしは、アインザックさんとの話を打ち切り、銀の月に帰った。