第四十八話 それぞれの冒険者
翌朝、ギルド内が少しざわついていた。
「おいおい、クエストがないのか?」
「どうなってんだ、あと三日は時間の果実の買い取りをしてたはずだろ?」
わたしは、落ち着いて事態の説明をする。
「領主様の方針で、国からの補助金がでなくなりました」
「なんだって? 黄金都市に失敗したからこっちにツケが回ってきてるんじゃねえだろうな」
「正直に話します、この街に天上の歌ギルドの支店が出来ることになりました」
「なにぃぃっ!? 天上の歌ぁぁっっ!?」
「この街に天上の歌が来るのか?」
「まぁ、ダンジョンが豊富な街だからな、時間の問題だったか」
受け止め方は色々だけど、みんな天上の歌には無関心でいられないようだ。
マイナス方面で有名なギルドだから仕方が無い。
「ご存じの通り、国内最高のギルドです、もしかしたら天上の歌ではクエストが出るのかも知れません」
「おいおい、なんだそりゃあ」
「ずいぶん舐めた真似してくれるじゃねえか」
「ストライキでもするか?」
「この街でも冒険者をいなくさせるつもりかぁ?」
基本的に、冒険者は荒っぽい人が多いけど考え無しだと生き残れない。
みんなそれなりに賢くて、打算的で、計算高かった。
「ダンジョンで狩りをするか、依頼をこなすかか?」
「天上の歌の人員が集まってきて、依頼を全部解決しちまうんじゃないのか?」
「そんで、ゼヴェリーネみたいにギルドを潰して、冒険者がいない街になるのか? 領主様もどうかしてるぜ」
「今、ギルドとしても組合としても領主様に抗議をしているところです、しばらくお待ちください」
わたしに文句を言っても仕方が無い。
パーティー単位で集まって、相談タイムに移行しそうだった。
「辛気くせぇ話になってきたな、違う街に移るか?」
「領主としても、クエストが出せないなら色々困るはずだ、モンスター退治を兵士にやらせるのか?」
「だから、オメエ、天上の歌にやらせるんだろうが」
「いつからくるんだろうな」
「そうか、天上の歌に移るって手もあるのか」
やっぱり、そういう話になるよね。
ああ、折角ギルドの運営が軌道に乗ってきたところだったのに。
「裏切り者! うらぎりものーっ!」
「る、ルルーナ!?」
そこで、ルルーナが大きな声を上げた。
「ちょっとクエストが出ないからって、もう裏切る話してるのはどうなの!?」
ルルーナも14歳になった。成人にはなっていないけどいっぱしの冒険者だ。
でも、胸も心もあんまり成長していなかった。
「裏切るってことじゃねえよ、そんなこと言ったら、俺は元々赤い風だしな」
「むぅーっ」
「どこのギルドが一番いいのか、それは儲けられるってことだけじゃねえ、生きられる確率が高いってことや、居心地や、酒が旨いってことでもある」
「それなら――」
そこに、独特の足音を響かせて初老の男性が出て来た。
片足が義足で、床板を叩く音が独特の達人。
ネジルさんだ。
「ここで話をしていても始まるまい、それぞれのパーティーで話し合うんだな」
ネジルさん。
街の若い子達に訓練を付けて、ダンジョンに送り出している教官だ。
ギルドで一番の年かさで、敬意も集めている。
集まっていた冒険者達は、それぞれパーティーごとに別れると、話し合いを始めていた。
そこに、ここで訓練を積んだ若い子達が来る。
「この依頼をやります」
クエストが無くなるという話をしていたのが嘘のように、いつも通りのやりとりだった。
「はい、では、イロスの村に向かってください、夜にやるお祭りの警護ですので、日が暮れる前に十分休んでくださいね」
「モンスターは出ますか?」
神官の子だろうか、ちょっと弱気っぽい子がそう聞いてきた。
「夜だと、夜行性の狼の類は出るかも知れませんが、他には出ないと思います、ですが絶対ではないので、油断しないでください」
「わかりました」
この子達はクエストのことをどう思っているんだろう。
ちょっと気になったので、一応聞いてみる。
「クエストの話は聞きましたよね? 正直なところどうですか?」
若い子達のパーティーは、あまり関心がないように首を振った。
「何も仕事ができないよりも全然いいです」
「わ、私も、女神様の教えを広げることが目的ですので……」
いくら稼げるかとか、そういうことに血道を上げるスタイルではないんだ。
ギルドの訓練所出身の冒険者達は、ちょっと毛色の違う冒険者になるのかも知れない。
「さあ、行こうか」
「行ってらっしゃい、気をつけてくださいね」
「ボク達は、今日は果樹園のダンジョンで狩りをしてきます」
「私達も、今日はダンジョンに行きます」
そんな感じで、8パーティーがいつも通りに出かけて行った。
出かける冒険者は若い子が多く、ベテラン達は話し合っている。
この街に住んでいる子は、家族がこの街にいる。
だから、別の街に移るみたいな話にはならないんだろう。
そのうち、ベテラン達も重い腰を上げる。
「俺たちはゆっくり考えるよ、今日のところは、クエストが関係ない依頼をやる」
「はい、よろしくお願いします」
そんな感じで、依頼をこなすパーティーが出て来た。
話合いをやめて、今日は解散するパーティーもあるし、ずっと話しているところもある。
「コットン……」
「ママ?」
ママは、ちょっと悲しそうな顔をしていた。
「ごめんね、お母さんにコットンにやらせなさいって言われてたの」
クエストが無くなったことを冒険者に知らせる役目だろう。
ママは、ずっと心配そうにこっちを見ていたけど、そういう理由があったんだ。
「おばあちゃんが……」
「もう大丈夫そうだけど、今日は私達出かけないから、何かあったら言ってね
」
「うん、頑張るよ」
「頑張れコットン、裏切り者に負けるな!」
「コットンちゃん、頑張って」
ルルーナとエリシャが励ましてくれる。
「マスター、私は天上の歌というギルドを少し調べて参ります」
そうか、情報収集は大切だ。
何でも出来るサーリャなら、硬軟取り混ぜた手で調べてくれるだろう。
「うん、お願い」
「あっ、ボクも行く!」
「ルルーナは諜報に向かないから駄目です、では」
「あー、面白そうだったのにぃ」
ルルーナが、がっかりしている。
好奇心が旺盛過ぎるのは、冒険者として良いのか悪いのか……。
「じゃあ、私は練金してるね……」
エリシャが自分の部屋に向かう。
「あっ、エリシャ、私に練金教えて!」
「あ、俺も教えて欲しい!」
今日は解散した冒険者が、エリシャを掴まえてねだっていた。
エリシャは人見知りだけど、錬金術に関しては饒舌だ。
ふたりを自分の部屋に招いて、入っていった。
錬金術は使える人が少ないから、エリシャは先生役として大人気だった。
魔法の触媒ひとつを、現地で手に入れられるかどうか。
愛用の防具に魔法を付与できるかどうか。
ギリギリのところで命を拾うかも知れない。
魔法使いはみんな、錬金術を学びたいはずだった。
「ボクは、若い子のパーティーを探して混ぜてもらおうっと」
ルルーナも相当若いんだけど、確かにもっと若い子達がいる。
働いてないと死んでしまうような、忙しさがルルーナにはあった。
そして、ママだけがギルドに残ると、部屋の隅で本を読み始めた。
魔法の本かな?
ママは魔法剣士だけど、剣の方が得意だから魔法の勉強は欠かせない。
「我々もギルドに残りマス」
「暴れる者はいないと思いますが、いたら蜂の巣にします」
「ガブリー、メアリー……ありがとう」
機械兵の2人は、そもそも儲け度外視だから、クエストとか補助金とか関係ない。
ありがたいことだ。
「あっしも、ちょいと天上の歌を調べてみますね」
「アイヴォリーも?」
フランセスをマスターと呼ぶ、生体機械のアイヴォリーは探検家だけど、凄腕のスカウトだ。
情報収集もお手のものだろう。
「サーリャの姉さんはどうするのかわかりませんが、あっしはシーフギルドを当たってみますよ」
「そうだね、よろしく頼みます」
「私はどうしようかなー」
フランセスはガブリーとメアリーの隣に座って、その身体を弄り始めた。
大分機械いじりの腕が上がって、ガブリーもメアリーも弄らせている。
朝の忙しい時間を避けてやってくる孤児院の子を送り出すと、そんな感じで午前が終わった。