第二十五話 赤い風の内紛
さて、エリシャはどうしてるかな。
今頃、ダンジョンを冒険していると思うけど……。
「あれ?」
同調してみると、そこは家の中だった。
まだ帰ってくるには早い時間だけど、早く切り上げたのかな?
それにしても、場所はどこだろう?
「こちらの方が待遇がいいザマスよ」
あ、わかった。
赤い風のギルドだ。
でも、どうして?
「もう、ヤダって言ってるじゃん」
ルルーナがイライラしている。
また引き抜かれているのかな?
「わ、私を引き抜けるはず無いですよね? ね?」
「別に、よそのギルドの跡取りを引き抜くなんて、日常茶飯事ザマス」
「えええぇぇ……」
ママが驚いている。
「とはいえ、シルク様と私を引き抜こうとは思っていないのですよね?」
サーリャは淡々と、感情無く、無表情で座っていた。
「ま、あなた達ふたりはそうざますね。引き抜けるなら引き抜きたいザマスが、あれこれ理由を付けて断るんざましょ」
ということは、ルルーナとエリシャが標的だ。
懲りないなぁ。
「僕はイヤだからね」
ルルーナは、すっかり赤の風嫌いになっている。
例えどんな条件を出されても、応じることは無さそうだ。
「そちらのお嬢さんは?」
「わ、わ、私は……」
エリシャのコミュ障を見破ったのか、インテリ眼鏡さんが攻勢に出る。
「こんな娘たちじゃなくて、屈強な男たちがあなたを守るザマスよ?」
「ひっ!」
押せば断れない性格と見たのかな?
身を乗り出して説得に来る。
「嫌がってるのわからないの!?」
「おまえには言ってないザマス」
「嫌だって言ってるのと同じだよ」
「どうしてざますか? こっちの方が待遇がいいざますよ?」
「しつこいなぁ」
ルルーナが剣呑な雰囲気になってくる。
サーリャがいるから、滅多なことにはならないと思うけど。
「やめろ、嫌がっているじゃないか」
インテリ眼鏡さんを止めに入ったのはフラニールさんだった。
他の人は、ニヤニヤしながら眺めている。
「黙るザマス、オマエには関係ないザマスよ」
フラニールさんが肩をすくめるジェスチャーをする。
生い立ちを考えると、黙って見ていられなかったのかも知れない。
「ふぅ、銀の月に凄腕の錬金術師が加入したらしい」
「ひっ!」
エリシャが変な声を出すのを、インテリ眼鏡さんが不思議そうに見る。
自分のことだったので、思わず声が出たんだろう。
「またざますか」
「真名魔法の使い手は魅力に感じるだろうな」
「凄腕と言っても、そんなには変わらないざましょ」
「いや、ダンジョンで試してきた、炎系の魔法が2倍以上の威力と二分の一以下のコストになっていた」
「なにっ!?」
「昨日の噂はマジだったのかよ」
「おいおい……」
ギルド内がざわつき始める。
これは、赤い風で移籍話が活発化しているということだろう。
「嘘ザマス!」
「ウソじゃない、そのうちわかる」
「どうして、それを知っているザマスか?」
「今朝銀の月に行って、触媒を特別に譲ってもらった」
インテリ眼鏡さんが歯噛みしている。
今にも憤死しそうなくらい怒っていた。
「その錬金術師は見たザマスか!?」
「見てない」
「なんとしてもこっちに移籍させるザマス!」
「ひっ!」
またエリシャが変な声を出す。
きっと青ざめた顔をしているだろう。
でも、ルルーナはなにか得意そうに笑っていた。
赤い風が悔しがっているところを見るのは楽しいのかも知れない。
「向こうはそんなにがっついていない、この空気の違いがわかるか?」
「儲かる方がいいに決まってるザマス!」
「話にならんな」
諦めたような脱力した笑顔だ。
後、がっついていてすみません。
「私は、向こうに行ってもいいと思ったけどね」
フラニールさんの相方の魔法使いさんがそう言う。
フードを取ると、美人のお姉さんだ。
「どうせお前達は裏切り者ザマス! 変な噂を広めに来たザマスね!」
「向こうにはコールゴッドが出来る女神魔法の使い手と、真名魔法を二倍にする触媒の錬金術士がいる、それだけだ」
「あーそうザマスか、それは良かったザマスね!」
悔しさ全開でインテリ眼鏡さんがそう言う。
「オマエだって、この街の苦難に立ち上がった者の一人だろう? どうしてこんなことになった?」
「さっさと行くザマス! 部屋を引き払って二度と戻って来るなザマス!」
「ふぅ、赤い風も終わりだな」
少し寂しそうに、フラニールさんが笑った。
いつものオーバーリアクションじゃない。
「なんザマスと!」
「俺たちは出て行くよ」
「行け! 早く出て行くザマス!」
でも、そこで座っていた人たちが立ち上がった。
「フラニールが出て行くなら、俺たちも出て行くぜ」
パーティーのメンバーかと思ったら、結構他にもいる。
二十人弱くらいだ。
「元、竜の髭の連中は出て行くがいいざます!」
そういうことか。
この人達が、フラニールさんの実家のギルドに所属していた人達なんだな。
ぞろぞろと歩いて行く人が17人いた。
3パーティーくらいかな?
こっちに来るんだよね?
ベテランの人達が!
がっついてすみません……。
「じゃ、じゃあ、私達も帰らせて貰いますね……」
怒りに震えているインテリ眼鏡さんの横をママが通り過ぎていく。
ルルーナは堂々と、サーリャは普通に、エリシャは帽子で顔を隠しながらギルドを出て行った。
「すごい、17人も移籍してくる!」
半々くらいかな? 結構拮抗してきた!
多分、赤い風は50人ちょっと。
銀の月も52人になるはず!
すごい! これなら依頼も半々でくらい来るかも知れない!
錬金術師作戦は成功だったなー。
ベテランっぽい人達が移籍してくるし、悪いことはない。
でも、竜の髭から赤い風に移籍した人達は、3パーティーだったんだね。
ちょっと切ない。
うちは、ママだけだったんだから、もっと酷いけど。
わたしが小さかった頃、ママのパーティーと、もうひとつパーティーがいた。
テセルナさんというおじさんを覚えている。
ママのパーティーは解散したけど、テセルナさん達はどうしたんだろう?
今度聞いてみようと思った。