第十話 久しぶりの依頼
「ふぁ~あ」
翌日、眠い目を擦って戸を開けていく。
昨日は夜遅くまで起きていたから寝不足だ。
正面玄関の扉を開けると、そこにはお爺さんがひとり立っていた。
「ど、どうしましたか? ここは冒険者ギルドですけど……」
「お願いしたいことがあるんですじゃ」
「ど、どうぞ中に入ってください」
わたしは受付の椅子を引いてお爺さんを座らせる。
あんなところにずっと立っていたら疲れただろう。
「今、お水を持ってきますね」
「いや、いい、ええんですじゃ」
「え、でも……」
「それよりも、話を聞いて欲しいんですじゃ」
「わかりました」
わたしは、カウンターの向こう側に座って仕事モードになる。
このお爺さんが冒険者登録をしに来たわけはない。
きっと依頼だ。
銀の月で、わたしが受付嬢になって初めての依頼に違いない。
「依頼をしたいんじゃが、冒険者の方は受けてくれるかの」
やっぱりそうだ!
「依頼内容と報酬によります、まずはお話を聞かせてください」
「村の近くにゴブリンが出るようになったんじゃ」
ゴブリン! ゴブリン退治!
何とも言えない高揚感が身を包んでいく。
ダンジョンマスターでは味わえなかったこの感覚。
ゴブリン退治は、冒険者の定番だよなーと思ってしまう。
なんというか感慨深い。
受付嬢冥利に尽きるというものだった。
「お嬢さん? 大丈夫かの?」
「あ、はい、大丈夫です。それを退治して欲しいと言うことですね」
「そうですじゃ」
わたしはお爺さんに説明を始めた。
「こういう人里に亜人系のモンスターが出ることは、あまりありません」
「そうなのかの?」
「ただ、一つ例外がありまして、その近くにダンジョンがある場合です」
「ダンジョン……村の近くに? 聞いたことはないですじゃ」
「おそらくですが、最近出来たんだと思います」
「そんなことが……」
まぁ、元作っていた側としては珍しい話ではない。
今のダンジョンマスターが、どんな考えかはわからないけれども。
「もし、ダンジョン認定されれば、クエストと言う形で国から補助金も出ますのでお得ですよ」
「おお、それはありがたい」
ゴブリンは上位種が出なければ、それ程の脅威ではない。
ママが行ってガツンと倒してくれるだろう。
「ですが、そんなに報酬はだせんのですじゃ」
「どのくらいですか?」
「銀貨五十枚ですじゃ」
提示された金額は、ママがダンジョンに一回行くよりも低い稼ぎの金額だった。
初心者パーティーがいれば釣り合ったんだろうけど……。
「受けてくれるパーティーがあれば、すぐに伺います」
「受けてくれますかの?」
「ここだけの話なんですが、わたしのママが冒険者をしていますから、受けてくれると思います」
「おお! それはありがたい!」
「それでは、この書類を書いてください」
わたしは書類を引っ張り出す。
最近使われていなかった書類だ。
「これは?」
「依頼を達成したら報酬を支払うという契約書です」
「契約書……?」
「これは、お客様とギルドが結ぶ契約になります」
「すると……」
「そうです、通常であれば2割がギルドの儲けになります」
「そうですか……そこはお任せしますじゃ、もうひとつのギルドでは断られましたから」
ひどいなぁ。
赤い風なら初心者パーティーもあっただろうに。
でも、安い金額だと断られることは当然ある。
冒険者も命がけだ。
でも、ギルドとしては、ダンジョン認定がされたら儲かるかも知れないのに。
そこまで話を聞かなかったかな?
「依頼を達成したら、ギルドから冒険者に銀貨40枚の報酬を支払います」
「わかりました」
「今この場では、銀貨50枚を頂きます。前払いですね」
「それは、依頼を受けてもらえなかったら……」
「契約書にある通り、一ヶ月誰も受けなかったら銀貨40枚が返金されます。そのときは、また取りに来て下さい」
「魔物が退治されなかったら村は終わりですじゃ」
ダンジョン産業が下火になって、景気も悪くなった。
コックさんは職を失い、村の存亡をかけた一大事に銀貨五十枚しか出せない。
やっぱり、ダンジョンマスターの地位を取り戻すのは必要だ。
まぁ、その前に銀の月を何とかしなくちゃいけないけど。
「なるべく受けてもらえるようにしますので」
「お頼み申します」
お爺さんはよぼよぼとしながらも、村に帰っていった。
そして、朝食の時間。
今まではママかパパかおばあちゃんが作っていたんだけど、今はコックさんが作ってくれる。
家族団らんに、サーリャとルルーナとフランセスが加わり、みんなで朝ご飯を食べていた。
機械兵の2人は、お互いにメンテナンスをしあっている。
「あのね、今朝早くに依頼があったの」
「どんな依頼だい」
おばあちゃんが素早く反応する。
「街から三時間くらいの村でゴブリン退治、報酬は銀貨五十枚」
「ママが受けるわ」
やっぱり、ママが受けてくれた。
「じゃあ、僕も行くんだよね、ゴブリンって初めてだなぁ」
「ワレも行きます」
そこに、後ろにいたガブリーが話し掛けてきた。
「ええっ、それじゃあ私も行くわぁ~」
フランセスとメアリーも行く気みたいだ。
「ま、待って待って、ちょっと6人で行ったら報酬が……」
「報酬はオマケよ、困っている人を助けないと」
やっぱりママはすごい。
このスタンスで一流と言われる域まで到達したんだから。
「ガブリーさんも良いの?」
「報酬はフランセスに払って下サイ」
「え?」
「ワレとメアリーは要らないデス」
メアリーも頷いている。
私に仕えているってことなのかなぁ。
「それに、新しいダンジョンの入口があったとしたら、儲けになるかも知れないしね」
ママが一応そう言う。
儲けを完全に捨てたわけではないと。
でも、わたしはこんなところにダンジョンの入口を作った覚えはない。
新しいダンジョンマスターの仕業だ。
「じゃあ、6人でお願いします」
みんな頷いて、久しぶりの依頼を遂行することになった。