溺れる者は藁をもつかむ
たすけて
私は部屋の片隅で布団を頭から被って縮こまり息を殺している。
私はここに居ない。
こんなところに居ないんだ。
だから、お願い。
お願いします。
諦めてください。
誰も居ないのですから、ここから出て行ってください。
必死にそう祈り、願い続ける。
しかし、それを笑うようにあの声が聞こえた。
たすけて
おねがい
私の両目から涙があふれた。
なんで、なんでこんなことになってしまったんだろう。
何も悪い事をしていないのに、なんで。
音もなく零れていく雫が頬を通過した時、暗い布団の中でも分かるくらいにあの声が大きくなった。
たすけて
おねがい
むししないでよ
逃れる術はないかと私は必死に過去を思い出す。
始まりは本当に些細なもので、街中で声が聞こえた気がしただけだ。
たすけて
そんな声が聞こえたら普通は立ち止まるだろう?
助けられる、助けられないの関係もなく。
普通なら立ち止まって辺りを見回すだろう?
私がしたのは本当にそれだけ。
相手からしたらそれだけで良かった。
きこえたの?
よかった
おねがい
たすけて
耳に聞こえたはずの言葉。
しかし、他の誰もが気にせずに歩いて行く。
いや、きっと今にして思えば聞こえていたのは私だけだったのだろう。
こっちへきて
おねがい
たすけてほしいの
悲痛な声の主を探す。
おそらくはこの行動が私の最大の過ちだった。
こっちだよ
ねえ、はやくたすけて
どれだけ探しても声の主は見つからなかった。
それなのに声は止まなかった。
ねえ、おねがい
たすけて。
きこえるんでしょう?
なんでたすけてくれないの?
姿の無い相手の助けを求める声。
それがいつまでも止まないのに気づいた時、私はようやく自分がとんでもないことに巻き込まれてしまったことに気づいた。
いかないで
ねえ、まってよ
いかないで
たすけて
おねがい
声はどこまでも追って来た。
どこへ行こうとも。
追いかける足跡も聞こえないのに、声だけは決して離れて行かない。
逃げても。
どれだけ逃げても。
たすけて
おねがいだから
ひとりにしないでよ
あぁ、声は今もする。
いや、ずっとしているんだ。
ずっと、止まずに声だけはずっと聞こえ続ける。
私は泣きながら謝った。
「ごめんなさい。私には助けられません。だから、許してください」
何度も、何度も謝り続けた。
それでも声は止まない。
おねがい
おねがいだから
わたしをたすけてよ
あぁ。
私は何故気づかなかったのだろう?
溺れる者は藁をもつかむ。
今にも溺れそうになっている者はこちらの事情など二の次だ。
何にも考えず、ただ助けを求め続けるだろう。
たすけて
たすけてたすけて
たすけてたすけてたすけて
私のことなんて知ったことではない。
自分が助かるために助けを求め続ける。
今、こうしているように。
助けて。
お願いします。
私があなたにするように。
助けて助けて助けて助けて助けて
怪異っていつも理不尽だなって思います。