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目を付けた相手が悪かった


 さて。無事にクレイブの記憶が戻ったところで、残る問題を処理せねばなるまい。


 というわけで、レアリナとクレイブが落ち着いてから、クレイブにソプラについての調査報告書を読ませた。クレイブの記憶は、記憶を失っていた三年間のぶんもきっちり残っているらしい。その記憶と報告書を読んだすり合わせをしたクレイブの怒りたるや凄まじかった。


 もとをただせばクレイブ自身の不注意が発端だし、ソプラが彼の恩人であることには違いはない。ただそれを考慮したところで、ソプラのしたことは到底許せるものではなかった。


 心情的にももちろんだが、法的にも彼女が許される要素はないだろう。


 クレイブを呼び出すにあたり、どのみち彼の記憶は戻る予定だったため、今日の来訪は両親とともに行われている。その間ソプラは次期侯爵夫人としての勉強の名目で侯爵家に残されていた。

 ユーフィリアのお茶会で彼女の立場についてこれでもかとわかりやすく示したというのに、彼女は以降も特段考えを改める気はなかったようだ。ただ、後継者の問題については思うところができたらしく、レアリナを引きあいに出されるとひどく噛みつくようになったとか。

 情緒不安定な部分は見られるようになったがそれだけだと聞けば、酌量の余地などどこにもないだろう。だからこそクレイブも憎悪と怨恨を揺るぎなく向けているのだから。


 ……まあ、愛しの夫人との間に子ができていたことも知らず、その子の出産にも立ち会えなければ、三年もともに過ごす機会を奪われたのだ。怒りも憎しみも一入でも仕方ない。


 ちなみにリリアとクレイブの対面はソプラの件が片付いたら落ち着いて、となったので、クレイブはさっさとこの件を片付けたくて仕方がないようだ。レアリナとておなじ心境ではあるのだが、さっさと片付ける手段としてひと息に斬り捨ててしまえばとまで考えが飛躍したクレイブを宥めることは抜からなかった。

 それでも一応恩人であるし、なによりそんなことで手を汚してほしくはない。


 ソプラの断罪は裁判所を通しても……ということではあったが、それだと刑が決まってしまうので、まずは関係者ではなしあうことに決めた。ほかでもない、レアリナの意向だ。


 そんなわけで、レアリナとクレイブ、クレイブの両親はアライドフィード侯爵家へと戻ることになった。リリアはその間王城で面倒を見てもらうことになったのだが、レノンに懐いていたためすんなり受け入れていたことは、いまはまだクレイブには秘密だ。

 ちなみに、レアリナ付きの専属侍女シズクは当然のようにレアリナについている。



「お久しぶりですわね、ソプラさん」


「! あ、あなたは……。な、なんで⁉ なんで前妻なんかがここにいるのよ! もうこの家と関係ないでしょ⁉ さっさと出て行きなさいよ!」



 アライドフィード侯爵家の応接室。最初にソプラを通した部屋とおなじそこに再び案内されたソプラは、中にレアリナの姿を見つけるなり挨拶もなにもすっ飛ばして声を荒げる。

 瞬時に殺気立った夫を手で制して、レアリナは揺るがない微笑を張りつけたままソプラに正面のソファを勧めた。さんざん泣いて腫れぼったくなった目は治癒魔法で治してもらってある。

 わずかな間とはいえ、あからさまな強い殺気を受けたソプラは、それを収めたとはいえ敵意を剥き出しに睨みつけてくるクレイブに当惑している様子。さらにいえば、座っている場所も前回とは違う。

 レアリナの隣にはアライドフィード前侯爵夫人ではなく、クレイブが座っている。前侯爵は前回同様の場所で、夫人は彼の正面のひとりがけのソファに腰かけていた。



「な、なんでレンがそっちに……」


「俺をそんななまえで呼ぶな」



 鋭く、そして冷たく。はっきりと嫌悪を乗せて吐き捨てられ、びくりとソプラの肩が跳ねる。



「もしかして、記憶が……」


「ソプラさん、そちらにおかけになってくださらない? はなしが進みませんわ」



 やわらかな口調ながらも、有無を言わさぬ圧力をかけてレアリナに再度促され、反射的に不服を抱くも、レアリナ以外の三人から鋭い視線を向けられてソプラはおとなしくソファに腰かけた。



「さて。あまり時間もかけたくありませんので、早々に本題に入らせていただきますわね。ソプラさん、あなたには早急にこの邸から出て行っていただきたいの。慰謝料も請求いたしますから、生涯をかけてきっちりお支払いくださいませ」


「……は? え、はあああっ⁉ 慰謝料⁉ なに言ってんの⁉」


「まあ。ご自分のなさったことへの理解が及びませんの? わたくし、きちんとあなたのことをお調べしましたのよ。あなた、わたくしやアライドフィード侯爵家を謀りましたわね?」


「た、謀ったってなんのことよ?」


「そうですわねえ。まずは旦那さまの捜索について。知らなかったということがうそであること、意図的に旦那さまを隠していたこと、ともに裏付けがとれておりますわ」


「そ、そんなはずないわ! だってわたし、ほんとうに知らなかったもの!」


「あらまあ。すこし調べればすぐにわかってしまうようなうそを吐いては、余罪を増やす一方ですわよ? すくなくとも、村のかたには口裏をあわせてもらうことくらいはするべきでしたわねえ。ああ、村八分とやらはうそではなかったようなので、難しかったのでしょうけれど」



 ソプラの暮らしていた村はクレイブが落ちた崖下の川沿いにあるということもあり、捜索願いの貼り紙は多めに貼らせてもらっている。乗合馬車の待合所ももちろん、各商店や宿にも貼ってあるのだから、あの村で暮らしていて一度も目にしていないのはさすがに無理があった。完全自給自足であればまだ可能性はあるかもしれないが、その貼り紙を貼ってある商店に彼女が訪れていたことは証言がとれているし、なにより彼女がクレイブの捜索をしている騎士に何度か声をかけられているところも目撃されている。その村を担当した騎士の中には、彼女に声をかけたことを覚えていたものもいたのだ。あまりにも杜撰すぎるうそだったといえるだろう。



「そしてなにより……あなたの連れてきたこどもは、旦那さま……クレイブ・アライドフィードの子ではありませんわね」



 きっぱり言い放てば、ソプラの両目が思いきり見開かれる。貴族としてそうも容易く感情を露わにしてはならないと真っ先に習っただろうに、彼女にはかけらも身につかなかったようだ。



「な、なにいって」


「お気をつけなさい。あなたは、すでに多くの選択を誤っているのよ。自らの選択による責任は、自らでとるしかありませんわ。よろしいこと? 貴族家の簒奪……あなたにはお家乗っ取りと言ったほうが理解がしやすいかしら。それを企てたとなれば、当然、極刑しか道はありませんわ。重罪ですもの」


「お家乗っ取り、なんて……わたし、そんなこと……」


「アライドフィード侯爵家の血を引かぬものがアライドフィード侯爵家を継いだとなれば、当然そうなりますわ。アライドフィード侯爵家の血筋が途絶えることになるのですもの」



 昨今の風潮として、そこまで厳しい血統主義の傾向は薄れてきてはいる。けれど当然、一滴もその家の血が流れていないものを貴族家当主に据えられるわけはない。アライドフィードという名さえあればいいというものではないのだ。


 王家はもちろん、貴族家の簒奪者は、貴族であれ平民であれ極刑一択の重罪人と処される。いまも変えられることのないその法により、それだけ重く見られる罪なのだ。


 レアリナのことばを受け、自分がしたことの大きさを思い知ったのだろう。顔色を悪くしたソプラはくちをつぐむ。けれどそれでもクレイブの子ではないと告げることはしないあたり、往生際が悪いとしか言えないだろう。

 レアリナは彼女の持つソプラについての報告書の一部、彼女の子についてのものをテーブルに置いた。



「……父親を捜すのにすこし時間がかかってしまいましたわ。いくら村で冷遇されているからといって、たまたま訪れた旅人を相手になど、自身の身を顧みないにもほどがありますもの。もっとも、旦那さまと似た色を持つかたでなければ意味がないとわかるくらいには頭が働いた証左かもしれませんけれど」



 記憶を失おうともクレイブが守った一線。それは、彼の意志では決してソプラを抱いたりなどしなかったこと。


 そもそも記憶を失っていた間も、クレイブがソプラに……半ば閉じ込められていたので、ほかの人間を知る由もなかっただろうが、どうあれだれかに恋情を抱くようなことはなかったらしい。自分がだれで、どこへ帰るべきかもわからない中、それでも帰らなければという焦燥感だけは強く身を焦がし、けれど恩があるからとソプラたち親子を放っておけずにどこにも行けなかったのだとクレイブは言っていた。

 ソプラたち親子はそんなクレイブの義理堅さにつけこんで、恩を笠に着てクレイブを軟禁まがいの目にあわせて機をみていたようだ。


 本来なら、記憶を失ったクレイブを献身的に支える健気な少女という体で、ソプラと恋に落ちる予定だった。そこからなし崩し的に行為に及び、子をなしたら堂々と侯爵家へ向かう予定だったと吐いたのはソプラの父親。調査が彼に及ぶのは当然で、死なせるつもりはないが、そうならずとも吐かせる手管など数多持ち得ているシズクの部下たちにより、彼を拘束、情報を吐かせるまではそうかからなかった。

 娘を庇う気持ちは強かったし、共犯にも違いなかったが、それでも一応罪悪感も抱いていたのか、最後には申しわけなかったと謝罪もくちにしていたと聞く。それでレアリナが許すかといえばそんなわけはなく、現在彼には監視がつけられ、ソプラとともに裁かれる日を待っている。


 情報を集めきるまでに時間がかかってしまったのは、子の父親を見つけることにでしかない。

 とにかく、いつまで経ってもソプラに落ちなかったクレイブは、なんなら薬を盛られても彼女を抱かなかったらしく、業を煮やした彼女がクレイブに似た色を持つ存在を見つけ、そちらで妥協することに決めてからは、寝ている間に裸に剥かれて彼女とひとつベッドに押し込まれる工作をされたらしい。

 記憶は一切なかったが、そういったことがあったと押し切られ、そのうえでこどもができてしまった以上、自分のこどもではないと否定はできなかった。それゆえにクレイブはソプラに強く出ることもできず、かといって彼女の子に情を抱くこともできず憔悴していたらしい。


 帰ってきた当初、終始俯いて顔も上げられずにいた理由はそのあたりにあったようだ。


 レアリナが王城に戻っていた間、当主の勉強をしながら父に問われ、ありのままそうこたえたクレイブのはなしはレアリナにも届けられていた。だからこそ余計にレアリナはクレイブを信じ続けていたのだ。



「受けた仕打ちを許せなかったにせよ、取った方法は悪手でしたわね」



 テーブルに置かれた報告書に書かれた文字の半分も、ソプラは読めない。ここに来て多少勉強はしたけれど、しっかり身につくにはまだまだ時間がかかる。だけど、それでも、その報告書が証拠としてしっかり機能することは理解できたし、自分が企んだすべてはもはや露見していることも理解できた。


 もう、終わりだ。


 道半ばであること。その要因のひとつが、クレイブが自分に落ちなかったことであること。そして目の前で涼やかに微笑を崩さないこの女は、ソプラが憎んでやまない貴族のひとりであること。


 ぜんぶ、ぜんぶ。気に入らない。納得がいかない。腹が立つ。恨めしい。



「あんたに……あんたになにがわかるのよ⁉ わたしは知らなかったって言ってるのに、聞き入れもしないで権力振り翳してひとの人生台無しにして! そんなに貴族って偉いわけ⁉ なにしても許されるわけ⁉」



 村人だって、それまではちやほやしていたくせに、権力に媚を売ってあっさりてのひらを返した。そうして与えられた屈辱を、ソプラは決して忘れない。

 見返したい。おなじ目にあわせたい。屈辱を与えたい。されたことを返して、いったいなにが悪いというのか。

 クレイブから向けられる殺気も気にならないほど頭に血が昇ってレアリナを睨みつけるソプラに、だがレアリナの微笑が揺らぐことは微塵もなかった。



「それ、わたくしたちになにか関係がありますの?」


「…………は?」


「確かに、あなたの受けた仕打ちには同情の余地があるでしょう。けれど、あなたがそうなるよう仕向けたのはわたくしたちではありませんし、無関係ですわよね?」


「なに言って……そんなの! おんなじ貴族なんだから、関係ないわけないでしょう⁉」


「ではあなたから受けた仕打ちの腹いせに、無関係の平民のかたに平民だからと咎を負わせて構わないと?」



 確かに貴族は権力を有するがゆえ、その身に負う責は平民より重い。けれどいち貴族が個人で行ったことを、別の貴族が……ましてやおなじ傘下でもない貴族家の問題を背負ってやる道理などない。



「わたくし、大事な旦那さまを三年間も奪ったあなたがたを許して差し上げる気は毛頭ありませんの。アライドフィード侯爵家として、あなたがたから受けた所業を正式に罪として告発します。あなたがたが一生涯働いても返せない慰謝料や賠償金が発生するでしょうから、どうぞ生涯、労役に精を出してくださいませね」



 これではなしは終わり。変わらない笑みをもっての宣告に、ソプラは喚き散らしてレアリナに襲いかかろうとさえした。余罪を増やしてどうするのかと内心呆れながらも、あっさりシズクに取り押さえられて引き摺っていかれた彼女に、その姿が部屋から消えてから溜息を吐く。



「本当にこれでよかったのか?」



 傍らからの問いかけに不満の色を感じて、レアリナは苦笑を浮かべる。納得してないのはクレイブのほうだろうし、ほかにも兄やユーフィリアはもちろん、レアリナの父や義父もだろう。ただ、母や義母はそこまででもないのではと思っている。




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