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同情しかない、らしい


「それで? 同情の余地を見出して、絆されてあげるつもりなのかい?」



 王城にある中庭の隅の東屋にて、さきほどまで目を通していた紙の束をテーブルの上に置き、くちもとに笑みを刻んでレアリナの兄が問う。


 エヴィディオ・ラ・ヴィオ・ビスタリア。ビスタリア王国第一王子にして王太子であり、レアリナの実兄。レアリナとおなじ色味を持つ彼は、表面上温和に見える笑みを崩すことなく妹を見つめる。


 ちなみに、この国の〝ラ〟は、直系王族を示し、臣籍降下や降嫁などをした王族はそれが〝リ〟に変ずる。ユーフィリアのように〝ルツ〟を名乗るのは王族に嫁入りなどをした場合。そして〝ヴィオ〟は男性、〝ヴィア〟は女性を示す。


 兄のことばを受け、レアリナは紅茶をひとくち飲んでから、にこりと笑みを返した。



「まさか。私の大事な我が夫君に手を出して、許す要素などかけらもないよ」



 なにを当然のことを、とばかりにさらりと返す妹に、兄はだろうねとひとつ頷く。



「……ユーフィリアがお茶会に呼んであげたらしいけれど、ただ不勉強を指摘して教授を施してあげただけのようだったから、そういう方向に動くのかと思ったよ」


「おや、兄上は陰湿なのがお好みかい? 残念ながらユフィはとてもこころやさしい女の子でね。いじめや苛烈な仕置きには向かないんだ」



 紅茶をかけたり、足を引っかけたり。そういう陰湿ないじめや、あまりにひどい暴言を浴びせまくったりなどできる性格にはない。彼女はただ、身の程知らずのものに、置かれている立場と状況を知らしめただけだ。それで「やってやりましたわよ、お義姉さま!」と胸を張る姿のなんと愛らしいことか。

 どこぞの腹黒王子にはわからないだろうけれどね、と、あてこするように言われ、エヴィディオは肩を竦める。



「まあ、これで、自分がいかに無謀な願いをくちにしたか身に沁みて、自らその願いを撤回すればかわいいものだけれど……。三年もかけているから退くに退けなくなっているようだね」


「退いたところで許しはしないだろう?」


「ふふ。三年も奪われているからね。相応の礼はしたいに決まっているさ」



 一瞬剣呑に輝いた双眸を見逃さず、エヴィディオは内心で苦笑をもらした。手を出した相手が悪かったとしか言えないな、と、テーブルに置いた紙の束を見やる。


 それは報告書だ。クレイブを拾って癒したという、恩人の娘の。


 レアリナはアライドフィード侯爵家を出てくる際、同時にシズクを介してその娘の周辺調査を指示した。シズクは王家の影の出身だが、レアリナの結婚と同時にともにアライドフィード侯爵家へとついていってしまった。その際、シズクが育てた彼女の部下たちもともにアライドフィード侯爵家へと移っている。シズクの部下たちはシズクの教育のもと、レアリナの個人財産で雇っていたのだから当然といえば当然か。アライドフィード侯爵家に移ったとはいえ、彼らの主人はあくまでレアリナ個人なのだから、王家としてもくち出しはしていない。


 ちなみにシズクは王家が雇用主だったが、レアリナの結婚とともに正式にレアリナが主となった。


 クレイブの恩人の娘の調査はシズクの部下たちが行い、その結果がその紙の束である。



「それはそれとして、王家としても見直すべき点が見つかったことはよかったじゃないか」


「そうだねえ。どうしても目が届かない部分があることは否めないけれど、目についてしまった以上は手をかけないとかな。レアリナの機嫌を損ねると大変なことになるし」


「おや、私を引き合いに出すのかい? 聡明な次期国王陛下となられる兄上が、国民に寄り添うために対策を考えるのだとばかり思っていたよ。おあつらえ向きに試行できる場所が王家の手もとに届くだろうしね」



 わかっていたことだが、どうやら妹はこの件に関わったものは、レアリナたちへと実際に手を下した本人以外も許す気はないらしい。

 調査結果により、恩人の娘の行動の原因に、彼女の暮らしていた村や、そこを治める男爵家が関わっていたことが判明した。つまり、そのすべてがレアリナの逆鱗に触れたことになる。


 余計なことをしたものだ、と、かの男爵家にはエヴィディオも辟易するが、実際こうした件は明るみにこそ出ないけれど、珍しくもないことは承知していた。放置していたわけではないが、黙認していた部分もあるのは問題を軽んじていたからというわけではない。今回明るみにされたのは男爵家だが、それが高位貴族に及ばないとは言えないのだ。


 庶子の問題はいつだって頭を悩ませる種になるし、そのへんを取り締まるのもなかなかに容易ではない。階級制度により割を食うのはどうしても平民で、それをどうにか公正にという法の整備も、王家の一存だけで容易にどうにかできるものではないのだ。

 妹がなにをするつもりかは察しがつくが、その後の処理をすべて押しつけてくるのはいかがなものか。……確かに、娘が生まれていることさえ知らないクレイブを思えば同情もするが、増える仕事を思えば頭痛を覚えるのは否めない。


 まあ、うん。クレイブが見つかったことは、こころからちゃんとよかったと思っているけれど。


 エヴィディオは吐いて出そうになる溜息を紅茶で押し流す。そうしたところで愛らしい声が弾けた。



「おかあさまー!」


「あら、リリア」



 侍女を連れ、こちらにかけてきたのはレアリナにとってかわいい愛娘であり、エヴィディオにとってはかわいい姪である。ちいさなからだを懸命に跳ねさせてレアリナのもとまで駆け寄ってきた彼女は、そこにエヴィディオの姿を見つけると、まだたどたどしいながらもカーテシーを披露した。



「おじさま! ごきげんよう!」


「うん、今日も元気そうでうれしいよ、リリア」


「えへへ。ありがとうございます!」



 にこにこ。天使の笑顔を向けられたエヴィディオは内心で悶絶し、ああ本当にかわいいなあ、などとおじバカっぷりを発揮する。ちなみにエヴィディオにも今年生まれたばかりの男児がいて、それはそれで親バカっぷりを見せていた。



「どうしたの、リリア。レノンお兄さまが遊んでくださっていたのではなかったかしら?」


「うん! あ、じゃなくて、はい! あのね、リリアね、おかあさまにおねがいしにきたの!」


「お願い?」


「はい! リリア、レノンおにいさまのおよめさんになりたい!」


「なんだってっ⁉」



 身を乗り出して興奮気味に宣言するリリアに、親であるレアリナよりも先にかつ動揺も露わにエヴィディオが声を上げた。そしてそのまま絶望したとばかりに両手で顔を覆って天を仰ぐ。



「ああ……なんということだ……。リリアが……かわいいリリアが、嫁だなんて」


「……お兄さま。王太子殿下としての威厳がお留守になってしまっておりますわよ」


「いいんだ、いまは……いまだけは……」



 あからさまに呆れた視線をあえてぶつけてくる妹もなんのその。茫然とつぶやいたエヴィディオは、そこではっとした様子で顔を戻す。



「なんていう……なんていうことだ……! クレイブは愛娘の誕生の件だけでなく、〝初恋はお父様〟まで奪われてしまったのか……! よし、わかったよレアリナ。今回の件はさすがに私も全力であたると誓おう」


「……まあ、ありがとうございます、お兄さま」



 なんだ初恋はお父様って。私は言った覚えなんぞないぞ、という内心は押し込め、若干雑になっている自覚はある礼を告げておく。

 ひとりなにがなんだかわからないリリアは母の腕の中でかわいらしく首を傾げる。そんな彼女を抱きしめながら、ひとまずオーフィリナとはなしでもしようかとレアリナは兄を思考からシャットアウトした。




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