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いついつまでもという、約束


 そして結局纏まることになったレアリナとクレイブの婚約。幼少時からクレイブをよく知る兄は、レアリナがクレイブから求婚された旨を伝えた際には驚きのあまりにかたまってしまったほど。一貫して真面目一辺倒な彼が、まさか自ら女性……しかも自分の妹である王女に愛を告げるなどとてもではないが信じられるものではなかったと、婚約が調ってからも度々言われた。


 男女の機微というか、情緒というか……おおよそそういうものとは無縁に思えていたクレイブなだけあって、兄としては婚約者などというものを持つことも想像できなければ、紳士としての応対をしている姿も想像がつかないなどと失礼なことを言っていたが、杞憂でしかなく。クレイブは婚約が調う前から、そしてもちろん調ってからも、実にまめまめしい男性だった。



「姫様。こちらまたアライドフィード令息からいただきました」


「おや。これはまた……ご令嬢がたに人気のタルトだね? ではクレイブの休憩時間にでもともにいただこうか」


「はい。お伝えしておりますので、時間を見てご用意いたします」


「うん、ありがとう、シズク」



 なにかあっても、なにもなくても。こうして細々となにかしらを贈ってくれる彼は、菓子類などならリサーチを欠かさない。貴族令嬢の間で噂になるものを調べ上げるその手腕に、まさか仲のよい女性でも……と思いもしたが、どうやら母親やアライドフィード侯爵家の使用人たち、それから新聞の特集記事をくまなくチェックしてのことらしい。


 姫様が男性のそういったところを気にするようになるなんて、と、シズクに感慨深そうに言われたときに、自身のこころの揺れ動きに気づき動揺したレアリナは、できるだけ澄ました態度を装って、婚約者だからねと返したけれど、それがシズクに通じたとは思っていない。


 花ならば季節の折を考慮して。大輪のものより小ぶりな花のほうが好ましく思うレアリナの好みと、好きな色味を外さない選択を。ものであるなら、贅を好まないレアリナに配慮し、できるだけ日用品を、そして落ち着いたデザインをと気を遣ってくれる。


 もちろん、誕生日等のイベントやパーティなどのときはドレスや装飾品を、きっちり彼の色で手配してくれた。エスコートはもちろん、できうる限りぴたりと張り付いて細やかな気遣いをみせてくれる。……まあ、挨拶まわりなどではちょっと不安な部分もあるが、そのあたりは常に勉強をしてくれているようだし、レアリナのフォローで充分賄えた。レアリナ信者のご令嬢がたに目の敵にされているのは、さすがのレアリナのフォローでもなかなかどうにもならないが、当のクレイブはどこ吹く風。レアリナしか見えていないので構わないと宣われた日にはなんて返したらいいかわからなくなってしまった。


 それはもう、全角どこからどう見ても溺愛まっしぐらな態度とことばとに、さすがのレアリナも落ちるまでそうはかからなかった。


 時間をつくってはできる限りクレイブと過ごすようになったし、細やかな贈りものを欠かさない。あまり好きではなかった刺繍も、好きではないというだけでそつなくこなせていた彼女は、クレイブに合うものをとあれこれ手の込んだデザインをハンカチなどに刺してはプレゼントしていた。



「まさか姫様にこのような恋する乙女の一面が現れる日が訪れるとは夢にも思っておりませんでした」



 とはシズクの談。ついでに父や兄、弟も全力で同意し、母だけは信じていましたよとなぜか泣き出す始末。日頃どういう目で見ていたのだと問いかけたくもなったが、正直、レアリナ本人がいちばんシズクの談に同意しかなかったので黙っておいた。

 終着地点などないとばかりに仲睦まじすぎるほど仲睦まじくなっていくレアリナとクレイブ。はじまりがはじまりゆえに不思議ではないのだが、時折手合わせに興じることもあるのがほかの婚約者たちとは違うところだと思うが、それ以外は多くの婚約者たちの憧れにもなっていた。


 クレイブ個人は目の敵にされていようと、それはそれだ。


 レアリナもクレイブも、お互いにほかに目移りをするような性分ではなく、また、このふたりに横やりをいれようなどと無粋な真似をする輩もなく……レアリナを幸せにしなかったらぶちのめすといった、ご令嬢がたからの叱咤激励はあり余るほど受けたにせよ、だ。ともかく、ふたりは順調に仲を深め続けていき、なるべくしてその日も迎えたといえる。







「……いまにして思えば、はじまりのアレは女性に対してありえなかっただろうか」



 夜会の途中。ふたりで抜け出したバルコニー。満天の星空の下、見下ろせば中庭の噴水が月の光を浴びてきらきらと水を弾けさせるそんなシチュエーション。完璧なまでのそこは、まるで恋人同士の逢瀬のためにこそ設えたかのよう。

 あからさますぎるそこは、自分たちにはあまりそぐわないのではとレアリナは思っていた。気恥ずかしさも勝る。

 けれどいざここにクレイブと……自身の最愛と並ぶと、なんだか胸が一層高まる気がするのだから、自分も案外女だったのだと思い知った。


 気恥ずかしさは残る。けれどそれは……存外、いやなものではなかった。



「どうだろう。ご令嬢たちなら、そう言うかもしれないね。かくいう私としても、さすがに想定外ではあったけれど」



 ふだんのレアリナならば、ここで個人に戻ったりなどしない。抜け出してきているとはいえ、夜会に参加している身であることに違いはないし、だからこそ王女であることを崩すべきではないともわかっているのだから。


 けれど、いまは。いまこのときは、これが正しい。……いや。



 レアリナ自身が、レアリナでいたいのだ。



 なにかを示しあわせたわけではない。だから今日いまここで、なにか特別なことがあるとも聞いていない。ほかの夜会でわずかばかり抜け出したことがないわけでもないし、そのときはきちんと王女としての自分を崩してはいなかった。


 だけどなぜか今日は、今日いまこのときだけは。レアリナは、ありのままにいることを選んだ。


 そんなレアリナの返答に、クレイブはすこしだけ目を見開いたあと、ふっと笑う。レアリナの前でこそ表情豊かに変じて見せる彼は、けれどほかの一切で無表情を揺るがせない。家では多少マシだと聞いたが、それでもレアリナの前ほど豊かになることはないと彼の両親も驚いていたことを思い出す。

 それはレアリナの特権。彼の多くを知ることができるのは、レアリナだけなのだと思うと、なんだか面映ゆくてうれしくて……誇らしいような気までする。



「レアの想定外の行動がとれたなど、むしろ誉か」


「おや、買い被ってくれるね。あのときからずっと、あなたと築く日々は想定外のことばかりだけれど?」


「はは。それはお互いに恋愛方面の知識も経験もないからだろう」


「確かに。せめて恋愛小説でも読んでおくべきだったかな」



 令嬢たちのお茶会などにはよく招待されるレアリナなれど、そこでの話題は概ねレアリナのこと。流行りものの菓子や装飾品のはなしもあるし、レアリナが領地の状況などを尋ねることもあったけれど、婚約者とのあれこれを聞くことはなかった。レアリナが婚約を結んでからはそれを嘆くことが増えたくらい。

 レアリナ信者の令嬢たちは、クレイブ自身に対する当たりはきついが、レアリナに彼の悪口を吹き込むなどといったことはしないし、なんだかんだとレアリナのしあわせこそを応援してくれているので、婚約を解消したほうがいいなどといった提言をすることもない。レアリナ的にはいい子たちばかりなのだ。



「でも……わたしはあのはじまりを、悪いものだとは思わないよ。むしろ私たちらしくてよかったんじゃないかな」


「そうか。……そうだな」



 貴族令嬢とて護身術を学ばないということはない。けれど、レアリナほどがっつり武術にのめり込むとなるとはなしは変わる。まあ、騎士の家系の令嬢ならないとは言えないかもしれないが、それでもあんなかたちで婚約がはじまったというはなしはほかに聞いたことはない。

 穏やかに、そしてどこか楽しそうに微笑するレアリナに、クレイブも笑みを深める。



「はじまりはあの手合わせだったが、あれから婚約者としてあなたと日々を過ごすうち、あなたが見せてくれるもっと様々な、もっと多くの面に惹かれていった。それは、いまもずっと増え続けている。……あなたと、レアと、婚約が許されたこと、本当に感謝しているんだ」


「クレイブ……。……うん、私もだ。私も、あなたが見初めてくれて、私を選んでくれてよかったとこころから思っているよ」



 そっとレアリナの手を取り、クレイブが跪く。その指先にくちもとを寄せ、そうして見上げてくる翡翠のまっすぐなまなざしに、あの日の彼の姿が重なった気がした。




「レア。レアリナ、あの日の願いを再びあなたに。どうか、俺にあなたの隣を歩ませてください。これから先もずっとあなたと生きていきたい。俺のすべてを捧げるから、あなたのすべてを俺にください」




 込み上げてくるこれは、なんなのか。彼といると胸が締めつけられて苦しくて、焦がすように熱かったり、どこまでもやさしくあたたかかったりする。それが恋なのだと、ゆっくりゆっくり全身に、こころにまで沁み渡らせてきたレアリナにも、持て余すほどの激情。



 なんと銘打たれるものなのかなんて、そんなもの、いまは些末だ。なんでもいい。ただ、ただいまだけは、衝動のままに。



 レアリナはぎゅっと、クレイブの頭を抱えるように抱きしめる。




「ああ、ああ……! もちろんだとも! ともに歩もう、クレイブ。いついつまでもだ」




 王女である自分の価値と、活かす方法をレアリナは幼いころから知っていた。だから婚姻などそのための手段に過ぎないし、そうでなければならないともわかっていた。

 思いがけず女性を中心に強い影響力を持ちすぎてしまったがゆえに持て余されてしまうことになっていたが、それでもいずれは父王の決めた相手と縁を結ぶことになるのだろう。

 そう思っていたし、それに不満もなかった。だからこそ恋愛に興味を抱くこともしなかったし、関心も寄せなかったというのに。


 まさか、こんな。愛や恋などといったものを得て、それを育んでいけるようになるなんて。


 ゆっくりと立ち上がりながら、改めてぎゅっと抱きしめてくれる最愛のひとの腕の強さとぬくもりを噛みしめるように、レアリナはひたすらにクレイブを抱きしめ返す。


 このぬくもりをいつまでも。いつまでだって、ずっと。その願いも、いまのふたりのようにぴったりと重なり続けていた。





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