義妹もとても熱愛してくれています
生きていることを信じ、待ち続けた夫とのある種衝撃の再会を果たしたレアリナは、その足でそのまますぐに実家に戻った。といっても実家が実家なので一応先んじて早馬で事情だけはさっくり伝えておいたのだが。
まあ、いつ何時帰ろうが歓迎されるだろう自覚はあるので、実家の家族のことはなんの問題もない。問題なのは、レアリナがいなくなったアライドフィード侯爵家だろう。三年間当主代理と女主人を両立して務めあげてきたレアリナが抜けた穴が大きい……というわけではなく、まあ、それはそれでまったく影響がないわけではないが、そこは前当主夫妻に任せればいいとして。記憶がないというクレイブがどこまで役に立つかわからないし、恩人だという女性……ソプラと名乗った彼女のほうは一切役になど立たないだろう。彼らの面倒を見ることにこそ手間を強いられるというのが問題だ。それでも侯爵夫人の座を欲したのはソプラなる女性なのだ、彼女に関してはせいぜいがんばればいいとしか思わない。
割を食ってしまっただろう義母を思うとかわいそうにも思えるが、こればかりは仕方ない。記憶が戻ったら存分にクレイブに当たればいいのではなかろうか。
馬車に揺れ辿り着いた実家で真っ先に出迎えてくれたのは両親や兄や弟ではなく、弟の嫁である義妹だった。自他ともに認めるレアリナだいすきな義妹は、レアリナの義妹になれるからという理由で弟の婚約者に立候補した筋金入りである。ちなみに夫婦仲は良好だが、それでも優先順位はレアリナに偏るらしく、しばしば弟から妬みじみた愚痴が入ることもあった。
「お義姉さまっ! お待ちしておりましたわ! さあ、早く! 早くこちらに!」
「ちょ、ちょっと、ユフィ。はしたないわよ」
飛びついてくる勢いで出迎えてくれた明るい金髪と大きな緋色の目が特徴の義妹は、ユーフィリア。そのうしろから諫めるように声をかけるのは彼女の実の姉であるオーフィリナ。隣国ゴルトンの王太子妃である。
「まあ、オーフィリナ殿下。お久しゅうございます。ユーフィリア殿下も、ご機嫌麗しゅう」
「ええ、お久しぶりですわ、レアリナ様」
「レノン殿下も、お久しぶりにございます。大きくなられましたね」
「お久しぶりです、レアリナ様。それに……えーと……」
オーフィリナのすぐそばには、まだ十にも満たなそうながらも、整った顔立ちの少年の姿があった。彼はオーフィリナの息子で、オーフィリナやユーフィリアとおなじ色味を持つ。二日ほど前からこちらに滞在しているというはなしは聞いていたが、レアリナも多忙の身。今回は会えないかと思っていたところの邂逅だ。理由が理由だけによろこんでばかりいていいものかと思えなくはないが、とりあえず既知に違いないし、なんなら義妹の繋がりで仲もいいので素直に笑みを交わした。
そんな中でオーフィリナの息子、レノンの視線がレアリナのうしろに向けられる。そこにはくりくりとした海色の双眸を持つ美少女が、レアリナのドレスの端を握りしめ、半身を彼女の背に隠しながら様子を窺うように顔を覗かせていた。深緑のリボンで纏めた緋色の髪がさらりと揺れている。
レアリナがそっと彼女の背を支えれば、おずおずといった様子で前に出てきた。
「あの、えっと、リリアです」
「まあ! リリア様⁉ 大きくなられましたね!」
「ええ、ええ! さすがお義姉さまのお子さま! とっても美人でしょう?」
前回の対面時はまだ生まれて間もないころだったので、オーフィリナのことばはわかる。おなじことをレアリナも彼女の息子に告げたばかりであるし。
だが、なぜユーフィリアが自慢そうに胸を張るのか。
とりあえずへらりと笑うリリアは、三歳を前にしてすでにあしらうことが得意となってしまうのかもしれない。
「ああ、そうだわ。レノン、すこしの間、リリア様と仲よく遊んでいてくれないかしら?」
「はい、わかりました、母上」
「まあ、そんな。レノン殿下に子守など……」
「いえ、私がリリア嬢と仲よくなりたいのです」
「あら。それでしたらお願いしてもよろしいかしら」
「はい。お手をどうぞ、リリア嬢」
幼くしてすでになかなかの紳士ぶりを発揮するレノンに、レアリナは内心で感嘆する。そして戸惑うように差し出された手と母とを交互に見やる娘に、にっこりとほほえみかけた。
「お兄さまが遊んでくださるそうよ」
「! おにいさま……!」
長女でありレアリナ唯一の子であるリリアは、兄ということばに顔を輝かせると、そのままきらきらとした表情をレノンに向け、差し出された手をぎゅっと握る。そのちいさな手のぬくもりと、きらきらとしたまなざしに、レノンの頬が若干赤く染まった。
そういえば、レノンもオーフィリナ唯一の子だ。一応腹違いのきょうだいはいるが、そのあたりのいいはなしは隣国にない。家庭環境で苦労しているであろうレノンにとって、まっすぐに兄と慕ってくれそうなリリアがいい影響を与えられればいいのだが。
そんなことを考えながら、侍女たちに連れられ去っていく我が子たちを見送る。
「素敵な子に育ちましたわね、レノン殿下」
「ええ、ほんとうに。ありがたいことですわ」
このまま父親に似ずにいてくれたらいいのだけれど。そんなこころの声が聞こえてきそうなオーフィリナのつぶやきに、今回のこちらへの滞在の裏側が見えたような気がした。
「もう! お義姉さまたちっ! いつまでわたくしを仲間外れにいたしますの⁉」
「あ、ごめんなさい、ユフィ」
「お義姉さまも! リリアちゃんもいないのだから、いつもどおりがいいですわ!」
「ああ、うん、そうだね」
レアリナ・リ・ヴィア・アライドフィード。旧、レアリナ・ラ・ヴィア・ビスタリアは、ここビスタリア王国の王女として生を受けた。王族としてのマナー、教養、知識を余すことなく身につけていった彼女は、幼き頃は神童とさえ称されたほど。群を抜いた美貌もその頃からすでに表われ、多くのものが神に愛されているのだと信じて疑わなかった。
と、いうのはまあ、事実は事実だ。一応、誇張でもない。
けれど淑やかにほほえみ、多くを魅了する仮面を身につけた彼女は、実際のところ剣術や体術、槍術に馬術、弓術と、あらゆる戦闘的能力を磨くことのほうを好む、ちょっとお転婆な内面を秘めていた。……王宮の関係各位が総力を挙げて秘匿しようとしていたのだから、対外的にはちょっとで済んでいるはずだ。きっと。
だからというのも語弊がありそうではあるが、そんな彼女の素にはあまり王女らしさというか、令嬢らしさというか、そういうものは感じられない。そうは言っても王族には違いない。気品こそ溢れ出るものがあるので、所作や表情などに粗暴さなどかけらもないのだが、彼女はそう、どちらかといえば……というかどちらかなどというまでもなく、それはもう大変に紳士的だった。
令息の手を取るよりも、令嬢に手を差し伸べる。そこらの令息よりもよほど細やかな気遣いでもって令嬢に寄り添い、彼女たちの細やかな変化などを察しては抜け目なく褒め、そして甘やかな笑みを向ける。
これはもう、どうあがいても令嬢人気を一身に集めるに決まっていた。なんなら貴婦人人気さえ思うままだ。レアリナが王女であると知ってはいても、世の女性は揃いも揃って彼女に見惚れるほど。夫や婚約者たちの立つ瀬がない。
口調も兄に寄せたもののほうが自身にあっていたので公の場などでない限りはそういった喋りかたをするのだが、それがより女性からの人気を博し、年齢を重ねるごとに魅惑の美貌も愛らしさよりも美しさに完全に偏ったため、彼女に憧れる同性はあとを絶たない。……おなじ女性として、というよりも、どう見ても理想の恋人像を投影しているのではないかと男性陣は頭を抱えるばかりなのだが。
もちろん、王女が国の女性たちをある種掌握できている状況は、王家にとって悪いものではない。ないのだが、それはそれ。リリアを産んだレアリナは、父と兄にこれでもかと頼み込まれていた。
リリアを、ちゃんと淑女らしい淑女にしてやってくれ、と。
というわけで、レアリナは公の場だけでなく、リリアの前でもきちんと貴族女性らしい口調や振舞いをこころがけているわけである。
「それで、お義姉さま、まさか本当にその厚かましい泥棒猫に侯爵夫人の座を与えるわけではありませんわよね?」
第二王子妃私室。場所を移したそこで食い気味にユーフィリアに問われる。確かに早馬を出して先んじて概ねの状況を報せるようにはしたが、それにしても情報が早すぎはしないだろうか。まあ、熱心なレアリナ信者のユーフィリアなので、レアリナももう気にしないが。
「彼女はクレイブの恩人だよ。あまりな言いかたはしないであげてくれないか」
「なにを仰ってますの⁉ お義姉さまからあの男を盗ろうなどと、薄汚い泥棒でなくてなんだというのです!」
「うーん。ユフィはあまりクレイブを好ましく思っていなかったと思うのだけど。この状況、よろこばしくはないのかい?」
「まあ! ……それは……確かにあの男はお義姉さまを奪ったにっくき男ですけれど……。でも、それでもお義姉さまのお気持ちはわかっておりますもの。よろこんだりなどいたしませんわ」
「そうだね。ユフィはやさしい子だ。意地の悪いことを言って悪かった」
やわらかな微笑を向けて小首を傾げてみせれば、ユーフィリアは頬を赤らめくちびるを尖らせつつ視線を逸らした。
「も、もう。お義姉さまったら。そういうお顔は反則ですわ」
こほん、とひとつ咳ばらいをして、気を取り直したユーフィリアは先程よりも若干気勢を殺がれながらもまだ怒りを鎮めていない様子で続ける。
「お義姉さまがあの男の捜索に全力を賭したことも、規模こそ縮小はなさったけれど、それでもずっと諦めずに捜索を続けていたことも存じております。だからこそおかしいと思いませんの? 三年も気づかないなんて、そんなこと絶対にありえません。意図して隠していたに決まっています」
「まあ、そうだろうねえ。彼女がいたという村はクレイブが落ちた川に沿った場所にある。当時は大勢騎士の皆が向かってくれたし、いくら村から外れた場所に住んでいたといっても、まったく気づかないというのも不自然だ。彼女いわく、村八分にされていたから村人からも教えられなかったし、彼女とその父親も気づけなかったらしいが」
「なんて面の皮の厚い……!」
「ユフィ、ことば」
「だってオフィお姉さま! 腹が立ちますでしょう!」
「確かにわたくしも納得できることではありませんが、ここであなたが相手を罵ったところでなにも変わらないでしょう?」
実の姉であるオーフィリナに冷静に諭され、それでも納得がいかないらしいユーフィリアはぐぬぬと呻く。一応、ユーフィリアも隣国の公爵家出身のご令嬢で、この国の王子妃として嫁いできた身ではあるので、公の場で被る仮面くらいは用意できる。できるのだが、ことレアリナが関わるとなると顕著になるが、身内の前では直情的な面が露わになりやすかった。
「ありがとう、ユフィ。私のためにそこまで怒ってくれて」
「お義姉さま……。だってこんなの、こんなの、ひどすぎます。お義姉さまは三年も待ち続けていらしたというのに……」
三年。過ぎてしまえば短かったと言えてしまうかもしれないその年月は、けれど確かにとても長いものだった。リリアがいてくれたからこそ乗り越えられたともいえるその年月の間、レアリナがクレイブを忘れたことなどひと時とてない。
レアリナとクレイブの婚姻は、確かに政治的絡みがないとはいわないが、それでも王族や貴族社会には珍しい恋愛により成り立ったものだった。それこそ、かなり熱烈な。
市井でも人気の高いレアリナと、人望厚いクレイブの大恋愛だ。その模様は劇にさえされて、いまなお大人気を博している。そのふたりの実際の様子を知るからこそ、レアリナのこころを慮るユーフィリアはくちびるを噛みしめた。
「……レアリナ様。クレイブ様の記憶はまだ……?」
「戻っていないようだった。……三年ぶりに会えたというのに、終始うつむかれて碌に顔も見えなければ、ことばを交わすこともできなかったよ」
「そんな……」
すこし躊躇いがちにオーフィリナに問われ、レアリナから苦笑が漏れる。ふだん凛と背筋を伸ばす姿ばかりを見せているレアリナが、他者にこれほど気落ちした姿を見せるのは三年前にクレイブの消息不明の報を聞いて以来だろう。その報を耳にしてすこしの間憔悴していた彼女は、けれどすぐにアライドフィード侯爵夫人としてしっかりと立ち上がった。……捜索を開始してすぐ、懐妊を知ったのも大きかったのだと思う。
お腹の子のためにも、夫が帰ってきたときのためにも、自分が塞ぎこんでいてはならない。そう、奮い立ったのだ。
取り繕ったようにも見せず、非の打ちどころなく侯爵代理と女主人をこなし、さらには出産を経て、忙しい中生まれたこどもも決して蔑ろにすることなく愛情を注ぐ。それはどれほどの労力と気力と体力を要したのか。周囲の手助けがあるからこそだと彼女は言うし、それは確かに事実だろうが、それでも。
そんな状況で笑みを崩さない彼女を、彼女のことを知るものたちが案じないはずがなかった。
だからこそ、その状況を意図してつくったのだとしたら……たとえそれが最初は偶然で、そこまで大変なことになるとは想像もできない平民がしたことであったとしても。許せることでは決してない。
レアリナは一度ちいさく深呼吸をすると、にこりとほほえむ。それはいつもの貴族然とした揺るがないものではなく、レアリナとして、親しいひとたちに向ける親愛の笑み。私は大丈夫だと、そう伝えるための笑みだ。
「記憶のほうは問題ない。取り戻させる手段はあるからね」
「なるほど、魔法師に頼むのですね」
「ならすぐに頼みましょう! 記憶が戻ればあの男のこと、泥棒猫などすぐさま放り出し、お義姉さまに赦しを乞うはずですわ!」
この世界には魔法と呼ばれる不可思議な能力がある。ごく限られた一部のもののみが使用できるその能力は、なにもないところから火を生み出したり水を生み出したり様々なことができ、中には怪我や病を治すことができるものもいた。
世界情勢に大きく関わることもあるため、世界的に厳しい制約や管理を義務付けられているそれは、魔石と呼ばれる魔法を留めておくことのできる鉱石を介し、魔道具として普及されているものもある。ものにもよるが、それなりに高価なものなので、一般庶民がそうそう手を出せるものではないが。
とにかく、その魔法の中に、失われた記憶を取り戻すためのものもあり、かつそれを行使できるものがこの国の王宮魔法師にいることは知っていた。だからそれに関してをレアリナが危惧することはなかったのだが、それを頼むにはひとつ解決しておかなければならない問題があるのだ。
「いや、しばらく様子をみるよ」
「え⁉ な、なぜですの⁉」
「……相手がこどもを連れてきているからね」
「……こども……」
そこまでは聞いていなかったのか、ユーフィリアもオーフィリナも揃って目を見開いてレアリナを見つめる。驚きにことばを失ったふたりだが、いち早くユーフィリアが我に返り、椅子を倒す勢いで立ち上がった。
その顔は憤怒をありありと描いている。
「あの男……っ! よくも! よくもやりやがりましたわね!」
「ちょ、ちょっとユフィ、落ち着きなさい」
「いいえ、オフィお姉さま! わたくしいまから泥棒猫ともどもあの男をぶちのめしに行ってまいりますわ!」
「おや、ユフィ。せっかく一緒にお茶をしているのに、私を置いて出かけてしまうのかい?」
「なっ、な、な、そ、それは、そうじゃなくて……いえ、だってお義姉さま!」
「うん、ユフィは本当に私のことを思ってくれていてうれしいよ。ほら、このイチゴをあげるから座っておくれ」
「う……お、お義姉さまからのいただきもの……! か、家宝ですわ!」
「食べてね。すぐに」
ユーフィリアのことだから本当に大事にしまってしまいそうな気がするので、レアリナはケーキの上に乗っていたイチゴをフォークで刺し、そのままユーフィリアのくちもとに差し出す。はい、あーん、などとちょっと甘めに微笑を加えてくちにすれば、顔を真っ赤に染めたユーフィリアはぱくりとそれをくちにしたあと、両手で頬を押さえて身悶えた。
「ああ……っ、わたくし、もう死んでもいいわ……!」
「ダメだよ。私はもっとユフィと一緒に過ごしたい」
「お義姉さま! はい、はい! わたくしもですわ!」
さきほどまでの怒り心頭な様子はどこへやら。まるで恋する乙女のように瞳をとろかせる妹に、姉であるオーフィリナは苦笑しかない。
「……この子はともかく。そのご様子ですと、連れてこられたお子はクレイブ様のお子ではない可能性がありますのね?」
一時は驚いたものの、冷静に見てレアリナの態度からそう察したオーフィリナが確認するようにくちにする。それでもその声音が若干かたいのは、そうであってほしいけれど……という気持ちの表れか。
とろけた表情だったユーフィリアも、姉のことばにぱちぱちと目を瞬かせている。
「……どうだろうね。記憶を失った異性と新しく出会った人物が恋に落ちる、というのはよくある創作物さ。それが我が夫君に当てはまらないとは言いきれない。……けれど」
正直、あまり思い出したくない。思い出したくはない、が、それでも思い浮かべる、恩人の女性の傍らに座る、久しぶりに会った夫の姿。彼はアライドフィード家を訪れたそのときからほとんど顔を上げることはなかった。
そう、傍らの女性が、自身らが愛しあっているのだと熱を振るっていたそのときさえも。
記憶を失うと、ひとはどこまで変わってしまうのか。その根本さえも、変わってしまうものなのだろうか。
あの彼に、レアリナが愛したクレイブの残滓は、あるのだろうか。
わからない。わからない、けれど。それでもレアリナは信じている……いや、信じたいのだ。
自分を愛し、そして自分もまた愛した、クレイブ・アライドフィードという人物を。
「私は、諦めないよ。だって彼が愛しているのは私だからね」
自信満々に。正直な内心は揺れてしまっている部分もあるけれど。だけど、だからこそ。自分にも言い聞かせるようにはっきりと告げてレアリナは笑う。王族に相応しい、傲慢な笑みで。世の女性を魅了してやまない、自信に満ちた強気の笑みで。
ユーフィリアはもちろん、オーフィリナもしばしその笑みに見惚れ、それからはっと我に返ったユーフィリアも、義姉に負けじと王族に名を連ねたものに相応しい笑みを浮かべた。
「わかりましたわ、お義姉さま。ではわたくしはわたくしとしてできることをいたします」
「ユフィ? あなたまさか……」
「そうですわね。まずはお茶会などどうかしら。わたくし個人が主催する、ちょっとしたお茶会。気心の知れたかたがたをお呼びして……ええ、そうね。せっかくですもの。アライドフィード侯爵夫人となられるつもりのかたを皆様にご紹介して差し上げましょう。侯爵家ですもの、王族との関りはきっと、大切にしてくださいますでしょうね」
にっこりとさも楽しそうに笑う妹に、オーフィリナは溜息を吐いて頭を押さえる。けれど諫めるつもりはまったくないようだ。
「そうだねえ。貴族夫人たるもの、社交はつきものだ。避けては通れまいよ。ただ、ユフィ。くれぐれも侯爵夫人に対するもの相応を逸脱しないようにしてあげてほしい」
貴族夫人の交流の場は大事な情報収集の場だ。他愛ないはなしが一切ないとは言わないが、それでも夫人たちはそこで夫のため、領地のため、民のために耳をそばだて腹を探りあう。ときには情報の操作とて行うそこは、間違いなく女性の戦場だ。そこを平民であったあの女性が渡り歩けるとは到底思えない。思えないが、決めたのは彼女だ。
「彼女はアライドフィード侯爵夫人を望むらしいからね。自身の選択に対する責任は果たさなければならないさ」
知らなかった、で済むならそもそも責任など生じない。それを果たさずして甘い汁だけを吸える場所ではないのだ。
まあ、もっとも。平民が急に貴族になって、その作法などを学ぶ間も与えずすぐさま戦場に放り出すのはさすがにひどいのではと思われるかもしれないが。そのあたりは、選んだ相手が悪かったといえよう。
もととはいえ、レアリナは王族。冷淡にも冷酷にも必要とあらば簡単になれるし、苛烈な内面とて秘めている。なにしろ大事な大事な、愛する夫のことであるのだから、それはもう存分に発揮されるのは当然だろう。
そしてそれは隣国の公爵家の出であるユーフィリアやオーフィリナにしてもおなじ。さらにいえば、彼女たちはレアリナと親しく、そしてレアリナがどれほどクレイブを想い、待ち続けていたのかも知っている。
ソプラなる平民の女性は、敵に回してはならないものを敵としてしまった。彼女の思惑がどこにあるにせよ、もはや彼女に平穏が訪れることはないだろう。
いずれすぐにクレイブを取り戻す。その思いが揺らぐことなどありはしないけれど、こころに沈む苦いなにかを押し込めるように、レアリナは笑みを浮かべたまま冷めた紅茶を飲み干した。