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この先は約束したまま


 三年間行方知れずとなっていたクレイブがアライドフィード侯爵家に戻ってきてからしばらく。案の定、というより、そうなることを想定して行動したのだが、ゴルティオ男爵家と男爵夫人の実家の子爵家は経営もままならず、さらに領民たちに責め立てられ、爵位を返上するに至った。


 愛する夫を三年もの間不当に奪われたレアリナの怒りはもっともだが、それにしてもやりすぎではと思わないでもない。けれど、そもそもあの二家はどちらも高慢で、だというのに執政も頼りなく、もとより領民も不満を抱いていたという調査結果を事前に得ていた。


 確かにレアリナや王家の影響を思えば巻き返しは難しいだろうが、それでも領民たちと寄り添い、打開策を見出すことはできたはず。各領地の環境や慣習を鑑みて方向転換できないほどに打ちのめしたわけではなかったので、領主たちの手腕や人望があれば細々繋いでいくことはできただろうし、うまくいけば新たな特産を得て販路の新規開拓などもできたかもしれない。

 相手があまりにも悪かったので、それもどれほど……と思うような逆境には違いなかっただろうが、それを乗り越えられるだけの能力と気迫があったならば、追い打ちをかけるような真似はレアリナとてしなかった。


 どうあれ、平民となったからといって資産をすべて失うわけでもなし、贅沢さえしなければある程度は食い繋いでいけるのではないだろうか。せっかくなので、いままで散々蔑ろにしてきたものたちとおなじ目線に立ってその気持ちを理解する機会にすればいい。


 領主を失った領地については王家の管理下に置かれることになった。ほかはともかく、ルルカ村だけは駐留する警邏兵の目が厳しいものとなるのは仕方ないだろう。ルルカ村以外は、王家からしっかりとした領主代理を立てられるだけなので、むしろいままでよりも暮らし向きは向上していくかもしれない。

 ルルカ村に関しては、今回の件で貴族の横柄さが公に露見したため、そのあたりの改革の模索をする試験運用などにも利用される予定だ。兄である王太子がうれしい悲鳴を上げていたので、レアリナはにっこりととてもいい笑顔を向けておいた。


 ソプラたち親子は正式な処罰を受け、それぞれの労働施設へと移送された。そう離れた場所でもないため、ふたり次第でまた会うことくらいはできるかもしれない。

 ソプラの子についても王都からは離れた町の施設に預けてある。その時点でもはやアライドフィード侯爵家とはなんの関わりもない存在となっていた。


 というわけで。諸々落ち着きを取り戻し、やっと家族でゆっくり過ごせるようになったかといえば……実はあまりそうでもない。


 三年間。生まれたことさえ知らず、かわいい盛りも見守れなかった娘と再会できたクレイブに、愛娘となるリリアはというと。



「え? おとうさま? しんでしまったんじゃなかったの?」



 父と名乗ったクレイブを前に、両手を広げて娘を抱きしめる体勢をとる彼を目に、それはもうさらっとそう言った。ぴしりと固まるクレイブに代わり、レアリナが遠いところにいると言っていたはずとフォローを入れれば、かわいい娘は首を傾げる。



「だってそれ、しんでしまったことをそういうのでしょう? ごほんでみたわ」



 なんとまあ、しっかりした三歳児だ。絵本などの物語で亡くなることをそう暗喩するものがあるのは事実で、だからこそそう察していたらしいリリアは、もうとっくに父親は亡くなっているものと理解していたらしい。だけれどそれをだれが話題とすることもなかったため、リリアもあえて自分の父親がもう死んでいるのだろう、などと言うこともなかったようだ。さすがレアリナの娘、空気の読める三歳児だ。

 そんな感じのクレイブ的にちょっと物悲しい邂逅を果たしたかと思えば、さらに追い打ちとばかりに隣国の王子殿下に嫁ぐための勉強をしたいとレアリナに訴え出す始末。クレイブが数日泣き暮らしても仕方がないといえよう。最初は同情していたエヴィディオでさえ、一周まわって他人事だと笑っていた。もちろん、のちほどしっかりレアリナに灸を据えられたが。

 まあしっかりしていても三歳児。どこまで続く熱かもわからないので、レノン王子の母であるオーフィリナに内々ではなしをしたくらいで、特段婚約がどうのとまでは進んでいない。けれどずっと続く熱だった場合、さらにはそれをレノン王子が受け入れてしまった場合も考慮して、あって困るものではなしと、早くもリリアの淑女教育はペースを上げた。

 幼くても学べるものはとすこしばかり勉強させていたものを、ちょっと本格化させて。遊びたい盛りだろうに、それよりレノン王子と結婚することのほうが大事だと一生懸命こども用に用意した机にしがみつく我が子に、せっかくの親子としての時間が削られるクレイブがさらに涙したのはいうまでもないかもしれない。


 そういうわけで家族としてゆっくり過ごす時間がたくさんとれるかといえばそうでもないアライドフィード侯爵家。そもそもクレイブ自身、三年間のブランクがあるのだ。当主としてはレアリナのサポートが入るにせよ、王太子の護衛騎士に戻るには騎士としての実力を取り戻さねばならない。

 前当主夫妻の手を借りても、クレイブもレアリナもリリアもなかなかに多忙で過ごす中、それでもできる限り時間をつくっては家族で過ごし、すこしずつそれらしさを取り戻していった。レアリナとクレイブの仲は案じるようなものなどなかったので、問題はクレイブとリリアなのだが、リリアはリリアで柔軟性にも富んでいるらしくあっさりとクレイブを父と受け入れいまに至る。

 おとうさま、と呼んでくれたときの感動たるやであったが、それ以上にレノン王子に重きを置かれていることに歯噛みするのは否めない。すこし前に帰国したが、それまで王城に留まっていたその姿を見かけた際に思わず殺気を飛ばしてしまったのは許してほしい。すぐさまレアリナに諫められ、彼女とふたり平身低頭謝ったのだから、ほんとうに許してほしい。……内心はまったく反省していないけれど。


 あたたかな日差しの下、今日は体調がいいからと庭に出ていたレアリナのもとに、執務に一区切りついたのだろういとしい夫がやってくる。腕のいい庭師が手掛ける、美しい花の咲き誇る庭を真っ白い椅子に腰かけ眺めていた彼女は、夫の声に笑みを返した。



「レア」


「やあ、クレイブ。仕事は落ち着いたかい?」


「ああ。体調はどうだ?」


「ふふ、安定しているとも。あまり過保護にしないでくれ」


「いいや、過ぎるほどに過保護にさせてくれ。一度目はそばにさえいられなかったんだ」



 言いながら、その手をそっと、膨らんだレアリナの腹部に添える。


 まあ、ある種なるべくしてなったというべきか。クレイブが戻ってきてからレアリナが第二子を妊娠するまでにそう時間はかからなかった。

 リリアのときに居合わせることができなかったぶんもあってだろう、できうる限りレアリナにべったりと張り付いては過保護なまでに世話を焼いてくるクレイブに苦笑する。正直すこし……いや、かなり鬱陶しくはあるのだけれど、気持ちもわからないではないので、できるだけすきにさせていた。




「レア。レアリナ。愛している。たとえ記憶をなくそうと、俺の唯一はあなただけだ」




 戻ってきてからというもの、クレイブはことあるごとにことばと行動とでレアリナへの愛を示す。それは行方不明となる前もそうではあったが、帰ってきてからはなおのこと増したように思えた。

 頬にキスを受けながら、レアリナは笑う。うれしそうに、くすぐったそうに、すこしだけキスを受けたその頬を染めて。



「知っているよ。あなたは私を溺愛してくれていると。それこそ、記憶にさえも囚われない、奥の奥の芯からだともね」



 両腕を伸ばして首に回し、レアリナからはくちびるへのキスを。すこし触れあわせるだけのそれのあとは、額を合わせて至近距離から目をあわせる。ふふ、と笑う吐息が触れるほど、近く、近く。




「そして私もあなたを愛している。溺れるほど重く、重く、深く、ね」




 とろけるような笑みを。お互いがいるからこそ、お互いにだからこそ見せる笑みを交わして、溺れるほどの愛を交わす。混ざりあって沈む日が来るのなら、そのときはともに。


 いつまでだって甘く熱いふたりの有様に、新人のメイドなどは顔を赤らめて卒倒することさえあるのだけれど、もはや慣れているシズクは素知らぬ顔で澄ましている。度が過ぎると止めることも彼女の役割だけれど、来客など必要時でもなければ空気と徹してくれていた。できた腹心である。



「おかあさまー! おとうさまー!」



 甘く甘い空気に包まれたふたりに割って入れる人物など限られていて、こども特有の高い声を受けたふたりはすぐに離れると声のしたほうへと揃って振り向いた。邸から姿を現したのは、もちろんふたりの愛娘。ふわふわと緋色の髪を靡かせたリリアである。



「みて、おかあさま、おとうさま。きょうはね、えをかいてみたの」


「あら、リリアは芸術も嗜むようになったのかしら」


「ふふふ。だってわたくし、もうすぐおねえさまになるのよ!」



 誇らしげに一枚の紙を広げて見せるリリアの描いたそれは、五人の人間と思わしき絵。渾身の一枚とばかりに胸を張る娘が愛らしくて目を細めるレアリナの隣で、クレイブが首を傾げた。



「いち、に、さん……リリア、どう見てもこの絵には五人いるように見えるのだけど、もしかしてふたごでも望んでいるのか?」


「あら。なにをいっているの、おとうさま。よーくみて。おかあさまと、おとうさま。それに、わたくしとレノンさま、そしてあかちゃん! ね?」


「…………レノン……王子…………」



 なん、だと……と言わんばかりである。食い入るように愛娘の描いた絵を見つめる夫の目が怪しくなりはじめたことを察したレアリナは、いち早くくちを挟む。



「よく描けていますね、リリア。さあ、せっかく親子揃ったのですから、お茶にしましょうか。今日はフォンダンショコラを用意してくれているそうよ」


「それってなかからチョコレートがでてくるケーキよね! うれしい!」


「ふふ、ではそちらにかけて。ほら、旦那さまも。ね?」


「……はっ! あ、ああ、そうだな、そうしよう」



 不穏な空気を纏う一歩手前。我に返ったクレイブは慌てた様子でうなずき、レアリナに促されるまま席に着く。まったくもって前途多難そうだと、レアリナは内心で苦笑した。

 ふたり目も女の子だったらクレイブの親バカっぷりは二倍になるのだろうか、それとも分散されるのだろうか。男の子だったらどんな対応をするのだろうか。


 クレイブのことは不安や心配もあるけれど、それでも我が子が生まれることは純粋に楽しみだ。全力でしあわせにしてみせる。だから安心して生まれておいで。


 そんな想いで腹部を撫でるレアリナは、とてもしあわせそうにほほえんでいた。





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