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もちろんこちらも赦しません


 絢爛豪華。きらきらきらきらと、まばゆいばかりの光に満ちたそこは、王城にある夜会会場。クレイブがアライドフィード侯爵家に戻って三週間。家族で過ごす時間はもちろん、ソプラたち親子の正式な処罰が執行され、クレイブの件で手助けをしてくれたほうぼうに直接だったり手紙だったりで礼をしたりといろいろ忙しかったが、それもすこし落ち着き。クレイブの帰還を公にきちんと知らせる意味も兼ねて王家が主催して開いた夜会。


 本来であればレアリナがもと王女とはいえ、こうした場を調えるのは侯爵家がなすべきだろう。けれど今回この場を王家が受け持ったのには意味がある。


 ひととおりの挨拶まわりを終えたレアリナは、クレイブを伴い目的の場に向かう。目当ての人物たちはこちらに気づくと慌てた様子で頭を下げた。



「ごきげんよう、ゴルティオ男爵、そして夫人。どうぞそのように畏まらないでくださいませ。わたくし、今日はあなたがたにお礼を言いたくて旦那さまと参りましたの」


「え、あ、え? お、お礼、ですか?」



 派閥も違うし、ふだん接点もなく会話らしい会話もほぼしたことがない間柄。であれば侯爵家……さらにはもと王女たるレアリナにこのように声をかけられれば戸惑うのも理解できる。だからすべてすっ飛ばしていいとはならないだろうが、レアリナがそれを指摘することはない。

 些事だし、指摘するということはわざわざ教えてあげるということ。そんな労力をこのふたりにかけてやるほどやさしくなどないのだ。


 隣のクレイブはこれでもかと冷たい目をしているが、殺気を放たないだけ上々と放置して、揺るがぬ微笑を浮かべたままレアリナはくちを開く。



「ええ。ご存知かもしれませんけれど、先日、ようやく旦那さまが戻られましたの」


「あ、は、はい! 存じ上げております。このたびは大変めでたく」


「ええ、ええ。三年ですもの。三年もかかりましたの。おかげさまで、旦那さまは娘が生まれたことさえご存知なかったのですわよ?」


「そ、それは、その……」



 ことばを遮られたことなど気にできないたたみかけよう。柔和な口調なのに圧倒してくる声音でもって告げられるはなしに、男爵も夫人も返すことばが見つからないらしい。


 それもそうだろう。クレイブが見つかるまでに三年かかったことはもはや周知の事実だとして、特段関わりを持つわけでもなかった上位貴族の事情をわざわざ伝えられてもどうしていいのかわからないのも仕方ない。男爵夫人は例に漏れずレアリナに憧れるひとりではあるが、もと王女にして侯爵夫人。男爵夫人が個人で親しくなるにはなかなか難しい。崇拝の域で同情のことばを向けることはできたかもしれないけれど、目に見えない圧のようなものを感じてなにもくちにできずにいた。

 レアリナは扇を開いてくちもとを隠すと、その双眸を笑みよりもなお細める。怜悧に射抜くのはもちろん、目の前の男爵夫妻だ。



「三年かかって、つい先日。とある女性が旦那さまを連れてきてくださったの。……ルルカ村の女性が、ね」



 ひゅっと、息を呑んだのはおそらくふたり同時。仲がよろしいこと、なんて嫌味に思いながら、ふふふ、とあえて声を出してわらう。



「ルルカ村といえば、旦那さまが落ちたという崖下を流れる川沿いにある村。当初から重点的に捜索の手を入れさせていただいておりましたし、おふたりにも協力を依頼させていただいていましたわよね?」


「あ……ああ……」



 顔を青褪めさせ、傍目にもわかるほどがくがくとからだを揺らすふたりはきっと、気づいていない。先んじて事情を聞いていた貴族たちも、今日までそこまでは知らなかったものたちも、総じて冷ややかな視線を向けていることも。

 どこまでも冷ややかな海色の双眸が、まるでそこから目を逸らしたら殺すとばかりの威圧をもって見据えてくるから、ふたりはそこから目を逸らすことができなかった。



「どうやらその女性、当時の領主のご令息と懇意にしていらしたようで。ご令息が身分を隠されていたそうで、彼女はそのかたが貴族であることも知らなかったようなのですが、そのかたの婚約者に知られてしまってひどく詰られたらしいのです。……まあ、そのようなはなしは特段珍しくもないのでしょうけれど」



 残念なことに、と、すこし大仰に嘆いてみせれば、静観していた貴族たちの中から動揺をみせる気配がちらほら。身分の低いものを手つきとする貴族が一定数いてしまうのは事実だし、継承権の問題などが生じない限り暗黙の了解としている家もすくなくはない。明確な罪として訴え出られれば裁くことも可能ではあるが、先んじて強く取り締まる法もないのが実情だ。


 レアリナにだってそこまでくちを出せる権限はない。けれど権限はなくとも、影響力は確かにある。彼女の不興を買えばどうなるか……こころあたりのあるものの血の気が若干なりとも引いてしまうのも仕方ないだろう。


 まあ、とうのレアリナ自身が自身の齎す影響力を理解しているので、王家やアライドフィード侯爵家周辺に関わらなければそうそう首を突っ込むことはしないが。

 今回すこしばかり刃を放ったのは、あくまで牽制だ。直接的でなかろうと、我が家に害をなしたらおまえらもこうしてやるぞ、という見えない脅しに過ぎない。はっきりと詰るのは、あくまで今回の件の元凶をつくった目の前の男爵夫妻とその関係者だけなのだ。


 そう、身分を偽ってソプラに近づき、すべての原因をソプラに押しつけた、当時の男爵令息はいまレアリナの目の前にいるゴルティオ男爵そのひとであり、当時彼の婚約者であり、一方的にソプラを詰って追い詰める結果を齎したのは彼の隣にいる男爵夫人だ。ついでにソプラの暮らしていた村の名が、ルルカである。



「そのせいで、その女性と家族は村で冷遇されていたそうですわ。……彼女たちが詰られ、暴力を振るわれ、ぼろぼろになった姿を見せると婚約者のかたが大層よろこばれたそうで、かなりひどい目にもあっていたとか」


「そ、そんな! 違います! あれは村人たちが勝手に……!」


「あらまあ、権力を笠に着るかたたちに忖度するのは生きるためには仕方ないのではなくて? それとも、痛めつけられる女性を目に、そのようなことはおやめなさいと制止されたのかしら?」


「う……そ、れは……」



 レアリナはきちんと告げたではないか。大層よろこんだ、と。まあ、過剰な表現だったかもしれないけれど、だからこそ村人はそれが正しいと思い、そうすることで領主たちの機嫌を取っていたのだから責任のなすりつけは見苦しい。



「当然、女性は恨むでしょうね。自分を見捨てた男も、女性だけを悪者にして詰る婚約者も、自分かわいさに冷遇してくる村人たちも。おわかりになって? わたくしの旦那さまは、彼女の復讐のために利用されかけましたの。崖から落ちたことにより記憶を失った旦那さまを篭絡するために三年かけたようですわ。もっとも、幸いなことに旦那さまが溺愛くださっているのはわたくしなので、記憶を失おうとも堕ちることなく戻ってきてくださいましたけれど」



 まあ素敵、これこそ愛のなせる御業だわ、と、恋物語を好む令嬢や女性から声が上がる。隣から放たれていた冷気がすこしやわらぎ、さも当然とばかりにすこしだけ胸を張った気配が伝わり、レアリナは内心でちいさく吹き出す。レアリナを溺愛しているのは自他ともに認めるところなので、クレイブにとってそれは照れるよりも誇ることのようだ。レアリナとしてもそんな夫がいとしくて誇らしい。

 内心ではすこしだけ気が緩んでしまったものの、当然それを一切表に出すことはなく、変わらず冷たく眼前の男爵夫妻を見据えながら、レアリナはさらにことばを重ねた。



「まったく関わりのない件で、いとしい旦那さまとの三年間を奪われるなど、ずいぶんなことだとは思いませんこと? ええ、ええ。こればかりは迂遠な言い回しもせずはっきりとお伝えしたいと思いますの。……わたくし、この度のこと、決して許しませんのでどうぞそのつもりでいてくださいませ」



 ぱちん、と、音を立てて扇をたたみ、いつもの淑女然とした微笑ではなく見るものすべてを凍りつかせるような絶対零度の笑みでもって、通告を下す。これだけ強いことばで断じたのだ、どれほどの不興を買ったかなど容易に知れる。ぺたりとその場に座り込んだふたりを一瞥し、レアリナはもとのいつもの微笑を浮かべ直すと、会場内へと向き直った。



「わたくしごとで場の空気を乱して申しわけありません。お詫びといたしまして、グレンドリー領産のワインと、ベアタ領産のチーズなどをご用意しました。わたくしだけにとどまらず、父王や兄王太子からもお墨付きの絶品ですので、どうぞ皆さまご賞味くださいませ」



 おお! という歓声が沸き、会場内が明るい空気に塗り替わっていく。


 国王や王太子、それにレアリナが推す品だ。今後それらは国内外へのシェアを一手に伸ばしていくことだろう。



 乳製品を主な産業とするゴルティオ男爵領や、ワインを主な収入源とする、ゴルティオ男爵夫人の実家を押しやって。



「あ、ああああああ……っ!」



 男爵夫妻の慟哭も、同様に会場の隅で頽れた男爵夫人の実家の両親のことも、だれひとり気にする来場者はいない。そんな男爵夫妻に、思い出したという体をとったレアリナが振り返る。



「ああ、そうでしたわ。お礼がまだでしたわね。わたくしの大事な旦那さまを三年もの間、領内で匿ってくださり、ありがとうございました」



 これでもかとにっこりほほえんだレアリナのことばは、果たして聞こえていただろうか。なおも慟哭を続ける彼らを、邪魔だからと早々に連れ出した騎士たちの仕事は素晴らしかった。

 ちなみに、ルルカ村の産業も酪農だ。さらに村の名もはっきりと割れているので、今後の取引など推して知るべしだろう。

 どちらの領地も領民に責め立てられるのは時間の問題だろうが、その際味方になってくれるものなどどこにもいない。なにしろ、レアリナ個人にも、アライドフィード侯爵家にも、さらにはわかっていてこの場を提供し、かつ対抗馬となる領地の品をともに推奨した王家とて敵に回したのだ。そんな家と関わりたいもの好きなどいないだろう。


 レアリナが慈悲をかけた相手は、ほんとうにソプラの子ただひとり。本質的に苛烈で容赦のない彼女は、最愛の夫を三年もの間奪った元凶そのすべてに、しっかりとその責任を負わせたのだった。





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