表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

輝ける意志と、ループする私

作者: 赤坂彼方

処女作です。好きなことを、好きなだけ詰め込んだらこんな長さに…。よろしければお付き合いください。


(追記:誤字報告、有難うございました。本当に助かりました。感謝してます)

(追記その2:お読みくださった方々への感謝の気持ちを込めて、関連するお話も投稿しました。興味のある方はこちらも御覧ください。 https://ncode.syosetu.com/n8542hn/ )

「……あれ、生きてる?」

 血が流れすぎて動かなくなったはずの体が動く。

すぐさま起き上がり、短剣によって貫かれた胸に手を当ててみるも、痛みもなければ傷跡一つすらない。


 というか、私はパーティー会場で死んだはずなのに、ここはどう見ても公爵邸の自室だ。

そこまで認識して初めて、自分の体がやけに小さい事に気づいた。何事!?


「誰か、誰かいな「パトリシアお嬢様!!」

 私の呼び声にかぶさるように大きな声が響き、勢いよくドアが開かれ、侍女のアリーが部屋に入ってきた。片手には水差しを抱えていたが、中の水は溢れるどころか波打ちすらしていない。すごい技術だ。と、注目するべきはそこではなく、成人女性であったはずのアリーもまた、なぜか少女の姿をしていた。


「お嬢様ぁー!!」

 アリーは目に涙を浮かべながら私に抱きついてきた。

「お嬢様は、グスッ、丸3日も昏睡状態で、お医者様も原因不明とおっしゃって、それでずっと心配で……」

 アリーのあまりの取り乱し様に、逆に混乱していた私の精神状態も少し落ち着き、彼女の背中をポンポン叩きながら()()()()()()()()()()()問いかけた。

「そう、3日も……。ごめんなさい、心配かけて。ということは、今は()()()()()()?」

「お嬢様ぁー!?」

 ……全然自然じゃなかったようだ。


 再び取り乱すアリーを宥め、そこで得た答えから18歳で死んだはずの私は、10年前に巻き戻っていることを知ったのだった。


◇◇◇◇◇


 さて、現状を整理しよう。私はパトリシア・グリーンヒル。この国の筆頭公爵家の嫡女で、王太子ダニエルの婚約者だった。享年18歳のはずが、何故か現在8歳児。死因:王太子から冤罪をかけられ、その証拠品だとかいう見覚えのない短剣(公爵家の紋章入り)で、王太子側近に刺され死亡。我が身に起こったことながら、とんでもない話だ。


 私とダニエルとの婚約は、完っ全に政略だった。当初、側妃の子である兄王子のダニエルと、正妃の子でひとつ下の弟王子ジョセフの間でどちらを立太子するかの勢力争いがあった。その最中、正妃が病で儚くなり、弟王子もまた病弱であったため、国王陛下は兄王子ダニエルを王太子にすると決意した。そしてその立場を強固にするため、筆頭公爵家で現宰相の娘である同い年の私を婚約者に指名した、という経緯だ。


 それで、そのダニエル王子だけど、見た目だけは側妃譲りの金髪碧眼で優れていたものの、中身はどうしょうもなかった。自分の立場が不動になったと見るやいなや、王太子教育は目に見えて手を抜き出す。苦言を呈した教師や従者は側妃に言いつけて排除。根も葉もない悪評を広められ、辞めさせられた彼らを全く顧みず、その苦境をいいザマだと喜ぶ始末。そんなだから明らかに能力不足なのに、根拠のない自信だけは一人前。


 私も最初は、次期国王がこれではマズイ、と当時8歳のいたいけな勇気と責任感で、ダニエルの無思慮な行動を諌めていたが、当然ながら彼は反発する。我が公爵家が彼の後ろ盾であり(おそらく側妃に言い含められていたのだろう)、私自身を排除することはなかったが、二人の仲は冷え込む一方だった。


 政務の一部を任される年齢になってからは、ダニエルは自分の仕事を私に押し付け、それを自分の成果として提出した。私自身は王妃教育と、王太子妃候補としての政務と、ダニエルの政務の肩代わりでいっぱいいっぱいになりながらも、余計なことをやらかされるよりマシだと、ひたすら机に向かう日々を送る。(実際、ダニエルが気まぐれに行った政務は、デタラメかつ側近の家への利益誘導が著しく、あとから知った私は食い止めるのに苦労した)


 そんな中、王太子と彼が指名した側近たちは、一人の少女を囲うようになる。名前は覚えていないが、男爵家の養女で、桃色の髪の、一見して庇護欲をくすぐられる容姿をしており、どうにも異性との距離が近い。そのぶん同性からは相当嫌われていたようだが。


 私はダニエルに一片たりとも愛情は抱いていなかったので、妾にしようがどうでもいいと思っていたのだが、ダニエルはどうやらその男爵令嬢を自分の正妃にしようと画策していたようだ。国王陛下が外遊中に行われた、側妃の実家主催のパーティーで私を放置した挙げ句、件の男爵令嬢をエスコートしてきた。


 しかも言うに事欠いて、私が王太子の寵愛を得ている男爵令嬢に嫉妬し、彼女を殺害しようと企て、武器持ち込み不可であるパーティー会場に短剣を忍ばせていたと。そしてその場で王太子は婚約破棄を宣言する。さらに、その短剣を手にした王太子の側近が「未来の王妃を殺めようとするなど、許されるものか!」とツッコミどころ満載のセリフを叫びながら、恐ろしい形相で私に向かってきた。私はあまりの事態に硬直しつつ、そういえばこの男は、私が利益誘導を阻止した側近だったな、と考えているうちに刺殺されたようだ。


 周囲から大きな悲鳴が上がる中、私は床に倒れながら次第に意識が遠のいていき……。


◇◇◇◇◇


「どうして死んだはずの私が、10年前に戻ってるの?」

 一瞬、自分は長い夢を見ていただけでは?と考えたが、18歳までの記憶があまりにも実感を伴っており、その考えを打ち消す。そもそも厳しい王妃教育で身につけた知識や外国語能力などは、今もハッキリと脳裏に浮かぶし、こんなもの8歳児の能力を大きく超えている。


 しかし、それにしても過去の自分はこの時期、3日も寝込んだ経験などない。一体何が原因でこんなことに……。

 そこで私はある重大なことに気がついた。

「そうだ、確かこの時期に、王家から第一王子の婚約者打診があったはず!」


 私の頭にまず浮かんだのが「もう二度とあんな人生を繰り返すのは嫌だ」という思いだった。私はどんなに辛いことがあっても、公爵家嫡女の誇りと、宰相である父の名を汚さぬようにという意地で乗り越えてきた。でもその結果が、自分の責務の自覚も、王太子としての適性も持たないあんなくだらない男からの裏切りで命を落とすことになるなんて……。

 だけど、王家からの直々の指名を断るなど可能なのだろうか?

 お父様とお母様に事情を話す? 頭がおかしくなったと思われるだけでは?


 答えの出ない悩みを抱えつつも、3日間も寝込んでいた私のお腹は空腹を訴え、胃に優しい少量の食事を小分けして摂りながら体力の回復に努めることになった。それから私は当分の間、有無を言わさずベッドにしばられ、優しいお母様と心配性の侍女アリーに甲斐甲斐しくお世話されまくった。

「パトリシアは本当に甘えベタねえ。お母様はさみしいわ。だからこそ、こんなときくらいは徹底的に甘やかされなさい!」と笑顔で圧をかけてくるお母様。

 王宮から駆けつけてきたお父様も、部屋の周りをウロウロしては、お母様とアリーに追い出されていた。


 精神年齢18歳でありながら、幼児のように扱われるのは面映(おもはゆ)いものであったが、一方でこんなゆったりとした時間を過ごすのはいつぶりだろう、と目を閉じながらしみじみと幼き日々の幸せをかみしめていた。


 このときふと「王宮で何か動きはありませんでしたか?」とお父様に尋ねたところ、確かに私をダニエル王子の婚約者に据えようという意見があったようだが、私が3日間も原因不明の昏睡状態におちいった為、しばらくは保留して様子を見よう、ということになったようだ。


◇◇◇◇◇


 はてさて、ようやく体力も回復し、晴れてお母様とアリーの許可も得られたので、現在アリーと一緒に王宮にやってきた。目的は、この目で王位継承争いの現状を確認することだ。


 幸いといっていいのか、私の健康に不安があるという話の影響は思いのほか大きかったようで、このままいけば私はダニエル王子の婚約者候補から外れる可能性が高いようである。お父様が王家との婚約話に消極的なこと、また現時点ではダニエル王子の態度がまだマトモであることから、婚約者に名乗り出る有力貴族の数も多いことなどが原因だった。


 私としては、思いもかけず自由と安全が確保されて万々歳となるかと思いきや、不思議と気分が晴れることもなく、胸の奥で「このままでいいの?」という思いがくすぶっている。うまく説明できないが、何か自分で行動を起こさなければ、という衝動的な思いに駆られるのだ。


 だからこそ「父の執務の見学をする」という名目で、かつて王妃教育で通い慣れたこの王宮に、自らの意思で足を踏み入れた。何か行動の指針が得られれば、との思いを胸にいだいて。


◇◇◇◇◇


 お父様との約束の時間まで大分余裕があるので、私はあえて遠回りしながらゆっくりと宰相の執務室までの道のりを歩く。ふと、そこで金髪に青い瞳の、華やかな容姿の男の子が、大勢の大人に囲まれている様子を目にした。少年を称える、やたら大仰な褒め言葉が辺りに響いている。よく見ると、この大人たちは見覚えがある。確か、側妃の実家の侯爵家の派閥に連なる者たちだ。そして彼らが持ち上げている相手といえば。


「おお、パトリシアではないか」

 幼き日のダニエル王子が話しかけてきた。この時点では、私とダニエル王子はただの顔見知りであり、お互い相手のことをよく知らなかったので、かつてのような反感や敵意は抱かれていないようだ。

「お久しぶりでございます。ダニエル殿下」

 巻き戻り前のダニエル王子に対しては、もはや敬語を使うことすら業腹モノであったが、流石に子供の姿では、特に負の感情が出てくることもなかった。と、そこで安心していると。


「病で倒れたと聞いたが、なさけないことだ。そのようなことでは私の婚約者にはなれぬぞ」

 小さな容姿と不釣り合いな傲慢な言葉に、一瞬笑顔が固まりかけたが、

「そうですね。以後体調には気をつけます」

 と、取りあえず無難に返した。


 私の反応に物足りなかったのか、ダニエル王子はさらに言葉を重ねる。

「よいか、お前はあの出来損ないのようにはなるでないぞ。あんなものは王族の面汚しだ」

「……」

 今度こそ私は絶句した。彼がこんなふうに言う王族とは、弟のジョセフ王子のことだろう。どうして病に苦しむ弟をそこまで悪し様に言えるのか。私の反応を、彼の婚約者候補から外れる危機感のあらわれ、と勝手に勘違いしたのか、


「ふむ、それではまたな」

 と、機嫌を直して去っていった。



「あの方がお嬢様の婚約者候補なのですか?」

「もう、ほとんど外れかけているけどね」

 あきれた声色が隠せないアリーの言葉に、私も肩をすくめ軽く返事をする。


「こう言ってはなんですが、お嬢様が寝込まれたことを、今初めて良かったと感じましたよ。もちろん、二度とは御免ですが」

「正直すぎるわ、アリー」

 思わず苦笑して答えた。


◇◇◇◇◇


 そんなこんなで、王宮の通路を突き進み、王宮内にいくつかある書庫の一つに通りかかった。確か、この書庫は薬学全般の書籍や資料がおさめられており、かつての私は政務や外務関係の書庫をよく利用していたが、こちらはあまり来たことがなかったな、と取り留めもないことを考えていた。


 何気なく中を覗くと、そこで以前見たことのある幼い少年の姿が目に留まった。母親譲りの、夜を思わせる漆黒の髪に、ダニエル王子とは色味の異なる透き通るような青い瞳。これは陛下の色だ。


「これはパトリシア嬢、お久しぶりですね」

 柔らかい表情をうかべた齢7歳の弟王子殿下だった。

「お久しぶりでございます、ジョセフ殿下」



 かつてダニエル王子の婚約者となる前までは、ジョセフ王子とも何度か顔を合わせる機会があった。彼は自身の体調が思わしくないときであっても、優しく微笑みながら他者を気遣うことができる少年だった。心ある臣下達が「あの方がせめて人並みの健康を有してさえいれば……」といつも嘆いていたものだ。


 ダニエルと婚約してからは、その立場や外聞もあり、また王妃教育や政務で目の回るような忙しさもあって、彼と顔を合わせることもなくなった。あの婚約破棄騒動の時点では、彼はもうベッドから起き上がることもできなくなっていたらしいが。


 ああ、だからダニエル王太子は、後ろ盾であった私と公爵家を切り捨てる判断をしたのかもしれないな。



 湧き上がってくる苦い思いに蓋をして、ジョセフ王子との会話に戻る。

「殿下はこちらで何をなされているのですか?」

 彼が脇に抱えている本にチラっと目を向けて尋ねた。


「ああ、これはここ数年で新しく開発された薬剤のレポートをまとめた資料集です。ちょうど今からこれを読もうかと」

と、私に向けて本のタイトルを掲げ、そのままページを開いてみせた。


「これはまた随分難解な本ですね。これって医療従事者向けの内容ですよね?」

 実際、かつて政務の一環で、薬学関係の報告を受けることがあったが、そのときの下地があってもなお、これらを理解するのは容易ではない事がわかる。もしこれが理解できているのならジョセフ王子は天才児なのだろう。


「そのとおりです。僕はずっと薬学に興味があって。体調がいいときは可能な限り、ここにこもって調べ物をしているんですよ」

「なぜ薬学に興味を持たれたか伺っても?」


ジョセフ殿下は少し考えながら、

「戦うため、でしょうか」

と答えた。


「僕は、1年前母上が亡くなったとき、ただただ泣きわめくだけでした。どうして僕から母上を奪うんだ、って。もう立ち上がることができないほど悲しんだあと、昔、母上が言っていた言葉を思い出したんです」


「お母様は何と?」


「『あなたはとても優しい子ね。そして、この国の誇り高き王の血を受け継ぐ強い子なの。この先多くの困難があなたに降りかかるはず。でもあなたはそれに打ち勝つ強さを持っている。自分の強さを信じなさい』と」

 そう言って、ジョセフ殿下は微笑んだ。普段の柔和な笑みではなく、強い意志をその目に湛えた、幼くも王者の笑みだった。


「程なく、僕にも母と同じ症状が現れました。ならば命も覚悟しなければならないでしょう。でも、これが僕の戦いだ、と自覚もできたんです。この戦いに打ち勝つことができるなら、きっと母上も笑ってくださる」


◇◇◇◇◇


 私はジョセフ殿下のもとを辞したあと、思わず近くの壁に寄りかかり、天を仰いだ。あの方は、あの小さな体にどれだけの思いを宿しているのか。そして、私がダニエル王子のために不毛な努力をしている間も、あの方は誰にも顧みられず、ずっと一人で戦っていたのだ。最後は自力で立てなくなるほどに弱ってしまっても……。


 そんな私の姿を、アリーはただじっと見つめていた。この護衛もこなせる万能侍女は、いつも私のことを第一に考えてくれる。私が何か秘密を抱えていることも、何となく察しているのだろうが、何も聞かずにそばにいてくれる。



 私がしばらくして落ち着いたあと、アリーは一つの報告をもたらした。


「お嬢様、私が護衛の知識と能力を持っていることはご存知ですよね。あの方がご覧になっていた本は『新開発の薬剤レポート』で間違いありませんが、あれは全て『毒薬を中和する』薬剤のレポートです。つまりあの方は、何らかの根拠で、正妃様とご自身の毒殺の可能性を視野に入れているのではないかと……」




◇◇◇◇◇


 色々あったが、なんとか時間通りにお父様のいる、宰相の執務室にたどり着いた。ノックして部屋に入ると、お父様が相好を崩して出迎えてくれた。しばらくアリーを交えた3人で、私がベッドにしばられていたときの話や、お母様のはしゃぎっぷりなど話して楽しんだあと、お父様は執務に取り掛かり、私は部屋の様子やお父様の仕事ぶりを何となく物珍しく眺めていた。


 実を言うと、巻き戻り前も含めて、私が宰相の執務室に入ったのは初めてだ。お互い、王宮に出仕する機会は多かったものの、父は当然として、私も王妃教育や政務で非常に忙しかったからだ。また、宰相に頼り切っていると思われては、王太子妃候補として軽く見られてしまう、という懸念から必要以上に接触しないように心がけていた。


 そんな中、ふとお父様が座る椅子の背もたれの向こう、大きめの書架のある一段のスペースに、1本の短剣が置かれているのが見えた。色あせて地味な装飾の鞘に、やや無骨な造形で我がグリーンヒル公爵家の紋章が刻まれている。


 ……これは、間違いなくあのとき私を刺すのに使われた短剣だ。私はその短剣から目を逸らせず、しばらく凝視しながら、あまりの衝撃に固まっていた。するとお父様が私の目線に気づき、その先を追って何か納得したように私に声をかけた。


「ああ、あの短剣かい? あれは初代様からずっと我が公爵家に受け継がれているものなんだ。公爵家当主は常にあの短剣を身に着けておくように、という家訓とともにね」


「私はお父様があの剣を身にまとっているのを見たことがないのですが……」


「そうだね、我が家も当初は武門だったんだけど、時代の変遷とともに文官を輩出する家へと変わっていったんだ。だから先代もその前の方も、みんな公爵邸の隅っこに飾っていた。私も武術はからっきしだし、帯剣していても落ち着かないけれど、せめて私が一番長くいるこの部屋に掲げておけば、少しはご先祖様の気持ちに応えられるかと思って、ここに置いているんだよ」


 なるほど、あの短剣は古びていてとても貴重品には見えないけど、公爵家の紋章がハッキリと刻まれていて、一目で我が家のものとわかる。王太子の側近ならばこの部屋に入る機会も多いだろう。そこで目についたこの剣を盗み出し、私が凶行を行う証拠品に仕立て上げたのだろう。なんて雑な計画だ。


 思わず脱力して、改めてこの剣を眺める。私の命を一度奪ったはずのこの剣だけど、最初は驚いたものの不思議と嫌な感じはしない。刺されたときに全く痛みの記憶がなかったためだろうか?


「そんな由緒ある品でしたら、何か特別な由来でもあるのですか?」

 私はちょっとした好奇心からお父様に尋ねた。


「我が国の建国王は半神半人の英雄だと言われている。かの王は多くの仲間を率いて、あらゆる外敵を打ち払ってこの地に我が国を建国した。まあ、流石に千年以上前の建国神話だから、今となってはある意味、おとぎ話のようなものだけどね」

 と、小さく肩をすくめながら話を続ける。


「ちなみに我が公爵家の初代様は、建国王の一番の親友にして、最も忠実な部下でもあった。かの短剣は、王が手ずから紋章を刻み、刀身に神力を注いだとされている。そして『この剣は我が王家に(あだ)なす者を打ち砕く力を宿す。剣とともに未来永劫、我が王家を守る力となれ』と言われて賜ったものだそうだ」


◇◇◇◇◇



 お父様は、軽い調子で話していたけど、それを聞いた私は体の奥底が震えるのを止められなかった。

『王家に仇なす者を打ち砕く』為に、私は記憶を持ったまま10年前に戻された?

 じゃあ、『仇なす者』とは一体誰?

 そもそもなぜ10年前のあの時点に戻された?


 ええと、あれはちょうどダニエル殿下と婚約する直前のタイミングで……。

 それから、巻き戻り前にはなかった3日間の昏睡が原因で、婚約の話がほぼ立ち消えとなって……。

 我が公爵家の後押しがないので、ループ前と違い、現時点でまだダニエル殿下は王太子にはなっていない……。


 そこまで考えて、私は恐ろしい可能性に気がついた。これらの事実から導き出される推論として、ダニエル殿下は、王家の血を引いていない?

 いや、でも証拠なんて何一つない。だけど、この巻き戻りで私はジョセフ殿下を深く知ることになって、あの方を助けたいと願っている。だとしたらこの巻き戻りの意味は……。



 私は大きく息を吸い込んで吐き出し、姿勢を正してお父様と向き合った。


「お父様、それからアリーも。大事なお話があります」



◇◇◇◇◇


 それから、私は昏睡の症状が再発した、として正式にダニエル殿下の婚約者の指名を辞退した。そしてその後、公爵領の空気がきれいな場所で療養することとなった。


 国王陛下は、お父様と長い時間面談を行い、その後すぐにジョセフ殿下の元へと足を運んだ。二人の雰囲気は、最初こそぎこちなかったものの、「これまですまなかった」と陛下がジョセフ殿下に頭を下げたことで、空気が和らぎ、今までの空隙を埋めるように、いろいろな話をしたらしい。




「本当に、良かったですね、ジョセフ殿下」


「すべて貴方のおかげです。ありがとう、パトリシア嬢」


 それからジョセフ殿下は、毒の真相についても話してくれた。


「宮廷医師の一族は、貴方のグリーンヒル公爵家と同様、建国以来の忠臣で裏切りなど全く考えもつかない存在だった。だから父上も、医師に全幅の信頼を寄せていたのです。ですが、側妃の実家の侯爵家は、知らぬ間に医師の一族を蚕食(さんしょく)していた。医師を掌中に収めることによって、側妃の不貞を隠蔽し、そしてより大胆に、母上と僕を手にかけるようになったわけです」


「それにしても、殿下はよく毒殺の事実に気が付きましたね」


「医師と患者、という関係で長時間一緒に過ごせば、否が応でも綻びは出るものですよ。こちらも知識を身に付け、いくつかの質問を投げかけたら、簡単に動揺してボロを出してくれました。向こうは僕が気づいていないと思っていたようですがね」


 やはり殿下は只者ではなかったようだ。私はループしているはずなのに、どうにも勝てる気がしない。


 その後、ジョセフ殿下もまた療養のため、我が公爵家の領地に滞在することになった。正妃様のご実家が「ウチにぜひ」と招聘されていたが、王妃の暗殺がなされてしまった現状、どこに危険が潜んでいるか分からないので、最も信頼できるわが公爵家に、ということで陛下が押し切った。



 ちなみに現在、ダニエル殿下もジョセフ殿下もどちらも立場は王子のままだ。毒殺の実行犯である宮廷医師一族は処断されたが、肝心の側妃の実家侯爵家との繋がりの証拠は見つからず、現時点では残念ながら逃げられたまま。医師の証言の信憑性も崩れたので、ダニエル殿下が不義の子である、という証拠もまた存在しないため、王子の立場は保ったままである。



◇◇◇◇◇


 私達が、公爵領ののどかな領地で暮らして8年近くの年月が経った。

現在、私は16歳、ジョセフは15歳。私達は、お互い敬語はやめて、名前で呼び合う関係になった。私は最初、呼び捨てに抵抗があったが、彼は一歩進めて私を愛称であるパティと呼ぶようになり、牙城はもろくも崩された。


 ジョセフは自らの研究で、致命的な毒の摂取は防げており、公爵領で過ごすうちにみるみる回復していった。巻き戻り前の彼の姿を思うと、あの時点で彼を助け出せたことは本当に僥倖だったようだ。


 今、私とジョセフはお互い模擬戦用の剣を掲げて、手合わせをしている。

 ジョセフはあらゆる方面にその才能を発揮し、もちろん武術も、すでに我が領の騎士団員たちを上回っている。


 それに相対する私は、アリーに頼み込んで弟子入りし、護身術、格闘術、短剣術をそれぞれ修めた。グリーンヒル公爵家の遠いご先祖様が武人だったのなら、その血を引く私にも武術の才能があるのでは?という淡い期待と、せっかくこの神剣の継承者となったのだから、その能力を十全に引き出したい、という願いをもとに、死にものぐるいで修行に取り組んだ結果、我が師アリーに「すでに私を超えました」とのお墨付きをもらった。


 そんじょそこらの騎士を物ともしない実力に仕上がった私を以てしても、対ジョセフの勝率は3割に満たない。


「あ゛ーっ、悔しー! また負けたぁ」


「感覚で動くのは、パティの強みでもあり、弱点でもあるね。少なくとも僕との相性はよろしくないようだ」


「ジョセフってば、なんでそんな涼しい顔してるのよー。私は王家を守る剣なのに、護衛対象に勝てないなんて」


「僕にとってはパティこそ一番守りたい女の子だ。だからそう簡単に負けてあげないよ」


「……意地悪」

 きっと、私の顔は今真っ赤になっていることだろう。

 形勢が悪いようなので、私は話題を転換する。


「そういえば、ジョセフは王都でのダニエル王子の評判は聞いた?」


「ああ、父上からもいくつか愚痴を聞いてるよ。どうやら君の巻き戻り前の時と、大して変わっていないようだね」


「そうなの。私の代わりに婚約者になった、ビューレン侯爵家のアメリア様は、巻き戻り前での知己で、とても尊敬できる才媛だったわ。でも彼女でもダニエル王子を制御できなかったのね……」


「人の性根はそう簡単に変わるものじゃないさ。巻き戻ったとはいえ、一度君を殺した男だ。僕はあいつを許すつもりはないよ」


「私は自分の恨みとかどうでもいいけど。だって巻き戻ったおかげで、あなたとこういう関係になれたんだから」

 今、自分でうっかり恥ずかしいセリフを言ってしまった自覚がある。ここは勢いで誤魔化そう。


「さ、さあ。今度は真剣でもう一度、特訓に付き合ってよ。もう少しでこの短剣の新しい力が引き出せそうな感覚があるの!」


「うん、わかったよ。でも次も僕が勝ったら、さっきの言葉、もう一度聞かせてね」

 ……ヤブヘビだった。




◇◇◇◇◇


<巻き戻り前と同年同日、側妃の実家侯爵邸にて>



「アメリア・ビューレン! 貴様との婚約を破棄する!」



 きらびやかに着飾った紳士・淑女が華やかな宴を楽しんでいる最中、突然大きな声が会場に響き渡った。王子殿下を招いた大規模な祝宴で、一体何が?と会場の全員が視線を向けた先には当の王子が、傍らに桃色髪の少女を抱き寄せながら傲然とたたずんでいた。そしてその向こうには彼に敵意を向けられている一人の少女。


「ダニエル殿下、これは一体何の真似ですか?」

 集まる視線に臆することなく、その少女、アメリア・ビューレン侯爵令嬢が毅然として声を上げる。


「理解できないのか? 愚鈍な女め。貴様は我が最愛に対し、不遜にも嫉妬心をいだき、あまつさえ凶行に及ぼうとした! すでに証拠の品は、我が側近の手中にある。大人しく観念することだ」


 ダニエル王子の合図によって、側近の一人がその手に持ったぐるぐる巻きの布を引き剥がし、中身を大きく会場に掲げ示した。その手にあるのは一握りのナイフだ。ナイフの鞘には確かに侯爵家の紋章が貼り付けられている。


 ただ造りの粗さから、侯爵家騎士団の大量生産レベルの支給品のようであり、比較的誰でも手に入れられそうな品にも見えるが、王子がここまで堂々と誇示しているのだ。きっと決定的な証拠に違いない。そう会場の多くの人々が判断し、糾弾されている令嬢に冷たい目を向け始めた。


 ビューレン侯爵令嬢は、凛とした姿勢を崩さずにいるものの、杜撰な証拠モドキに押し切られそうになっている雰囲気を肌で感じ、やや顔色を青ざめさせている。対するダニエル王子は唇の端を釣り上げ、酷薄な笑みを浮かべる。と、その時、




「これは一体、何の騒ぎだ?」


 会場に低くよく通る声が響き渡った。割れる人垣の先に見えるのはここにいるはずのない存在。


「父上!? なぜここに!?」

 ダニエル王子が、思わず驚愕の声をあげた。


「私がここにいるのがそんなに不思議か? 何、お前が私の不在時に、なにやら妙なことを企んでいる、との情報が入ったので、急遽、外遊の予定を取りやめて駆けつけたまでよ。して、もう一度問うぞ、これは何の騒ぎだ?」


「うっ、そ、それは……」


「先程までの威勢はどうした? 私の耳には、婚約破棄がどうとか聞こえたが?」


「そのう、これはちょっとした余興で……」


「ほう、余興か。それなら私も一つ面白いものを用意しておるぞ。パトリシア嬢! ここに!」


 国王の合図とともに会場の入口が開き、登場してきたのは二人の人物。



 一人は波打つ銀色の艷やかな髪をなびかせ、その(かんばせ)は精巧な人形のように整っている。しかし人形と大きく異なるのは、強い意志を秘めた緑の双眸(そうぼう)と、生命力に満ちたその雰囲気。少女はシンプルで飾り気の少ない、動きやすそうなドレス姿だが、却ってそれが少女の魅力を引き立てている。腰には光を受けて燦然と輝く、美しい鞘に収められた短剣を()いている。ドレス姿と本来ミスマッチなはずのそれが、不思議とまるで揃いであつらえたかのように()()()()きているのだ。


 まるで、一度見たらもう目が離せない、そんな魅力を湛えた少女の姿に後ろ髪を引かれつつ、視線を彼女の後方に移すと、さらに驚きで目を見開くことになった。


 そこにいたのは夜の闇を溶かし込んだかのような漆黒の髪と、どこまでも透き通る輝く青の瞳を持つ長身の青年。特筆すべきは引き締まった体躯と、その身に纏う絶対的王者の(たたずま)い。誰もがその存在感に圧倒され、衝動的に膝を屈してしまいそうになるほどだ。


 そんな、それぞれ異なる魅力を持つ二人が一緒に並び立つと、まるで互いが互いのために存在しているような。まるで一対の羽を幻視するかのような。誰もが声を発することすら忘れ、ひたすら二人の姿に見入っていた。


 今、会場中の全ての人間の視線が、謎の二人の人物に注がれていた。






◇◇◇◇◇


……えっと、なんだか物凄ーく注目されているような?

まあでも、アメリア様に罪を被せるような、妙な空気は完全に払拭されたし、ま、いっか。


 私はシレっとすまし顔で、ジョセフと共に、会場の中心まで真っ直ぐ進み、陛下の御前にたどり着いた。陛下はニヤリとジョセフに視線を投げかけつつ、


「パトリシア嬢、改めて名乗りを上げるとよい」

 と私に存在の提示を促した。


 私は会場全体に声を届けることを意識して、気持ち、大きく息を吸い込んで声を上げた。


「私の名は、パトリシア・グリーンヒル。グリーンヒル筆頭公爵家嫡女にして『神剣の継承者』の資格を持つ者。王家の守護者にして、審判者なり。此度は国王陛下の招集により馳せ参じました」


 そう言って、腰に佩いた剣を、鞘ごと取り外し両の手で掲げた。会場の視線が、私が掲げた神剣に集中する。


 ちなみに、この剣の鞘、もとの色あせて古ぼけた姿とエライ違いだけど、私は何もイジってない。普段から身につけていたら、どうやら私の剣の腕が上がるごとに、ちょっとずつ神々しさが上がっていったのだ。今では鞘自体もわずかに発光し、見る者を惹き付ける、名実ともに「神剣」と呼べる存在となった。


 それはさておき。会場では「神剣?」「継承者?」などと聞き慣れないワードに疑問を抱く人たちでざわつき始めた。一部では「グリーンヒル公爵令嬢って、領地で静養しているというあの?」とかいう声も聞こえる。いや、私のことはどうでもいいんだ。今は神剣の話をしてくれ。


 それでは国王陛下、解説をお願いします。


「者共、静まれ!」

 陛下の一喝により、即座に場の空気が引き締まる。間を置くこと5秒、再度陛下が語りだす。


「彼女の持つ、この神剣は半神半人である我が国の建国王が、その神力を注ぎ込んで鍛えた物である。以来、神剣はその継承者と共に、常に王家を守護し支えてきた歴史を持つのだ。やがて神話の時代が終わり、建国王の偉業もただの作り話と考えられるような時代になると、神剣もまたその力が封じられ、永き眠りにつくことになった」


 陛下は周りを見渡す。


「誰もが神剣の存在を忘れ、継承者も、その力を発揮する術を失い、全ては時の流れに風化されたと思われた」


 一息ついた後、力強い言葉を発する。


「だが現在、邪悪なる心を持ち、王家を簒奪せしめんとする者共が現れ、我が王家は未曾有の大危機に見舞われたのだ。かの者共は、我が国建国以来の忠臣であった宮廷医師の一族を蝕み、宮中の医を掌握することで、王族の命を握り、(ほしいまま)にしようと目論んだ」


 陛下は目を閉じ、わずかにその表情に悔恨の念を浮かべた。


「私が愛した正妃は、奴等の卑劣な手にかかってその生命を落とした。そして彼女との間に生まれた我が子ジョセフもまた、その生命を失いかけていた。しかし、そこに現れたのが神剣によって導かれたパトリシア嬢だ! 彼女によってジョセフは命を救われ、私の想像を超えるほど立派に成長することができた」


 陛下はジョセフの側に歩み寄り、彼の肩に手を置いて皆の前に紹介した。


「この者が、我が愛する妻の忘れ形見にして、正当なる我が国の世継ぎ、ジョセフ王子である。そして今ここに宣言する。この瞬間より、ジョセフは我が国の王太子にして次期国王である!」


 ジョセフが微笑みながら観衆に向けて手を挙げると、歓声と、割れんばかりの拍手が会場中に沸き起こった。(贔屓目抜きにしても)凛々しく美しい世継ぎのその姿は、会場を熱狂させ、人々は王国のさらなる繁栄に思いを馳せている様子だった。



◇◇◇◇◇


 長く続いた拍手と歓声がやっとのことでおさまると、陛下は会場から忘れ去られていた一人の人物に目を向ける。その人物は、未だ茫然自失の状態から抜け出せない様子で、まるで金魚のように口をパクパクさせていた。


「ダニエル」

 陛下は、どこか憐れみを含んだ声で彼の名を呼んだ。


 そこで初めてダニエル王子は正気に戻り、国王陛下に詰め寄った。

「父上!なぜ……、なぜ私が王太子ではないのですか! 私はずっと、王都で、父上の側で育ったではありませんか! あの、田舎に逃げ込んで静養していた軟弱者の出来損ないなんぞ、王族にすら相応しくない! 私が、私こそが正当な王太子だ!!」


 陛下は努めて感情を乗せない様子で尋ねた。

「正当な王太子は、婚約者に無実の罪を着せ、晒し者のように断罪するのか?」


「そうです! 正当なるものは全てが許される! なぜなら正当なるものこそ、唯一無二の絶対者! 全てのものに(かしず)かれるべき存在なのです!」


 ダニエル殿下は会場の観衆が、彼を軽蔑の目で見つめていることに全く気づいていない。真っ青になっている側近や男爵令嬢の様子にも。


「お前は……。ここまで思い違いをしていたのか。……お前自身は何も知らなかったのだから、内々に処理をして、静かに暮らせる道も用意できたのだがな。どうやらその道はないようだ」


 陛下は諦念が込もった声でつぶやいた後、会場に向かって宣言する。


「皆の者、聞くがいい! 王家を謀り、滅ぼさんとした者共は、未だ裁きを受けてはおらぬ! 巧妙に証拠を隠滅し、尻尾を隠し続けた者たちを、今日、この場で炙り出し一網打尽にする! そのための手札はすでにここに出揃っている! パトリシア嬢!」


「はっ!」

 私は、陛下の呼びかけに短く返答し、目を閉じて意識を集中させる。


(子供が親を(こいねが)う、其処にあるは無垢なる姿。


 かの方が心を尽くした紋章よ。我が思いに呼応せよ。建国王に連なるものを探し出せ。


 創造主への感謝の気持ちを。かの血族の安寧の喜びを。光を放ちて寿(ことほ)ぎ給え)


 神剣の鞘から手応えを感じ、私は目を開けて陛下に頷く。

 そして私は、鞘の紋章を上面に向け、ゆっくりと陛下に手渡すと、紋章は鮮やかな光を放った。その神秘的な光景は、見る者全てを魅了していた。


 次に陛下は後ろに控えていた騎士の一人に神剣を手渡した。すると、先程までまばゆいほどに光っていた紋章の輝きが、一瞬でかき消えた。騎士はまた別の騎士に手渡したが、やはり紋章は光らない。幾人かがそれを試した後、騎士はジョセフ()()()(うやうや)しく神剣を手渡した。


 すると、陛下の時と同様、鞘の紋章は鮮烈で、しかしどこか温かな光を放った。

一連の行為を静かに見ていた観衆も、この儀式の意味に気がついたようだ。

「この光は王家の血に反応しているのだ」と。


 ジョセフは静かにダニエル王子の目の前まで歩いていく。そして、一切の温度を感じさせない冷ややかな表情で神剣を差し出し、ただ一言、「受け取れ」とだけ声をかけた。


 ダニエル王子はその手を震わせながらも、ゆっくりと剣を受け取ろうとする。一瞬、手が止まったようにも見えたが、そこから迷いを振り払うように、おもむろに神剣を鷲掴みした。



 果たして神剣は、、、





 ……その瞬間、鮮やかな光を失い、騎士たちが持っていた時と同様ピクリとも反応しなくなった。


 観衆の間で驚愕のざわめきが広がる中、この結果を当然のことと予想していた陛下が、


「神剣が示す通り、第一王子ダニエルは王家の血を引かぬ不義の子である! この時を以て、ダニエルの継承権と王子の位を剥奪する! また、医師を抱き込んでこの事実を隠蔽した側妃とその一族は、全員連座で死刑とする! 我が王家の血統を絶やそうとした神をも恐れぬその(たくら)み、冥府の底で後悔するがいい!!」

 

 と、大声量で一喝した。気の弱い者達は今の声でバタバタ気絶していた。


 会場にいた側妃の侯爵家とその縁者の一族は我先に逃げようとしたが、すでに会場の外を王国騎士団が取り囲んでおり、まさしく一網打尽とあいなった。


「悪党たちの断末魔の図」、この光景が絵画ならそんな題名が付きそうな混乱の中、会場の中心はまるで台風の中心のように、奇妙な静けさを保っていた。



 ひたすら王家の血統であることを誇示し、その他大勢を塵芥のように見下してきたダニエルは、自分のアイデンティティの根幹を失って、完全に(ほう)けていた。彼の側にはもう誰もいない。付き従っていた側近も、媚びるように体を寄せていた男爵令嬢も、既に冤罪を企てた(かど)で捕縛されている。


 私は、もしかしたらダニエルが逆上して、手にした神剣を使ってジョセフに斬りかかってくるのでは、と警戒していたのだが、ショックで神剣を足元に落としたまま、微動だにせず立ち尽くしていた。


 ジョセフはダニエルの足元に落ちていた神剣を、不満そうな顔で回収していた。やっぱりかつての私の敵討ちをしたかったのだろう。それでも流石に今の状態のダニエルを相手にする気にはなれないようだ。


 ダニエルは自ら静かな安寧の道を閉ざし、この後彼を待つのは一族に連座する滅びの道だ。だが、真実を知る、ということこそが彼にとって最も残酷な罰だったのかもしれない……


 こうして王国を揺るがした一連の事件は、ようやく終結の時を迎えた。



◇◇◇◇◇


 今、私とジョセフは正妃様の眠る、王家の墓前に立っている。


 全てが終わった報告に行こう、と二人の意見が一致してのことだ。幼き日のジョセフが、自分の命をかけて戦ったこと。神剣に導かれた私が、そうした彼と出会ったこと。愛するがゆえに、失う痛みに耐えかねて交流を避けていた陛下が、過ちを認め、頭を下げて再び距離を縮めることができたこと。神剣によって真実を照らし、正妃様の敵を取ることができたこと。


 伝えたいことをいっぱい話しているうちに、お互いの目に涙が浮かんでいた。


「ジョセフ、あなたずっと昔に言ってたよね。『この戦いに打ち勝つことができれば、母上はきっと笑ってくれる』って」


「ああ」


「本当に……、本当に良かったね、ジョセフ」

 涙声になってしまったが、それでも万感の思いを言葉に乗せて彼に伝えた。


「君のおかげだよ、パティ」


「ううん。あなたの強さに勇気をもらったからこそ、私は神剣の意を汲むことができた。あなたと共にあることで私は強くなることができた。全部、あなたのおかげなのよ」


「ふふっ、じゃあお互い様だね」

「うん!」


 二人で目を合わせて微笑み合う。


 正妃様の墓の周りの、色とりどりの綺麗な花がそよ風に揺られ、優しい香りが辺りを包む。まるで二人を祝福しているかのように。




~Fin


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 病弱だと思われていたジョセフは実は毒を盛られていたという事実が判明しますが、そんなジョセフが母の言葉に背中を押され、決して挫けず病と闘おうとする姿がとても健気で応援したくなりました。ダニエ…
[一言] 無能な側近と淫売の男爵令嬢がどうなってるのか書かれてない……
2022/05/04 14:37 退会済み
管理
[一言] 元側近達もどこぞの令嬢もあの世までお供出来て幸せだなぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ