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Replay ball  作者: 荒海雫
6/7

VS美恋 1

 マウンドには颯、打席には美恋が立つ。緊張の面持ちは無く、睨み合う程に闘志を滾らせる。

「ルールは単純だ。三打席の内に一本でもヒットを打てば美恋の勝ちだ。フォアボールになった場合はやり直しだ」

 颯の後ろにはそれぞれのポジションにつく野手が居る。美恋はただ球を当てればいという訳ではないということだ。

「俺の投げる球種はストレート、カット、フォーク。シチェーションは昨日の試合の打順の通りでお前も三番、ツーアウト二塁一塁。攻撃側は一点を取れば同点の局面だ」

「……それ意味ある?」

「意味を感じるかどうかはお前次第だな」

 両者を遠巻きから夏芽は眺めていた。夏芽に後輩からの声がかかる。

「どっちが勝つと思います?」

「……颯、かな。多分今は本来から30%くらいの力でしか投げれてないし、負担を減らすためなのかハンデなのか腕の振りが低い……。でも実力勝負ならやっぱり颯の方が上だと思う」

「えー、美恋先輩も凄いのになぁ」

「実力だけの勝負なら、って話だけどね」

 後輩は首を傾げた。

「颯はあえて状況と自分の球種を伝えた。その状況でどんな投球をするのかって美恋に考えさせたいんだよ。だからこれは読み合いの勝負。颯の配球が読めれば、きっと美恋は勝てる。颯はそういう勝負に持ち込んでいるんだと思う」

 颯が投球モーションに入る。ゆったりとした動きで力を溜め、左脚を前に出しながら一気に力を放出する。

 スリークォーター気味で投げられた球は外角のストレートだ。美恋は積極的にバットを出していく、が振り遅れて空振りとなる。

「……まあ、球が早いのはわかってたけど」

 颯が投げたストレートは美恋の体感でも130キロを超えていた。女子野球界でも到達しえない球速だ。美恋がバットを出すのが遅れるのも仕方のないことだった。しかし、美恋はタイミングの修正力も抜群であり、後二、三球でもくれば合わせられると颯も美恋自身もわかっていた。

 美恋にとって有利なのは絶対に緩い球は投げてこない、というところだ。球速差を考慮すべきはカットボールくらいなもので、フォークは単に言えば見逃せるかどうかの変化球。つまり配球を読めるかどうかが勝負の分かれ目だと美恋は考えが行き着く。

 二球目。内角に抉りこむカットボールだった。ストライクゾーンだったとはいえ、生半可にバットを振ればファールになっていただろう。これもまた狙って打っていく他ない。

 三球目は外角のフォーク。美恋にとってはストレートのように思えた軌道だったが、目の前で忽然と消え、気づけば球はバットを下を通っていた。かなり落差も大きく、スピードも美恋からしてみればストレートと遜色ない。振った後に気づくのだから、ストレートとの見極めは難しいだろう。

 美恋の第一打席は三球三振。あっさりと空振りをして終わってしまった。

「美恋」

「何よ」

「焦らないで」

 キャッチャーである涼音が美恋に声をかける。涼音の本心としては、颯は裏をかくようなことはほぼしてこない、ということだ。ここまでの配球は基本的なものだ。ストレートでワンストライクを取り、カットボールで内角を意識、そのあとフォークで三振を狙う。この組み立て自体は美恋も察していたはずなのにフォークに手を出してしまった。落ち着けばある程度の読みで対応ができたはずだ。しかし美恋は涼音の本心を汲み取っているのかいなのか、不遜な顔をすぐに逸らす。

 逆に言えば基本的な配球でありながら、簡単に三振を取る颯も投球は決して侮れるものじゃない。決して甘いカットボールやフォークは投げず、あまつさえバットに球を当てすらさせなかった。

「……やっぱり颯は凄いな」

 夏芽に頭には昔の光景が浮かぶ。自分に胸に火を灯すような、あの少年の投げ込む姿が、今もなおマウンドに居るように映る。

 どれだけ努力すれば、どれだけ投げ込めば、彼に近づけるのかが、もう夏芽にはわからなかった。

 第二打席目。美恋は深く息を吸い込んで集中をする。今までの経験も技術も、呼び起こさなければ颯と同等には戦えないと感じていた。

 颯にも美恋の目つきが変わったのがわかった。鋭い目には颯や自分などの意識はなく、ただ来る球に対して打ってやるという意思を感じた。

 一球目。美恋の思考が走る。一球目は必ずストライクを取りたい場面だ。打者はストライクが取られれば取られるほど、打率は下がる傾向にある。投手からしてみればストライクを取れば取るほど打ち取れる可能性は高まる。つまり初めからストライクを取るのは、今後の余裕に繋がる。颯は見逃せばボールになるフォークを投げてはこないだろうと美恋は読んだ。

 つまり、第一打席と同じく、初球ストレート。

 先程より内角よりのストレートを思い切り美恋は振りに行く。

「当たる!」

 後輩からも声が漏れるほど、誰もが大きな当たりを期待できるようなものだった。しかし――

 球は一塁線を走り、結果はファールであった。

「美恋先輩のミスかな」

 後輩の言葉に夏芽は

「ううん。颯が投げたのはカットだったよ。ストライクのとり方は見逃しだけじゃなくて、ファールもあるからね」

 食い込んできたカットボールに美恋は芯を外され、ファールとなってしまった。しかしほんの5cmでもズレていれば長打ヒットになっていただけに、惜しい一打だったといえるだろう。

 二球目。再び内角の球だ。美恋はより体を捻り、カットボールにも対応しようとする。

「甘かったわね……!」

 しかし、美恋はスイングを止め、球を見逃した。颯が投げた球はフォークだった。結果はスイングは認められずフォークはボールとなった。

「……まあ、それもそうよね」

 一球目は美恋が内角の球をいい形で打った。にも関わらずもう一度内角に投げるのはリスクが高いだろう。颯は内角の意識をした美恋を空振りにさせようとフォークを投げたのだった。

 三球目。今度は外角の球だ。美恋はボールだと確信する。バットを出さず、球を見送る。

「ストライクツー」

「えっ、嘘でしょ!」

 しかし球はストライク判定となった。カットボールでストライクゾーンに入ってきいたのだ。さらに言えば、美恋は内角を意識してしまっていたからこそ、外角の球をより遠くに感じてしまった。颯の計算高い配球だ。

 美恋の息が乱れていく。美恋はバットを握る力が緩むのがわかった。

 颯は、たった三球種のはずだ。にも関わらずこの手数。口で言うのは簡単な配球だが、颯の高精度な投球は読み打ちなどの猶予は与えない。すべての手法に警戒をしなければならないのだから。

「何が配球を読めばいい、よ……」

 打開策が全く頭に出てこなかった。しかし時は流れていく。考えが纏まらないなか、打席の中でフォームを取る。颯の手元からくる読めない攻撃を、ただ待つしかなかった。

「『相手が勝負せざるを得ない展開に持っていく』」

 涼音が呟いた。それは美恋のノートに書かれていた一文だった。

 勝負せざるを得ない、つまり相手の投球を制限するということだ。美恋は改めて考えてみる。

 ここまでの第二打席の投球は無理にストライクを取りに行っていない。初球カットボールはボールになる可能性も高く、二球目のフォークは空振りをさせたいという意思だろう。三球目のカットボールもアウトコースギリギリだった。つまりストライクゾーンでの勝負は避けている。颯は美恋のバッティングを警戒しているのだろうか。安易にストライクを取りに行けばヒットを打たれてしまうと。

 美恋は颯の警戒心に気づき、それが自信へと繋がった。追い込んで、勝負させれば打てるかもしれない、と。

「そのためには……」

 四球目を美恋は待つ。腰を落とし、脚も上げない。バットを僅かに短く持つ。

 颯も美恋の変化に気づいたのか、眉を少しだけ動かしながら投球した。球は三球目と同じ、外角のカットボールだった。先ほどよりも外角寄りで厳しい球だ。見逃してもいい程ではあるが、ストライクと判定されてしまえばそれで終わりだ。美恋は完全に遅れたタイミングでバットを出し、三塁線から大きく左に外れたファールだった。

 結果からすればいい当たりではない。だがこの場の誰もが理解した。美恋はあえていい当たりを狙わなかったのだ。

「あの姿勢と打ち方……完全に粘るつもりだね」

 夏芽が言うように、美恋の狙いもそうだった。ファールはストライクとみなされるが、ツーストライク以降は何本打とうとアウトにはならない。つまりツーストライクで追い込まれている状況でも打者がファールで粘り続けることが可能ということだ。

 この球をあえてファールにする打ち方をカット打ちと言われるが、美恋はそれに値しないバットの振り方だ。ただ球に対してタイミングを遅くして振っているだけに過ぎない。しかしこの一打は確実に颯に喰らいつくきっかけとなる。

 五球目は内角のカットボール、一球目と同様だ。しかしより美恋の内側に入ってきた球は明らかにボールだった。美恋は体を逸らして球を避ける。カウントはツーボールとなった。

「危ないじゃない」

 不敵に笑うその顔は颯を煽るためか、自分の余裕を作るためか。

 美恋の粘り打ちはここから何度も続いた。一度もヒット性の当たりはない。全てフェアラインの外側へと球は飛んでいく。それでも球をバットの端だろうと飛ばし続け、いずれ来る甘い球を美恋は待ち続けた。

 ファーストとサードが少し息を切らして来た頃。

 颯はフォークを投げる。ここまではスリーボールになることを避けていたため投げていなかった球だ。

「変化が甘い……!」

 夏芽も美恋も颯のフォークの変化が緩いことに気づいた。球の回転が弱く、軌道が美恋にも簡単に理解できた。しかし球の高さは自体は低い。それでも美恋はバットを振っていった。 

 だが決していい当たりとはならなかった。球は颯の前で地面に付き、大きくバウンドする。前に出てきたセカンドが捕球し、一塁に送球した。美恋が一塁に到達する前にファーストに球が送られ、アウトになってしまう。第二打席はセカンドゴロに終わってしまった。

 しかし、成果は確かにあった。美恋は何とか颯の球を粘ることができるようになったということ。そして――

「ハァ……確実に……疲労してるわね、ハァ」

「美恋先輩がですか?」

「アイツがよ!」

 颯はここまでで十何球か投げている。しかし半年というブランクと、繊細なコントロールによって、既に疲弊の色が見えていた。その証拠が先ほどのフォークである。あれ程に抜ける球が再び来る可能性は低いが、美恋が粘れば粘る程甘い球が来る可能性は上がるということだ。

 勝機が、確実に美恋には見えていた。

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