こうしてふたりは出会った
住宅街を一人の女性が歩いていた。その女性は童顔で、けれどどこか大人っぽさがあった。彼女は先ほど家を出た河井鈴奈であった。
大容量の赤いキャリーバッグを片手にクリーム色のハンドバッグを持って歩く。キャリーについているキャスターがアスファルトの上をゴロゴロと音を立てているのをBGM代わりにしていると、途端にふらっと彼女の視界が傾いた。あれ? とハテナを浮かべる前に彼女はその場に倒れた。
(え、や、ばい……意識が、これは、睡魔……?)
鈴奈はここ最近まったく寝れていなかったため、流石に身体が持たなかったのだろう。家を出ると覚悟したのにと悔しそうにするが、どうやっても身体は動かない。
(だ、誰か、助けて……)
声すら出なかった。
こういうとき、思い浮かべるのはやはり夫である春信であった。
──いいや、もう夫ではないのかもしれない。と彼女は思った。なのに脳裏に浮かぶのは春信。彼のことがよほど好きなのだということがわかる。けれどそれが、本当に〝好き〟ということなのかというとそうではないかもしれないと心のどこかで思っている自分がいた。
(はは、笑えてくる)
笑うしかなかった。笑う気力はなかったが、そういう気分だった。
好きかどうかわからなくなったから家を出たというのに好きも嫌いもあるか。別に嫌いになったわけではなく────そう、不安なのだ。彼が自分のことをどう思っているかがわからないから。
彼女の危機に駆けつけてくれる人はいない。
住宅街とはいえ人通りがまったくないわけではないが今日に限って人が通らなかった。
(助けて。ここで終わるわけにはいかないの……)
──と。
その願いが届いたのかはわからないけれど、鈴奈のもとに人間と及ぼしき存在が現れた。
(だ、誰なの……)
鈴奈の目は、既に閉じていたが、誰かがいるということはわかった。
「人が倒れている。なんか、前にもあったような気がするなぁ。──おーい。生きてるかー?」
男の声だ。
その男は鈴奈の脈をはかり、生きていることを確認すると、よいしょとおんぶした。
(え、ちょ、……ああ、いや、もういいや。眠いし、寝よう)
知らない男に触れられ、背負わされた鈴奈は少し混乱したものの、睡魔には勝てなかったようで──いや、この人なら大丈夫だろうと判断して意識を手放した。
「荷物あんのか。まあ、仕方がない。家に運ぶか。誰もいないし」
男はそう言って、空を見上げた。
「お前がいなくなったから、こういう目にあったんじゃね?」
誰もいない空間にそう言った。
──クスクス、それはないよ~。
「お!? 今笑われた気がする!?」
男──茜誠は、そう言って辺りを見渡した。ちよがまだ現にいるのではないのだろうか、と。
「そんなわけがないよな」
よいしょと鈴奈を背負い直して、彼は歩き出した。
これがこの二人の出会いであり、運命であった。
──運命、なのか? いや、運命でいいや。運命ということにして。そうじゃないと話進まないから!




