出会いと別れと。
時は現代、もしくは昭和の時代。
どこかにあるといわれている伝説の国ニポン。
現実の日本国とよく似ていた。
僕の名は伊藤たけお。
生まれつき障害があり入退院を繰り返している。
今は少し安定しているけれど、体が思うように
動かなくて毎日の生活にも支障がある。
両親はいない。
理由は知らない。
僕は、捨てられたのだと思う。
そう思うことで自分を守った。
僕はいらなくない。
どんなに入院しても、
どんなに体が動かなくても、僕は僕。
生きてやる、気が済むまで。
毎日がその繰り返し。
毎日が自分との闘い。
それがある日、一変する。
僕の住むアパートの一階に入っているコンビニで
パンとミルクを買った僕。
これで今日は食べよう。
そんなに食欲ないし。
僕の部屋は二階だから階段を登るのは
少々きつい。
でも登らないと何にもないもんな。
ひたすら階段を踏む、登る、踏む、登る。
この先に天国があったらいいのにな。
そんな現実逃避をしてしまうよ。
どこかでいい香りがする。
お料理だね。
僕の住むフロアに料理好きの奥さんがいるらしく
おいしそうな香りがしてくる。
しあわせな人はとことんしあわせなんだな。
そんな嫉妬と羨望をしてしまうけれど、
これは僕らしくないなあ。
生きてるだけで大丈夫なんだって。
自分に言い聞かせた。
そして。
階段を登り切って二階に到達。
自分の部屋の前に誰かが倒れていた。
「!?」
誰だ。
僕が部屋を出る前にはいなかった。
一階のコンビニに行ってパンとミルクを
買う時間以内でここに到達した。
そう考えるしかない。
「大丈夫?」
なんだろう、10歳くらいの女の子のようなんだけれど
身なりは粗末でひどく汚れている。
長い髪も傷んでいる。
お風呂に入っていないのか?
けもの臭がする。
「うーん....。」
ああ、意識があるようだ。
とりあえず部屋の中に入れよう。
この子は世話をしなければならない。
どこから来てどこに行く気だったのかは
分からないけれど。
布団を用意して、寝かせた。
声掛けした。
「僕はたけおと言う。」
「私は...マツ...。」
コミュニケーションが成立してよかった。
名前が分からないことにはやりようがないもんな。
「マツ、お腹すいていないか?」
「ずいぶん食べていない....。」
「食パンとミルクで良かったらあるよ。」
「頂いてもいいのか...。」
「いいよ。」
自分で食べるために買ったパンだけど、
この子に与えてもいいや。
僕はあとでまた買いに行こう。
しかし、食パン一斤とミルク、
すごい勢いで食べていたな。
見ればやせ細っていて、これじゃまるで
行き倒れじゃないか。
しかもなんで僕の所へ。
類は友を呼ぶ。
障害で生活困難な僕。
そこに身分の知れぬ者がやってくる。
これは必然だったのかもしれない。
「ありがとう、ごちそうさま。」
マツは手を合わせた。
ごちそうはないけれど、今のマツには
食べられること自体が嬉しかったのだろう。
次に、マツを入浴させないといけない事に気が付く。
別にぴったりとくっついている訳ではないが、
一メートル離れてもけもの臭がする。
これは絶対に入浴させないといけない。
「マツ、お風呂の用意をするから入れ。」
とたんにマツの顔色が変わる。
「嫌だ、お風呂は嫌!」
お風呂というキーワードに過剰反応している。
何か嫌な理由があるのか。
「マツ、お風呂に入らないと不潔だ。」
「お風呂は嫌だ、おぼれる!」
「じゃあ、シャワーでいいから身体と髪を洗え。
それでいいか?用意するから。」
「うん...。」
マツがシャワーならいいと折れてくれたので
今度は別の事を考えないといけない。
マツが着ている洋服の洗濯だ。
あちこち傷んでいる。
これはしばらく僕のシャツとジャージを
着せるしかないかな。
せめて乾燥するまで。
とりあえず洗濯をするというとマツに告げる。
「たけお、家政婦みたいだ。」
「まあ、そうなんだろうな。」
一人暮らし長いから、自分のことは自分でしないと
何ひとつできなくなってしまう。
身体が動かないときは不精になってしまうけど、
さいわい今はその時期ではないのだろう。
時間はそんなにかからなかった。
マツは身体と髪を洗い、だぶだぶのジャージを着て
出てきた。
洗濯機はまだ回っている。
「しばらく待ってくれ。」
「眠い」
「ドライヤーで髪を乾かしたら寝てもいいよ。」
「うん。」
ドライヤーは自分ではあまり使わないけれど、
他人が使うとなれば活躍する。
その時思った。
女の子の香りがする。
けもの臭じゃない、女性独特の甘い香り。
シャンプーやせっけんの香りともまた違う、
独特な匂い。
僕の胸は鼓動し、ドキドキした。
発作じゃなくて、たぶん本能。
今まで縁のなかった香り。
しばらくしてドライヤー音が止まった。
マツの髪はトリートメントがかかり
傷んでいた感じが収まっていた。
むしろきれいな髪だね。
マツは布団にごろりとなった。
「寝る。」
そう何分もかからず、マツは寝ついた。
疲れ果てていたのだろうか。
じゃあどこから来たんだよと思うが、
どうしたらいいか分からなかった。
出会いは突然来て別れも突然来る。
どんなに親しくても去っていくものはいるし
嫌いな相手にわざわざ粘着する者もいる。
人の心は分からない。
次の日。
洗濯物が乾いたのでジャージから普段着に
着替えさせた。
そして近所の安い洋品店に、マツが着るもの、
数点を買い与えた。
だいぶきれいに見栄えするようになった。
服のチカラすごい。
はたから見ても美人に見えるもんな。
ともあれ、僕にできることはこのくらいだ。
疲れた、本当に疲れた。
静かに休みたい。
と思ったのだが、話はそう簡単ではなかった。
家に帰るとなぜか鍵が外れていた。
「泥棒か!?」
そうは思ったが、事態はそれを上回る状態だった。
茶の間のちゃぶ台に虎の覆面をかぶったたくましい
男が一人いて、こちらをにらんだ。
「帰ってきたか無謀な青年よ!」
「あんたの容貌が無謀なんじゃないのかなあ。」
マツは、男の姿を見た途端、硬直した。
何もできない、何も言えない、金縛り状態。
直感で分かった、この男はマツの関係者だ。
とりあえず話は聞こう。
僕はお茶をいれ、菓子を出した。
相手もそれなりに礼儀をかかさず、交渉の余地が見えた。
ここからだ。
「僕はマツを保護していました。それだけです。」
「家に連れ込んだのは認めないのか。」
「倒れた人がいれば救護します。当然です。」
「マツは渡してもらわなければならぬ。」
「あなたが信頼に足る存在だと分かれば渡しますが。」
そこで、先ほどまで硬直していたマツが大声で叫んだ。
「嫌だ!戻りたくない!お家には帰らない!」
僕はびっくりしてしまったが、男の顔色をうかがった。
「本人、こう申していますが何があったんです?」
「結婚の話をしただけなのに。」
「なんでまたそんな事に。」
マツはまだ10歳くらいじゃないか。
なのになんでお見合いみたいな事させるんだよ。
だが、マツは10歳なんかではないらしい。
どうやら成長できない特殊な病気らしく、
医者が欠かせない。
「だからこそ今は返してもらわなければならぬ。」
「僕の身分見抜いていますよね?」
「困窮者には配慮しているつもりだが。」
「お茶菓子、、結構食べてますよね?」
「ちょうど好物だった。」
「なんだかなあ。」
とにかく。
マツは帰りたくないと言い張った。
虎の覆面男は態度を変えず、しかしお茶菓子は
食べつくしてしまい、後日また来ると言い残して
去ってしまった。
気が付けばしょんぼりしているマツの姿が。
僕は頭をなでながら言った。
「すまない、あんまり守れなくてごめんな、でも。」
「迷惑をかけたくない...。」
「無理をするな、ここにいたいならいろよ。」
本当は違った。
マツが帰らないで一番いいのは僕の方だった。
孤独を感じない部屋の中、うれしい事がいっぱい。
そんな家族が出来たかのように勘違いしていた。
家族ごっこ。
マツに余計な負担をかけたのはむしろ僕の方だ。
これ以上一緒にいると未練が残る。
その手を離す以外の選択肢はあまりない。
猶予期間があるだけなんだと分かった。
体がだるい。僕自身もあまり無理が効かないんだ。
卵かけご飯にして食べよう、マツと。
最後の夜になるかもしれないけれど、
一緒のお布団で兄妹のようにして寝た。
ああ、いつか見たしあわせはこれだったのだ。
障害は不幸ではないよ、後悔が不幸なんだよ。
気が付けばマツの姿はどこにもなく、
その痕跡も一切消されていた。
思えばマツは何者だったのだろう。
どこかの国のお姫様、そんな感じではなかったけど。
行き倒れのプリンセス。
ただ一輪の花と、
「ありがとう」の手書きのはがき。
僕は今でも忘れはしない。
離れ離れになっても君のことを強く思おう。
強くあれ、どんな時にも命を忘れるな。
あなたがいることで輝くものがある。
あなたといると喜ぶ者がいる。
それに気が付いたとき、あなたのストーリーが
新しく書き加わる。
受け入れるかそうでないかはあるのだろう。
しかし人はいつか死ぬ。
これだけは変えられない。
だから今を大切にして進んで行くしかない。
障害があってもなくてもそれは同じだから。
いつまでも待っている。