俺、中の人と話しました(大興奮)
事前に目野に注意事項は言い渡されてたことの一つに、『VTuberの中の人を詮索するな』というものがあった。
それは分かる。俺だってリアルと重ねて見られたくないし。
なので「リリーさんですか!? 大ファンなんです! 応援してます!」と言いたくはあるがこの場では黙っておく。
「ちょっと待ってて」
イケメンはそう言うとデッキから消えた。
もしかしてこっちに来るつもりか?
まさかまさかと思いながら素直に待っていると、本当に着た。
イケメンが来た! 麒麟とかダーウィンよりも先に!
「船酔いにはおしゃべりがいいんだって。リラックスできるから」
「あ、そうなんですね……」
「僕は《花園リリー》。事務所は『バーチャーズ』。ゲームしたり歌ったりプロモーション活動をしたり……まあ、なんでもしてるね」
自分からバラしていくスタイルだった。
詳しく自己紹介してくれたけど、知っているんだよな……。
VTuberを齧っている人なら《花園リリー》を知らない人はいない。CMでも時々見るし、コラボでお菓子のパッケージにも出ていることがある。まさに売れっ子アイドルだ。
それに俺、この人に憧れてVの名前を考えているのだ。花の名前から取っている。
「えっと、俺は《アマノ川アザミ》です。事務所は『アゲート・カンパニー』で……主にゲーム実況をしてます」
「ああ、君がアザミちゃんなのか」
面と向かってそれを言われると恥ずかしいからやめて頂きたい。
「配信いくつか見せてもらったよ。アザミちゃんの雰囲気とホラーゲームの相性がとてもいいね。リスナーとも初期のころから関係性が良くて新人とは思えなかった」
ホラーゲームと言えば聞こえはいいけど、有料クソホラゲーなんだよな……。
それにリスナーのことは目野に炎上対策としていろいろ叩きこまれたので当たり前である。アイツにとってアザミは実の娘のようなものなので、親心ってもんだろう。まあ中身は俺だが。
「リ――リリーさんも、こう、すごいなって毎回見て思ってます。去年一年間、一か月ごとにテーマに即したボカロ曲を歌うって企画、アレすごい良かったです」
語彙力が小学生みたいなことになってしまった。
リリーさんは穏やかに笑う。
「ありがとう。少し大変だったけど、やり切った甲斐があったよ」
「俺、海のテーマの時のが一番好きでした。ちょっと暗めな歌が多いけれどリリーさんの声に合っているっていうか……」
そこまで早口で言ってしまったと黙る。これじゃただのオタクじゃないか! いやそうなんだけど! アクキーとかクリアファイル持ってます!
「あ、すいません……興奮してつい」
「いやいいんだよ。バーチャル活動をしているとリアルでの反応ってあんまり体感できないから。数字でなら簡単だけどさ」
「そうですよね……。リスナーが楽しんでいるかどうか、たまに分からない時があります」
「分かる分かる。本当にみんなが楽しめることはなんだろうといつも考えてしまうよ」
超人気VTuberも俺みたいなニュービーと同じ悩みを抱えているんだな。
そう考えると親近感が湧く。実際には月とスッポンなわけだが。
「ねえアザミちゃん、みんなが夢中になるエンターテインメントってなんだと思う?」
リリーさんは海の底を覗き込むように目を伏せた。
その横顔からは何の感情も読み取ることができない。
「みんなが夢中になる……?」
「そう」
「うーん……。美味しいものを食べるとか? トークの上手な人たちがわいわいゲームするとか……」
「それもあるかもしれないね」
あ、正解ではなかったのか。
「じゃあ宿題。分かったら教えてね」
「ええ!? せ、せめてヒントだけでも」
「みんなにとってけして遠いものではないこと、だよ」
最後の最後に謎めいたことを言い残して、リリーさんはあっさりと僕から離れていった。
その場に残された僕はしばらく茫然とした後、はっと酔い止めの存在を思い出す。酔いは薄れていたけど万が一がある。水が欲しくて、僕は売店か自動販売機を探しに行った。