俺、本戦前に死にかけてます。
『KODOKU』はVTuberのために生み出されたファーストパーソン・シューティングゲーム――通称FPSだ。
武器の豊富さや、普段使用しているキャラクター外見データを流しこめば簡単にゲーム内でもVTuberの姿が再現できるということで発売前から注目されていた。
2年か3年ぐらい前に発売されたんだったか。ちょうど俺が《アマノ川アザミ》としてデビューした頃だ。
だいたい1年前に『第一回VTuber蠱毒大戦』が開催されどこかしこも大盛り上がりだった。現実のニュース番組にも取り上げられ、VTuberは市民権を得ているのだなぁと感想を抱いていた。
まさか俺もプレイするとは思わなかったが。
半年前、【そろそろ第二回予選エントリーが始まりますね。参加されないんですか?】というコメントに対し「そもそもゲーム買ってない」と回答したのが運のつきであった。
その1分後、リスナーがゲームを買える金額を投げ銭してきたのでダウンロード購入せざるを得なかったのだ……。
で、買ったからにはプレイしなくてはならず、プレイしたら対戦願いが来るようになり、目野が知らない間にエントリーしやがって、気づいたら予選通っていた。
どうしてこうなった……?
そして巷では『チョロダウナー』と呼ばれているらしいが何故だ……?
「ぐえ……」
そして今、俺は船酔いで死にそうだった。
デッキの手すりにしがみついて吐き気を噛み殺している。
さっき船員の人が俺を見て「これから時化ますから波が荒いんですよね、ハッハッハ」とケロリとした顔で通り過ぎていった。励ましたかったのか煽りたかったのかどっちだ。
目的地まで一時間かかるそうで、今は20分が経過したところだ。まだ地獄は続くってわけか、ワクワクしてきたぜ。
見渡す限り海しかない景色をぼんやり眺めていると、誰かが横に立つ気配がした。
そちらに目を向けると先程の少女がいる。手に何か持ち、こちらに無言で差し出していた。
「ええと……」
酔いどめだった。封は開けられているので彼女も飲んだのだろう。
俺は少女と酔いどめを交互に見る。
受け取っていいものなのか?
でも差し出されているから貰わないと逆に失礼か。
うんともすんとも言わない俺に焦れてきたのか、アーモンド形の目を細めて少女がぐいぐいと押し付けられるので勢いで受け取った。
「あ、ありがとう、ございマス……」
「……」
少女は黙って立ち去った。な、なんだったんだ……。
呆然としていると上のデッキから笑い声がした。見上げると男性がこちらを見ている。
「やあ、大丈夫かい?」
「え、はあ、まあ……」
海風により長めの前髪が揺れ、目元が見え隠れする。すごいイケメン。
ここにいるってことはVTubarなんだろう。リアルでもモデルをしていそうな顔をしている。
「あの子、5分ぐらい君に薬を渡そうか否か悩んでいたんだよ。野暮だから黙って見ていたけど、成功してこちらも一安心したな」
「あ、そうなんスか……」
黙られていても気さくに話しかけられてもなんだか対応に困る。
特に俺、バーチャルでは美少女なのでなおさらギャップとか気にしてしまう。
「まあ今日は自己紹介ぐらいで本戦は明日からだし、到着したらゆっくり休みなよ?」
「そうします」
なんか……聞き覚えがあるな。声質と、語尾を少し上げる喋り方。
あ。もしかして。
『第一回戦』で二位を獲得し、ここ2年ずっとトップ3内にいる超人気VTubar。
《花園リリー》の中の人、じゃないのかな。