俺、ダウナー系美少女で売ってます。
「天野、おまえVTuberって知ってる?」
勤め先で三度目のぎっくり腰を起こし、休職中の俺のところへ親友である目野はそんなことを切り出した。
「……あれだろ、生の声とかボイチェン使って動くイラストと連動させてゲームする人のことだろ」
「おおむね正解。それで相談なんだが」
目野は持参したノートパソコンを起動させ、ディスプレイを見せた。
黒髪赤目で――黒いゴシックロリータのドレスを身にまとった少女の絵が描かれている。
「へえー、かわいいな。おまえが描いたのかこれ」
「そうそう。2Dアバターなんだよこれ。がんばってモーションキャプチャも勉強してけっこう自然な動きも出来るようにした」
「ふーん」
成果を自慢しに来たのだろうか。
まあそうだとしても楽しそうに話している友人を見るのは、腰が痛くてろくに動けない俺のメンタルを軽くさせた。わざわざ俺に報告しに来てくれたのも嬉しいものだ。
「それでさ、機材とか貸すから」
「ん?」
「この子の中の人になってくれね?」
「ん?」
ん?
〇
——それから一年後。
俺はとある船着き場にいた。もう秋なので海風が冷たくて身震いをする。
手元には『第二回VTuber蟲毒大戦本選』の要項がしたためられた手紙がある。
俺宛にーーいや。ダウナー系ゴスロリVTuber《アマノ川アザミ》へ送られたものであった。
どうしてこうなった?
いやほんと、どうしてこうなった?
ボイスチェンジャーを使い、最初のうちは特に面白い話題はないとはいえだらだらと配信していた。
そのうちに目野にゲーム実況のやり方を教えてもらい、元々の趣味だった有料クソホラーゲームの実況をしているとなんだかリスナーが増え、FPSの『KODOKU』を勧められて、どうしてだか予選を通過してここにいるのだった。
怖い……俺のVの才能が怖い……。
【そろそろ出発かな? アザミんがんばれ~☆】
めちゃくちゃ呑気なメッセージが送られてきた。目野しかいない。
あいつが描いたアザミのメッセージスタンプも大量に送られてきた。目の前にいたらはっ倒していたかもしれない。
【もう俺自信ねえよ……。周り、めっちゃ覇者みたいなオーラの人たちだもん……】
打ち込みながらちらりとまわりを見る。
おそらく同じ予選突破者であろう人たちがまわりにつかず離れずの距離で立っている。何人かはリアルでも知り合いなのか軽く挨拶をしているけど。
年齢も様々だ。一番若そうなのは……学生に見える少女だ。だぼだぼのパーカーを着てミディアムヘアを風に揺らしていた。俺はひとりで行きたくないってゴネるにゴネたのに、あの子は堂々とした風格だ。やっぱり人気上位ランクに滞在する人たちは雰囲気が違うな。
俺の視線に気づくと、少女は少し距離を置いた。すまん……。
【大丈夫だよ、アザミんならそこらのVの者なんて千切っては投げ千切っては投げして勝利を勝ち取れるから】
【ふざけんな投げ銭5000兆円送れ】
【アザミんみたいに言って】
【……ねえどうでもいいけど、5000兆円いれてくれる?】
【最高】
いいね! というスタンプが送られてきた。目の前に居たらぶん殴っていたかもしれない。
そんなあほみたいなやり取りをしているうちに、乗船準備が整ったとアナウンスが入る。
俺は重いキャリーケースを引きずってゆっくりと戦いの地に向かったのだった。