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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

不思議不可思議短編集

Lovers ex machina《タンポポと鋼鉄の愛》


崩壊した都市、東京。

東京、日本のほとんどが得体の知れない怪物ーー機械仕掛けの天使によって破壊されてしまっていた。


頭に光輪を戴冠した翼の生えた彼の者たちは、人型でありながら合金板や螺子で構築された正にサイボーグの人形軍勢。


天高くを舞い踊りながら、神話のキューピッドのように地上に向けて矢、ならぬプラズマ光線を浴びせて焼け野原にして行ったのだ。


悲鳴と神への祝詞の大喝采起ころうとも、天使たちは微笑む事なく全てを焼き殺していく。


破壊の絶望。

文明の焼け落ちる音だけが地球を包んだ。


ただ一つだけ祝福されたような静寂の地あった。


倒壊したビル群の山の頂上で、1人の男と天使のような女は教会にでもいるように、向かい合っていたのだった。









槍のように鋭い黒いハイヒールをカツカツと鳴らしながら、横になったビルの壁を歩む彼女。

歩む間に頭の上に薔薇のように刺々しい紅色の光輪が出現していく。


神秘の象徴か、悪魔の証明か。


服装は白装束から喪服とウェンディングドレスを組み合わせたような悲しく深い黒色の服に変わっていった。


女は悪魔のようで、天使のようで、それでいて最も神に近しい人間に見えた。


その神に近しい女が、口を開けて一介のなんの特別性もない男に向けてこう言ったのだ。


「愛してるわ」


彼女は男に愛を告げた。

ーー合成された愛。

ーー機械的な愛。


彼女のいう愛の言葉に人としての情も熱もなく、ゆえに怪物の呻きのようにしか感じられなかった。


だからーーというわけではないがーー男は黙って彼女を見つめた。


女は10m辺りまで近づいたところで、ゴツゴツとした得体の知れないライフル銃のような兵器を男の方に向ける。


男はやはり何も言わない。

男の顔は未だ凍りついたように微動だにしないが、どこか悲哀と憐憫が含まれているように見えた。


そして、胸ポケットから一輪のたんぽぽを彼女に見えるように出した。


それを見ても彼女の反応はない。


彼らにとってその花にはきっとかけがえのない意味があったのだろう。しかし、それでも彼女はもう微笑むことすらない。


その花の思い出を失ってしまったのだ。


何一つ、覚えてはいないのだ。


それを察した男の瞳から涙が一筋だけ流れ、消えた。


「あぁ、俺も愛していたよ」


たんぽぽは手から離れ、塵風に運ばれ、汚水の溜まりの中にぽちゃりとあっけなく沈んだ。



それをきっかけに戦の鉄火が炸裂する。



女の機銃からプラズマの光が男の足元に数発走った。

ビルの外壁が発泡スチロールかのように弾け、欠片と土煙をたてる。

男はプラズマ弾をその煙幕の中に入って回避し、カーブを描くように疾走して女に近づく。


秘術を会得しているのか、男の足は普通の人間の倍以上の速さで進む。


人ならざる速度とは、一歩進む度にどれだけの負荷がかかるだろうか。

彼の脚はこの闘いが終われば二度と真っ直ぐ立つことはないだろう、絶対に。


しかし、距離を縮める男に対して女もバックステップとプラズマの連続射撃で男を牽制する。


青白い閃光が暗雲の中のケラウノスの如く空間にひび割れを起こす。


一発一発が男の命を散らせんと狂気的に輝く。


それなのにーーただ突っ走ってる男に照準が合わせられているのにーー全て狙いが外れる。


そして間合いが詰められたので、金属柱の如き機銃を銃剣のように刺突して、遠近二段階での牽制を実行する。


それにより男の割り込む余地はないように見えた、が!


男がプラズマ光線の発射口向けて、袖の下に隠していた投げナイフを素早く投げ込んだ。


13センチ程の全長、その刃渡りは8〜9センチ。

市販のナイフと同様になんの変哲も、仕掛けも、それだけでは切り札にすらなり得ない一本だ。


しかし、一つの攻撃を止めるだけの『価値』がそれにはあった。


刹那のチャージタイムにそんなことをされた機銃はタイミング悪くドカン!と爆発し、銃の機能を損失した。


暴発によるノックバックの衝撃をうまく地に逃がしてふらつくことすらなかった女。


すぐさま使い物にならなくなった銃を男の方に投げ込み、地面をその槍のようなハイヒールで突き刺した。


男が投げつけられた鉄塊を避けて、女の胴体に向けて腰の拳銃を素早く抜いて向けようとしたところで、女がアイススケートのスピンでもするように突き刺したハイヒールを基軸に回転し、男を蹴飛ばした。


遠心力の込められた鋭く重い一撃を喰らった男は、拳銃を手放して、崩れたビルの上を転がってバウンドする。


一回転してすぐ空中で態勢を整えると、どこからともなく取り出した大量のナイフを頭上に向けて投げた。


それを見て女は一発、崩れた地面に蹴りを入れて無理やり基軸にしていたヒールを抜いてミサイルのように男目掛けて突進した。


両手を伸ばして彼を求める。


彼女は『愛している』と言ったが、その抱きつきにいくような突進に愛はないだろう。


両手の指の爪にはネイルアートのように見える鋼鉄の武器が備えられており、一掻きで人間の肉など裂けてしまう。


例え愛があろうとも、男はほぼ確実に殺されるだろう。


獰猛な爪と、ミサイルダッシュの脚が男を食い殺さんと間を一瞬にして詰めた。


その時頭上7m付近まで回転しながら落下を開始していたナイフがいきなり女目掛けて突っ込んだ。


まるでこのタイミングを狙っていたかのように、北北東の風に乗って彼女を狙って穿通の一撃、いや十撃を刻まんとする。


直感でその異常現象に気付いた彼女はバク転をしながら、ナイフを避けるも、縮地で移動した男の大掌が無防備になった背面向けてぶちかまされた。


ーーはずだったが、なんと薔薇の光輪が背中に滑り込みその手を掴んだ。


円の上下と左右、十字を描くように生えた4本の薔薇が男の腕を突き刺す。

女はそのまま首をおかしな方向に傾けて男と目を合わせ、口笛を吹いた。


腕に抉られた怪我を負ったが薔薇からは抜けられた男は距離をとって袖から出したナイフを構えようとした。


が、その行動も虚しくバババババッ!と頭上から鉛雨の轟音響いた。


ナイフを構えようとも誰が真上からの攻撃に対応できるだろうか?


集まってきた機銃部隊の天使たちが男目掛けて、銃弾を浴びせにきたのだ。


弾丸の雨は蜂の巣模様を地面に描いて、分厚い窓ガラスだったものさえも粉々に粉砕した。


それでも火花散る中を男は蛇のようにしなやかな動きで、それを回避し近場にあった道路標識の円盤部分を天使たちに向けて投擲した。


ビューーーン、という空気を裂く音が30と描かれた円盤から鳴る。


人間に対してこのキャプテンアメリカのような攻撃は通用したかも知れない。


だが、頭上をジェットパックもなく飛ぶ人型実体は人間でなく『天使』だ。


飛行する天使たちがその軌道を計算して、避けるのはいとも容易いこと。天使たちは鉄のフリスビーを避けて再度機銃掃射に出る。



しかし、彼らは銃撃の対象を正確にロックオンする前に銃撃を開始してしまった。



突如として暗転した視界、天使たちは非常事態にエラーを吐き、上下左右前後すら感覚的に認識することができずに所構わず機銃を振り回した。


その結果多くの天使たちが同士討ちで宇から宙へと転落することになった。


円盤は避けられた後、通常ありえない軌道を描いて背後から天使たちの首を切断していったのだ。


透明なロボティクス血液をダラダラと銃撃痕や切断面から流しながら、何体かの天使たちが落下していく。


それを感知した一部の天使たちが速度を失って滑空し始めた円盤にターゲットを変更して、銃撃を始める。

自在に動いていた円盤は、大量の弾丸を受けてドーナツのようになって地に落ちた。


一方地上にいた男はこれもまた狙い澄ましたように足元に落ちてきた天使の頭の一つを地面に落ちるギリギリのタイミングで思いっきり蹴り上げ、女の方に打ち飛ばした。


直線を描いて女の胸部にボウリング程の頭は打ち込まれそうになったが、俊敏な反射神経を女が働かせてドッチボールの要領でホールドしようとした。


刹那。


なんと、飛んだ天使の頭は変化球のように軌道ををずらして女の右腕にメゴシャァ!と鈍い音を立ててぶつかった。



痛そうな顔さえしていないが、間違いなく女の右腕は折れた。事実変な角度に腕が曲がり関節の多い怪物のようだ。

女は折れた腕を無理やり元の位置にゴギリ、と嵌め直して戦闘態勢を再度取る。


ガシャーン!と女のすぐそばに先ほどの天使の死体が落ちてきて透明な血液を浴びせた。


その時男は降ってきていた2個目の天使の頭を先ほどと同じ要領で蹴って、また女目掛けて飛ばした。

今度は同時に暗器の投げナイフも放射状に投擲する。


鉄の花弁が花開くような光景、どの花弁も鋭利な花弁だが、とても戦場に似合った花だった。





投げれば後はーー目標に合わせればいいだけだ。





男が起こしたこれまでの不思議な現象の正体は『メルクリウス』という能力によるものだった。


一度に複数の飛翔物体の軌道を操れる能力。


投げナイフが突然女目掛けて飛び出したのも、円盤が異常な起動を描いて天使の頭をいくつか切り落としたのも、蹴り上げた天使の頭が起動を逸らして女の腕をへし折ったのもこの能力ありきでの現象だ。


ただし銃弾のように認識よりも速くに着弾する物体に対しては無意味だ。


弾丸雨を受けた時は本当に当たりそうなものだけをUターンさせて、他の銃弾と相殺していた。



女がこの能力に気付いてるかは定かではない。


投擲された無数のナイフと天使の頭部は、男のフィンガースナップと共に一斉に女の方に向いて飛んでいく。


最初の天使の頭部は折れた右腕の拳を無理やり打ち付けて、吹き飛ばした。


ゴチャリ、という肉肉しい水音を立てて拳は文字通り砕け散った。


残ったナイフ群は光輪の薔薇が女の腹部に滑り込み、先ほど男の右腕を抉った触手を伸ばして弾き落とした。


女は両腕を伸ばして投げられたナイフのうち何本かを指の間で挟みこんで受け止める。

それをそのまま投げ返す。


機械仕掛けの躰をしならせて放つその一滴は、弾丸にも似た速さで男の胸に着弾する。


ドスッ!胸骨の間をすり抜けて、ナイフの刃が全て男の肉の中に埋まる。


心臓を射止められた男の口からゴポリ、と鮮血が溢れる。

胸のナイフを抜くことはなく、それでも男は彼女だけを見つめて手を伸ばした。


ただーー愛するが故に。




全ての攻撃は防がれたが、男の狙いはそんなちっぽけなナイフによる攻撃などではーーない。




命を賭した最後の一撃。

いわば、堕天使の一撃か。



女の頭を砕くようにソレは落ちてきた。


ソレにぶつかった女はどれだけの攻撃を食らっても揺らぐことなかった姿勢を初めて崩し、地に伏した。


あからさまな脅威を処理していた女の思考範囲の外にいたソレは最初の円盤を投げた時からセットされていた一撃だった。


落下してきた天使の胴体。


切り落とされて自由落下するはずだったソレの軌道を長く滞空するように操作して、こうなるように男が仕向けていた。

あのナイフを大量に投げたタイミングが絶好の期だったのだ。


成人男性1人分の体重の約3倍、前述したようにその肉体は鋼鉄でできたサイボーグだ。

転落する死体に当たっただけでも、人間なら簡単に殺せる。


彼女の愛を拡散させる従者こそ、彼女を殺すにふさわしいーー



ーー"鉄槌"だったのだ。








彼女もまた『アナンガ』という能力を持っていた。


天使という異能生命体を作り出し、それら全てを思うがままに操作する能力。

『身体なき者』という意味を持つアナンガだが、彼女にとっての真意は『愛なき者』だろう。





男と女はそれは仲睦まじい恋人同士だった。

平凡な日常に他愛ない会話で花を咲かせ、記念日には2人でケーキを食べたり、浮かれた若人のように遊園地にだっていった。

どこにでもいるようで、ただ一つだけの恋人関係だった。


しかし、幸せは突然に終焉を迎えたのだ。


女はとある科学系宗教団体に連れ去られた。

今となってはどうして彼女を連れ去ったのか、その真相を暴くことはできないだろう。


男は女を失ったことに絶望で打ち拉がれた。


同時に男の中には一度も存在しなかった憎悪の感情を覚えた。


心の底はマグマのように煮えたぎり、喜びも楽しみも彼女を失った時から水星のように凍りついた。


もし、この憎悪を覚悟と言うならばそうだろう。



男は覚悟をした、全人類を殺してでも彼女を取り戻す、その誓願を立て一切の容赦はしなくなった。


それが男に『メルクリウス』を発現させた。


愛の力であり、復讐の漁火だ。




幾多の苦難を乗り越えた先で、見つけた希望は既に潰えてしまっていた。

女は壊れてしまっていた。


もはやそこに自我はなく、ただ欠落した空虚感を埋めるためにありもしない『愛』で地上を埋め尽くした。


『愛している』


女はもう、人間の愛を忘れてしまっていた。

汎愛。全てに降り注ぐ災害のような『愛』を以て人間を滅亡させる。



間に合わなかった。

それならば、せめて彼女に手向を。

彼女の望んだ平穏と愛を鎮魂として捧げたかった。




男は霞んでいく視界の中に、主人を失って光の粒子となって消えていく天使たちを見た。


冷たくなっていく手を胸に当てると、生暖かい血に濡れた。


思い残すことはない。

思い残さない。


やがて目を瞑ってもいないのに、男の視界は暗黒に落ちた。


途切れそうな意識、それが男が男として生きていることの最後の繋がりだろう。




後、数秒で男は死を迎える。




その最後に、彼の手を取った何かがあった。

男は目を見開いたが、もう何も見えない。


見たくてもーー見えない。


そう、いるんだ。

彼女がそこにいるんだ。


男は久しぶりに微笑んだ。死にかけていた全身がちょっとの間だけ息を吹き返した。


「あ、いし、て、る……あ、りが、と」


最後の間際に聞こえたその声と共に男は完全に死んだ。


しかし、その声で溶けるはずだった心の奥底の凍土はついに溶けることはなかった。


その声を聞くよりも前に、男の記憶は完全に崩壊し、自他の境界すらなかったのだから。男はその声の意味を理解できなかった。



理解できなかった。



それでも、涙を流した。





倒壊したビルの上に2人の男女が血塗れの手を繋いで、夢でも見ているように死んでいた。


陽光が照らし、何処からか風に巻き上げられたタンポポの綿毛が手に止まった。




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