ある住人の懐疑
さて、ロロが幽霊を目撃してから、すでに三日が経過した。幽霊の騒ぎがそれ以上膨らまなかったならば、二人は墓所に行っているのかもしれないが、状況は以前よりも悪くなっていた。黒い煙が不気味に立ち上るようになったという人もいた。もちろん、メリアの店を訪れる客たちも、例の失踪事件の噂で持ち切りだった。
「……ですって。ねぇ、聞いていらした?」
「ふぇ……、は、はいもちろん」
ここ最近、メリアは寝不足であった。深夜になるとロロが起きてきて、幽霊だ化物だと煩く騒ぎ立てるためだ。ロロは昼間は眠り、夜起きているからいいだろうが、メリアにとっては昼間が仕事の時間で、夜は休息の時間である。今まではお互いを気づかっていたために、こんなことはなかったのだが、思わぬ壁に当たってしまっていた。
「それで、また今朝も誰か消えたって噂ですのよ」
「あぁあ〜、そうですか、大変ですねぇ……」
「…………ちゃんと聞いていらして?」
メリアは船を漕ぎながらも、頑張って朝から店に立ち続けたのだが、とうとう昼頃に限界を迎えた。欠伸を噛み殺しながら、店の前の木札を裏返し、カーテンを閉めて鍵をかけてしまう。眠いので寝る、という少し恥ずかしい理由ではあるが、臨時休業と洒落込もう。
二階の部屋に戻ると、ロロが珍しく起きていた。普段なら彼女は今頃寝床にいるはずなので驚いたが、ここ最近、彼女の精神は完全に張りつめてしまっているので、普段通りに上手く眠れないのかもしれない。とはいえ、自分のベッドを占領されては、眠ることはできない。まさか、床で寝る訳にもいかないので、目を擦りながら、メリアはロロに声をかける。
「ごめんね、ふわぁあ…………。悪いけど寝かせてもらってもいいかしら?」
大きく伸びをすると、勝手に欠伸が出てきてしまった。慌てて、といってもかなり遅い動作で、手を口にやる。しかし、一方のロロは何やら心配そうな顔である。
「ねぇメリア、私、前に墓所の話をしたわよね?」
メリアは、さんざんその話を聞かされていたので、ゆっくりと頷く。ロロは窓の縁によじ登って墓所の方を見やった。
「さっき、男女の二人組が墓所の方に向かったの」
「あ、そう、心配だねぇ……」
また欠伸が出そうになったが、ロロが飛びついてきたので、眠気が一気に吹き飛んだ。この子、こんなに落ち着きがなかったかしら、とメリアは首を傾げる。
「心配だねぇ、じゃないよ!! あの二人がどうにかなっちゃったら、あんたどうするのさ!!」
ロロの真剣な表情に、メリアは気圧される。形のいい小さな眉が顰められ、怒気を含んだ語調で責め立てられたメリアは、終に折れた。
「分かったわよ。その子たちが墓所に行かなかったら、ついでに貴女の言ってたオバケ、調べてみましょっか」
軽い昼食を済ませたメリアは、ロロを抱き上げて、墓所へと向かう。メリアの店舗兼住居は、墓所のすぐ近くにあり、人通りも少ないので、部屋着で行ってもいいようなものである。というのも、墓所のある王都の北東区画は、窪地になっており、あまり人の多くいる場所ではないのだ。それだけ、不気味で隔世的であるといえるのかもしれないが。
墓所へと続く一本道も、草木が鬱蒼と生い茂っていて、何か怪物のようなものが潜んでいるかもしれないと予感させるようであった。少なくとも、ロロはそう強く思っていたが、メリアは別の可能性に、少し怯えていた。
「あっ、まずい!」
咄嗟にメリアは、道の脇にある小さな石造りの小屋に隠れた。少し道が折れ曲がっているところ、その先の木々の間に、ロロが見たと言っていた若い男女の二人組を見つけたからだ。
「ちょ、なんで隠れるのさ!?」
メリアは、大きな声を出しそうになるロロの口を必死に押さえた。小窓から、二人組が離れていくのを確認したメリアが、手の力を緩めると、ロロはメリアの腕を振り払って、小屋の対角に逃げる。
「うわぁー、汚れちゃうじゃない!!」
メリアの悲鳴もどこ吹く風というような態度のロロは、机によじ登って、まるで抗議するかのように声を張り上げた。
「あの子たちがどうにかなっちゃってもいいの!?」
「そんなことしたら、貴女のことも気づかれちゃうでしょ? それとも、あの二人と話す間、貴女じっとしてられる?」
ロロは、顔を真っ赤な李のようにして、反論を組み立てていたようだったが、終に言い返すこともできず、そのまま座り込んでしまった。
「あぁあ、また汚しちゃって……」
そう言うなり、メリアはロロを持ち上げて、さっさと墓所を後にした。件の霊を調べるにしても、また今度、と思いつつ。
店に帰ってきてから、メリアはぼうっと過ごしていた。元々客の多く来る店でもないし、休業自体気づかれていないかもしれない。しかし、今は店の行く末よりも、昼間の二人組のことが気になっていた。噂の中心地である墓所に、わざわざ行くだろうか。噂ではあるものの、人が失踪していると聞くような状況で、理由もなく、墓所に行くとは思えない。
(まさか、あの二人組がロロの言っていたオバケを呼び覚ました犯人? ということは、失踪事件もあの子たちが……)
そんなことをぐるぐると考えていたメリアは、自分がどれ程数奇な運命の線を歩むことになるか、まだ知る由もなかった。




