王の盾
大通りに立ちふさがった、たった一人の少年の姿に、白亜の王宮を目指す隊列は、ゆっくりとその歩みを止めた。両者の間には大した距離はない。黄金に輝く槍を投げてしまえば、簡単に届く距離だ。
(黒魔術師の術とは違う……、機械的な動きじゃない、俺を認識して止まった)
それが良いことか、悪いことかは、簡単には判別できない。機械的な動きならば、先のことを予測することは簡単だが、揺さぶりをかけることはできようもない。反対に、意思を反映した動きというものは、予測不可能である一方で、立ち回り次第では、いくらかも隙を作ることができる。
「ふふふ、決めつけるのは早いぞ、少年」
突然、後ろから声がした。驚いて振り向いたヒカルは、自分より少し背の高い、橙色の髪の人物と目が合った。青い衣服に身を包んだ彼女は、どこかで会ったことがある、ヒカルは記憶の片隅から、彼女を思い出した。
「確か、近衛兵団の……」
「うん、私が『王の盾』、リリアンだよ。ま、リリーって呼んでくれてもいいけど?」
王都に現われた死霊使いの黒魔術師、サミジナの一件に際し、ヒカルとアテナが調査協力を願い出た時に、アテナを連れてきていた人物だ。軽く、親しみやすそうな口調の中にも、どことなく潜む厳しさ、隙のないところは、流石に、皇帝を最も側近くで守る、近衛兵団の一員というところか。
「えっと、リリーさんは、どうしてここに」
「……いやいや、君のためだぞヒカル君。何せ、ヒカル君もアテナちゃんも王宮に逃げてきてないんだから、皆焦りまくりなのよ」
「アテナも!?」
「……ま、レティがどうにかしてくれるでしょ」
慌てたヒカルを尻目に、リリアンは正面に向き直る。黄金の一団は、僅かな身じろぎもせず、二人の会話を見守っていた。先程まで耳を支配していた音声が消え、今は風の音だけがうるさい程であった。
「それより、こいつらをどうするつもり?」
ヒカルは、ゆっくりと手元の刀に目線を落とした。大丈夫、この刀には、裁き人の黄金に対する対抗術式が練り込まれているはずだ。そのことは、イヴァンたち、王宮の面々の反応からも明らかだった。この力があれば、黄金の触手に囚われずに、戦うこともできよう。
「聞くところによると、防御魔法が効かないそうね」
「……そうなんですか」
しかし、それは想定の範囲内である。魔法で防げるのは魔法だけ。物理的な攻撃に対しては、防具、防備でもって対抗するしかない。裁き人は、確かに黄金を生み出す。あたかも完成された錬金術のような魔術を用いるが、しかし、その生成物はマナの凝固体ではない。不壊の実物体として存在する、まごうことなき、正真正銘の金なのだ。マナの宿らない、世界の規則が書き換えられた黄金なのだ。故に、黄金を防ぐためには、二通りの方法がある。まず一つに、ヒカルやアテナのように、黄金への耐性を持ち、対抗術式に接続された魔法を使うこと。そしてもう一つに――。
「……あ、ヤバいっ!!」
黙考を切り裂いて、黄金色の集団が、静寂を切り裂いて襲いかかる。その数、十人以上。耐性を有するヒカルならばいざ知らず、それがないリリアンは、永遠の縄に捕らえられるかもしれない。しかし、何らの手段を持たない彼女を守ろうと、刀を構え直すヒカルを、リリアンは手で制した。
「安心して? こっちも、何も考えなしに来た訳じゃないから」
彼女がひらりと右手を振れば、そこに五色のマナが収縮していく。それらが混ざり合い、やがて一つの色になり、空中に拡散していく。
「でも魔法じゃ、防げないって……」
「ま、見てなって」
余裕を見せるリリアンを、尚も訝りながら、ヒカルは、目の前を注視した。拡散したマナは、段々と黒く染まっていき、そしてすぐに、ヒカルにまでもはっきりと見えるようになった。
突然現れたそれを、雲と形容しようか。地上、大通りの一角をすっぽりと覆うような黒雲は、暗く鋭い風の音を、唸り声のように低く発していた。
「よし、じゃあ、漏れ出たやつだけ、君に任せるね!!」
「は……、えぇっ!?」
黒雲の中で足止めを食っていた人型は、ようよう迷路を抜け出してくる。傍らの人間は、一体何を考えているのか。それが分からぬまま、ヒカルは仕方なしに黒雲に向け、一歩を踏み出す。帳を割いて、腕が伸びてくる。
「――――ッ!!」
しかし。
「ん、案外簡単に止められるもんだね」
ヒカルの歩みは、一歩、二歩進んだところで、必要がなくなった。黒雲が晴れれば、その不定形の箱の中で、一体何が行われていたのかが分かる。果たして、黄金の人形は、正しく彫像のように固まっていた。ただの金に逆戻りしたというのではない。足元に現出した雪の塊に、腰に至るまで囚われ、終にその肢体を固化されていたのである。
「これが、『王の盾』の能力……」
リリアンは、ふふん、と鼻を鳴らした。
「そういうこと!! 私の能力は『雲海』、雲にできることなら、うん、大体できるかな!?」
遠巻きに見ていた軍団が、狼狽える気配がする。この能力と、金への耐性があれば、上手くことを運ぶことができる。
「さぁ、どこからでもかかってきなさい!! 近衛兵団の底力、見せてあげよう!!」




