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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第四章・心界編
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粒を追って

「……まぁ、いいわ。それより早いところ、予定を片づけてしまいましょう」


 急落した黒い雰囲気を打ち消さんとするかのように、ソフィの声が響いた。彼女のいうところの予定、それは、この地域一帯を統べる領主、ペトロ・ディ・アーレンツとの面会のことである。彼女は、軍需物資の上納が滞っている件について、そしてヒカルは、その男が握るという、裁き人に関する情報について聞くために、訪問を決めていた。


「だけど、私が思うに、一筋縄じゃいかないわよ」



 ヒカルとアテナ、ソフィとイーリスは、ケリーに礼を述べ、彼女の家を後にした。森は相変わらず青々と茂っており、マナの垂れ流しは続いているようだ。一行は、虎狼の群れを警戒しながら、工場の先にある、辺境伯府を目指す。


「あの、ソフィさん。一つ聞いてもいいですか?」


「何?」


 先を行くソフィは、低い枝に引っかかる髪の毛を、鬱陶しそうに巻き上げながら、ヒカルに促す。


「……さっき、ケリーさんのところで、ソフィさんは一筋縄じゃいかないって、言いましたよね」


「えぇ」


「どうしてですか」


 ソフィは、わざとらしい大きなため息をついて、ヒカルの方に向き直った。思わず立ち止まったヒカルの後ろを、とことこと歩いていたアテナが、急に迫ってきた背中に、驚きの声を上げる。


「……あくまで私の予想だけどね、辺境伯は皇帝に、反旗を翻す腹づもりなんじゃないかと思って」


 ソフィがそう考えるのも無理はない。アーレンツ辺境伯には、それをするだけの理由があった。


 まず第一に、皇帝に対する反発心。中央にいた彼が、極東の僻地に配置替えとなったことだ。辺境伯といえば、国境線を防備する使命を帯びた、重要な役職のように思われるが、中央から遠く離れた辺鄙なる地に封じ込められたともいえる。


 また彼は裁き人の調査、或いはそれに関わる何かを調べていたのだから、皇帝はそれを止めさせたかったのかもしれない。以前までは、刺激しないことが、対裁き人の基本姿勢であったからだ。しかし、それは裏を返せば、アーレンツ辺境伯から手段を奪い取ったということでもある。恨みに思うことは、決して無理なことではない。


 第二に、このアーレンツ辺境伯領の立地と、ワルハラの状況。この地は、首都ゲレインから遠く離れているものの、魔鉱石の鉱山や、それを加工し、武器にするための工場を抱えている。現状、それらを掌握しているのは、辺境伯である。人員さえ掻き集めれば、ワルハラ鉄道を伝って、ゲレインを背後から奇襲できる。ワルハラの西部を主戦場とした、対シレヌムの戦闘も、現在は膠着状態。兵士たちの危機感は、少し和らいだところである。そこにつけ入ることは可能なのだ。


 第三に、この森林の中を流れる川に堆積していた、大量の金の粒。ソフィは、それが工場から流れ出たものなのだと直感していた。金貨の流通や、物価安定の観点から、主要な鉱山、特に金鉱は、全て国家の管理下にある。もし仮に、新たな鉱脈が見つかれば、届け出をせねばならないという決まりだ。


 あの金の粒が、精錬、加工の過程で生じたものなのであるとすれば、その元となる金の量も、相当のものとなろう。市場に出回れば、戦時で不安定であった物価が崩壊する。故にそれこそ、国家管理下に置かれるべきものなのだ。それにも関わらず、辺境伯は鉱脈の存在を隠した。軍資金にされるかどうかという問題以前に、届け出をしないこと自体が、重大な背信行為であった。


「それに、いくら工場が武器を作る場だからって、警備が厳重すぎるわ。きっと、部外者が立ち入らないようにするのと同時に、内部の情報を外に出さないようにしてる……」


 ソフィの頭にあったのは、森の中で出会った、退役軍人のアレクセイであった。彼曰く、工場内部のことは、彼らは一切知らされていないということであった。その時点で、ソフィの脳内で、違和感が確信に変わったのだ。


「だから、怖いのよ。私たちは皇帝の使者、しかも隠れて内情を偵察していた。辺境伯にとっては、やはり敵かもしれない」


 重々しく呟くソフィの眼前に、森が開けた。見えたのは、王宮程ではないものの、立派な建物であった。所々にあしらわれた金細工が、陽光に輝いていた。


(何となく、嫌な光だ……)


 確かに美しい輝きではあるのだが、ヒカルの目から見たそれらは、鈍く黒い雰囲気をまとった、暗い色に見えたのだ。それは、ソフィの先程の話を聞いてしまったからかもしれない。しかし、それを差し引いても、不気味に思えた。



「すみません、アーレンツ辺境伯様はいらっしゃいますか」


 ソフィが戸を叩くと、すぐに中から男が出てきた。彫りの深く、皺の目立つ顔立ち。背は高いが、不健康なまでに痩せている。そんな身体を、黒い燕尾服で包んでいる。どうやら執事のようだった。


「はい、いらっしゃいます」


「面会の許しを賜りたく」


「それは……、お許しがなければ……」


 口ごもる執事に、ソフィは懐から一枚の紙を取り出した。皇帝の印が押された、所謂勅書であった。


「皇帝陛下からは、許しを得ています」


 言葉に詰まった老執事、彼が逡巡していると、家の中から、よく通る声が聞こえてきた。


「いいじゃろう、久方振りの来客じゃ。通せ」

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