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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第四章・心界編
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無音のとき

「分かったであります。あの裁き人が、何を企んでいるのか。どうしてアテナさんに寄生していたのか……」


 走り出したケリーは、ヒカルにそう伝えてきた。うねる大地を蹴って目指すのは、移り気な裁き人のいる場所である。


「ただ、それを説明するには、原理がややこしすぎるのであります。何れにせよ、急がないと……」




「ちょっと貴女、まだ残っていたの? いい加減、鬱陶しいのだけれど」


「勝手に入り込んだのは、貴女の方でしょ!?」


 一つの口で、二つの意識が、互いに言い争っている。イーリスの言葉に、アテナが呼応した、押し込められていた人格が、再び姿を現したのだ。


(やっぱり、あの子供を叩き潰しておくべきだったわ……。心を散り散りに破り捨てた方がよかった……)


 不合理ともとれる合理性によって行動した裁き人の、一つの落ち度であった。自身の力を過大評価し、少女の芯の強さを考慮しなかった結果として、世界の抵抗に遭っている。本来であれば、すぐに食い破っていたはずの少女の人格が、強度を増していたのだ。


(まぁ、このままにしておいた方が都合がいいかもしれないわね……。精神界が安定を取り戻せば、あいつらもここまで行き着ける。どうせあの子供には、私は切れないし、一方的に痛めつけられれば、この少女も絶望する……)


 合理的解決のための手段と、自らの享楽とが合一することは、確かに稀であるが、決して起こらない訳ではない。嬉々としてそれを楽しむのみだ。


「ヒカルは、きっと貴女を倒すはずです」


「はぁ? それができないと見越して、貴女に入り込んだのよ。何を今更……」


 しかし、その思考を中断させる言葉が、自分の身体から発せられる。自己の中で、異なる人格が蠢く感覚は、数千年の経験を積もうとも、到底慣れるものではない。吐き気のような胸の悪さを、ため息と共に吐き出した裁き人に、アテナの意思が流れ込んでくる。


「……はっ、正気じゃないわね、貴女」


「えぇ、そうかもね」


 一度は飲み込まれた魂も、時が経つにつれて、確実に分離してきた。何故、自分は少女一人操れぬのか。自分が本来の姿ではないとはいえ、これは一体――。



「アテナァーッ!!」


 揺らぐ景色に共鳴するように、遠くから、少年の声が響いた。終に辿り着いた、決戦の地。ヒカルとケリーは、またあのおぞましい面相の女に対峙する。


「……丁度よかった。そこの術師、外の空気が吸いたいのだけれど、窓を開けてはくれないかしら」


「断るであります。そんなことをしてしまえば、()()()()()……」


 間髪を入れずに返答するケリーに、裁き人は舌なめずりをする。


 表が裏返る。つまり、アテナの身体が失われ、荒らし尽くされた精神が、新たに体外に表出するということだ。換装といい換えられるかもしれない。到底理解し切ることはできないが、アテナの内面人格のみでなく、外貌までも奪われるということに他ならず、看過することは、まさかできない。


「この娘を苦しめて殺すか、それとも、一瞬で楽にしてあげるか、よく考えた方、がっ、い……」


「ヒカルっ!!」


 二人の見守る先で、裁き人が吃るとすぐ、ヒカルのよく知る声が聞こえてきた。聞き違うはずもない、アテナの声だ。


「アテナ! 意識はあるのか、大丈夫か!?」


「お願い、裁き人を切って!!」


「……えっ」


 ゆらりと動いた裁き人の左手が、ここを貫けといわんばかりに、自らの胸を指し示す。その不如意の手を、反対に右手が押さえつけた。その様子を注視していたヒカルの前に、次に現れたのは、裁き人の面であった。


「ごめんねボク。貴方をどうにかしないと、この娘、御し難くて仕方がないの。だから、お願い、死んで?」


 終末へと向かう精神世界で、ただ一人、その結末を知るであろう裁き人は、乾いた作り笑いを浮かべながら、アテナと格闘する腕の代わりに、革靴で地面を蹴り上げた。途端に、蠕動(ぜんどう)する大地が波のように襲いかかってくる。


 先程までの戦いは、児戯も同じであったとヒカルに悟らせる程に、攻撃の苛烈さは増幅していた。避けることは不可能。されば、どこを失うかという話になってくる。咄嗟に横に飛べば、湯気が立つような気配と共に、左手首の皮が、袖口もろともに焼かれていた。


「くっ……」


 膝をついてはいられない。ヒカルは、アテナも、ケリーも救わねばならない。そして、根を深く張った裁き人を、倒さねばならない。この程度の攻撃に、怯んでいる場合ではないのだと、少年は自身に言い聞かせる。



「ヒカルくん! 一か八か、アテナさんを救う方法を、思いついたであります!!」


「どうするんですか!!」


 後方に飛び退いたケリーは、足に傷を負った。続け様に攻撃されれば、恐らく、大きな打撃を受けることになろう。故にこの献策は、一擲乾坤を賭すものであった。死の気配は、既に四方八方から、濃厚に漂ってきていたのだ。


「よく、よく聞いてほしいのであります。我々は肉体も精神も、この場にありますが、アテナさんと裁き人は、精神だけなのであります。となれば、あれに攻撃するということは、精神そのものを、裁き人本体を攻撃することになるということであります」


「……やっぱり、切るしかないんですか」


「混ざりあった精神の、アテナさんの部分を避けて、裁き人だけを切れば……、或いは……」


 不可能に近いと、ヒカルは直感した。それこそ、腹を突き抜けて、腸を傷つけるなといわれているようなものだ。まして、どこにあるのかも分からない精神などという、あやふやなものを切れというのは、無茶もいいところである。



 しかし、ヒカルは刀を抜いた。凛と張り詰めた空気が、無音の鬨の声を叫んだ。

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