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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第四章・心界編
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届く声

 階下からは、激しく打ちつけるような音が、断続的に耳を打つ。その間隙を縫うように、細く高い呻き声が聞こえてきた。


「少年は!?」


「ヒカルくんもケリー様も、まだ戻られていません!!」


 切羽詰まった声音に、ソフィは転びそうになる程の勢いで、扉を押し退けて、アテナの寝かされているベッドへと向かった。



「――――ッああぁぁ!!」


 今までも散らかった部屋であったが、静かに眠っているだけだったアテナが、激しく痙攣するように動いたために、その度合いは、かなり酷くなっていた。いつしか彼女に乗せられていた、あの白い布も吹き飛んでおり、ケリーが設置していた魔鉱石もまた、本の山の中に消えていた。


 そうして、それらの混乱の渦の中心にあって、未だ覚醒せぬアテナは、苦しみに身体を跳ね上げている。これまで、身体の内だけで起こっていた侵食が、とうとう表出したのだ。


(ケリーも少年も、無事ではすまないでしょうね……)


 もがく少女を見ながら、ソフィは片手で顔を覆った。考えねばならない、最悪の状況を回避するための策を。


 しかし、その最悪の状況は、既に目の前にあるようにすら思えた。のたうつ少女の肢体、口角の泡も白目を剥く両眼も、その全てが、悪夢のような現実を突きつけている。冷静に考えようとすればする程に、後悔や恐怖が思考に去来する。


「ぃぎいいぃぃッ!! ――――ぁあ、あ、ああああぁぁぁぁッ!!」


 轟く龍の咆哮のような声に、思わず後退ったソフィの手を掴んだのは、傍らに立つイーリスであった。桃色の髪の少女の口から小さな悲鳴が漏れる。


「逃げる気じゃないですよね」


 イーリスの、いつも通りの優しげな声に、有無をいわさぬ厳しさが上塗りされていた。


「そんな訳ない……、だけど……」


「ヒカルくんは、絶対に帰ってくると言いました。アテナさんも、ケリー様も救うために……。だから私たちは、帰るための道を守りましょうよ!」


 鋭い声が響き、顔を背けていたソフィが向き直った時には、イーリスは既に、アテナのベッドの元に駆け寄っていた。


「アテナさんッ!! 私の声を聞いてくださいッ!!」


 軋むベッドと、散乱する器具や本、紙束の音に負けぬように、イーリスはアテナの手を取って、叫んだ。その声が届いているかも分からぬものの、彼女の声は絶え間なく続く。


「皆、アテナさんのために頑張ってる。命をかけて頑張ってる! アテナさんが目を開けて、笑ってくれるのを……。一緒に話して、食べてくれるのを待ってるんですよ!!」


 突き上げる胸を、空を掻き毟るように振り回される腕を抱いて、イーリスは、アテナの耳元で、尚も叫ぶ。


「応えてくださいッ!! アテナさんは、こんなことで負けたりしない、強い心を持ってるでしょう!?」


「うああぁぁッ――――、あっ、あぐぁ――――」


 心なしか、アテナの悶えが、幾分か静まったように思える。それが、イーリスの呼びかけによるものなのか、はたまた裁き人に対する拒否反応が治まってしまったからなのかは、傍目には分からなかった。


「ちょっと、これ、見つけたわよ……」


 服はよれて、乱れて、汗が滲む。一つ息をついたイーリスは、背後に立っていたソフィが、ハンカチのようなものを手渡してきたことに、遅れて気がついた。反射的に汗を拭きたいと思い、額にやりかけたところで、やっとイーリスは、布切れの意図に気づいた。


「入り口……」


「魔鉱石の置き方は、多分こう。呪文は……」


 ソフィは、散らばっていたそれら魔法具を、元あったように戻していく。押さえつけられたアテナの周りに、術式が再現されるのには、時間はかからなかった。


「呪文は分からない。だから、ケリーが気づいて、施術を成功させることを祈るしかない……」


 歯痒い。自分たちにできることはこれまでか。イーリスは、すぐ目の前にある、青髪の少女の振り乱された髪を、せめてもの気持と、整えてやった。


「お願い……、届いて…………!」



「…………声が聞こえた」


 頭の中を、三叉でずたずたにされるような、禍々しい音ではない。遠くで鳴る、鐘楼の鐘の音のような、祈りの時を告げるような音声が、遥か頭上から降り注いでくる。


「声、でありますか……?」


 不思議そうに問うケリーに、ヒカルは、確かに聞こえたとつけ加えた。


 アテナの精神世界は、新たな変化の段階に突入していた。平面的に広がるだけであったモノトーンの風景そのものが、今や精神界の際限を超えて、外に溢れようとしている。それは、裁き人という洪水が、あるべき分限を超えて、家々を流し去っていくかのようであった。


『…………頑張って、一緒に……、待って……』


「き、聞こえたであります!」


「イーリスの声だ……!!」


 遍く広がっていく、メイドの声。それは、ヒカルたちへの興味を失い、身体の外に飛び出そうとしている裁き人の耳にも入った。


「……ふぅん。面白い、わね、え。……えっ!?」


 自分の口から紡がれた言葉に、裁き人は自分で驚きの声を上げた。凝り固まったかのように、口が上手く動かない。何たることだ、まだ調和が図られていなかったのか。面倒に思いつつ、魔力を高めようとした裁き人は、思わぬ抵抗にあった。



「……そ、うよ、負けたり、しない。絶対に!!」

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