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終末のアラカルト  作者: 大地凛
第四章・心界編
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真剣と竹光

 ヒカルが長大な竹光を得物とした理由が明らかになり、状況は一変していた。


「腕前では勝てないからって、卑怯な手を……。まぁ、あの師匠に学んだなら、当然といえば当然……」


 森の中を駆け回りながら、ノラサーネは、ため息混じりに独りごちた。揃いも揃って、面倒を起こす師弟である。



 時は少し遡る。


「勝負!!」


 清涼な夜の気配を断ち切らん程の大音声が響く。それと同時に一歩を踏み出すヒカルに対して、ノラサーネは眉一つ動かさずに、泰然として、出方を見守る。


 身体の大きさと、得物の長さ。たとえ技量の差があれど、ヒカルの間合いは、ノラサーネのそれより長くとることができる。無闇に振り回せば、ヒカルにも万が一の分があるやもしれない。それでも彼女が動かなかったのは、やはり、油断のせいであろう。


 それを見たヒカルは、口の端を持ち上げてほくそ笑んだ。そうでなくては困る。勝ちの目を、自己を凌駕する者と同じ土俵の上に求めるのは愚策だ。相手を、自分のルールに、自分の領域に誘い込むことこそ、上策である。


「えぇい!!」


 ヒカルは、後ろに構えた竹光を振り上げた。下から上に向かう、切り上げの動作。しかし、竹光は長いために、地面を深く抉る。ヒカルが刀を振り抜いた時には、多量の土が撒き散らされていた。


「あっ、何するんです!?」


 目くらましの土をまともに受け、ノラサーネの視線が断ち切られる。ヒカルはそれを確認すると、踵を返して走り出した。


「にっ、逃げないでくださいよ!?」


 焦る声が、後ろから振りかかってくることも気にせず、ヒカルは夜の森を疾駆する。北へ北へ、遠景に見える岩肌へと向かう。


 正面から戦っても勝ち目はない、ならば、正面から戦わねばいいだけの話だ。彼女の注意を逸し、集中を途切れさせることは絶対の条件である。そのためにヒカルは、ソフィのもたらした情報を利用することを考えた。



 体格の優れたヒカルが、足の速さでは僅かに勝った。森の木々の間を縫うように、長い竹光を上手く潜らせながら、ヒカルは森をひた走る。それを遠くに、ひたすら追いかけるノラサーネは、息が段々と切れてきた。


「はぁっ、はぁっ……。速い、逃げ足…………。おっと……」


 その足が、不意に止まる。森の中から一転、開けた場所に出てきた。目の前には、巨大な岩壁。そしてそれを背景にして、ヒカルが立っていた。


「……鬼ごっこは終わり?」


「う……」


 後退るヒカル。だが彼には、後退の余地がなかった。徐々に近づいてくるノラサーネ、しかしその動きは、突然止まった。ヒカルが、腰に帯びていた真剣を抜き放ったからだ。木刀と真剣では、流石に真剣に軍配が上がるだろう。


「何をする気!?」


「俺は、何もしません」


 雲間から明かりが差込み、ヒカルの顔を照らし出す。その満面に浮かんでいたのは、会心の笑みであった。その言葉の意味を、その表情の真意を計りかねていたノラサーネは、直後、背後に凄まじい殺意を感じた。数十の敵意が、一個の巨大な殺意へと昇華され、残忍な塊として、木陰に潜む。


「このくらいの虎狼なら、傷ひとつ負わないだろうと見受けまして。……師匠直伝の剣術です」


「……汚い真似だこと」


 ノラサーネが小さく呟く。それを合図にしたかのように、虎狼たちの狩りが始まった。



「それで、虎狼たちは全部倒してしまったんだね」


「大事にしてしまい、申し訳ございません!!」


 月明かりの鉱山に、空虚に響く二つの声。ノラサーネは、倒れた虎狼たちを、労るかのような視線を投げかける黒服の男に、低頭平身して謝している。


「小山内君……。それで、例のことは、しっかりと調べられたんだろうね」


 ノラサーネ、もとい小山内と呼ばれた女は、こくこくと小さく首を縦に振った。彼女は木刀と竹光を、黒服の男、九条に差し出した。


「ヒカルくんの能力は、どうやらあの刀に依存しているみたいです。いくら私と打ち合っても、危機的状況に追い込まれても、能力は発現しませんでした。可能であれば、ヒカルくんをそのままに、刀だけでも取り返せるかもしれませんが……」


 小山内の言葉に、九条は無言の間でもって応えた。これは、何かを考えているのであろう。このような時は、下手に話しかけぬ方がよいと、小山内は知っていた。やがてその沈黙は、九条の方から破られた。


「どちらにしても、ヒカル君の能力が発揮されつつあるのは事実だ。ともすれば、我々はもう少し、機をうかがわねばならないだろう」


 そう言いながら、肩を落としている九条は、いかにも疲れたという雰囲気である。悩みの種は、ヒカルという少年か、彼自身の雇い主か、それとも彼の師匠についてなのか。或いはそれら全てなのかもしれない。


「それで……、ヒカル君はどうしたんだい」


 小山内は、そのことでしたら、と語り始めながら、その脳内では、先程の戦いを回想していた。虎狼を一瞬の内に倒してしまった小山内の疲労を、ヒカルは見逃しはしなかった。しかし、それだけの差があっても、やはり、実力差は歴然としていた。ヒカルが防ぐことができた攻撃は、片手分程もなかったが、しかし、彼の攻撃もまた、小山内の身体に届いていた。彼女は打ち据えられた腕を擦りながら、遠くを見やった。


「帰しましたよ。どうせまだ、九条さんの言うところの、機ではないんでしょうから……」


 世界の裏側で、巡る企み。二人は、月下に苦い笑みを浮かべていた。

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